ユウカゲドリ


 家には、時代錯誤な伝統が幾つも息づいていた。
 だけれどそれを非一般的と理解するのは先の話であって、当時は当たり前に受け止めていた。
 遠き日に記憶は巻き戻る。
 うっすらと靄のかかる思い出、この頃自分は四歳。
 広い座敷は正月の祝いに人が集まり、料理が振舞われていた。
 この時引き合わされた相手の印象は、後々笑いのネタにした。


「茶碗蒸しの、具を避けて食べてたな、確か」
 時は流れて、幼少期を思い出として語るようになる。
 至輝は懐かしみながら、くすくすと笑う。
「しかもおまえ、あの席で、茶碗蒸し以外食べなかった」
 周りの大人は偏食を叱らず、自分の茶碗蒸しを差し出していたから頭の痛い話である。
「普段も味噌汁の豆腐だけとか、サラダのトマトだけとか、――食べれるもの数えた方がはやかったっけ」
 相手は憮然とした様子ながらも、反論や逃げ出す様子を見せない。少なくとも自分からは逃げ出さない人間なのだ、この幼馴染は。
「あの食事量で、おまえよく生きてたよな」
「それは自分でも思うね」
 幼馴染――フジは深くうなずいた。
「生野菜はダメ、魚介はダメ、肉はダメ」
「知ってる知ってる」
「和食は大体嫌いなんだよ。あ、魚介の例外として、エビは食べれる。取り合いしたよな」
「エビフライの時な」
「一番影役で嫌だった事、教えてやろうか」
「ああ?」
 唐突にフジが質問に切り替えたので、反応が定まらなかった。聴いた側からすれば、苛立っているように思うかもしれない声になってしまう。
「べつに教えてもらわなくてもいい」
 自分への批判だったらいやだから。
 だがフジはこちらの反応に構いはしない。
「朝が毎日和食で、魚とか味噌汁とか漬物とか、おれの嫌いなものばっかだったこと」
「ああ、――」
 相槌には、安堵が混じる。自分への不満が大きくあったわけではないのだ、と。
「でも不思議なもんで、食べれなかった大方のものを、ある日口にしたら抵抗なく食べれた。――中学くらいの頃だな。味噌汁と魚と漬物は、いまだに嫌いだけど」
 己の成長を実感するフジを、至輝は複雑な思いで見つめていた。
 そして、問いかける。
「だからもう、影役には戻らないのか」
 フジは至輝の幼さを見通すように微笑んだ。
「そんなんじゃない。――もう影役は終った。それだけだ」
 至輝は微笑を返すべきだと思ったけれど、出来なかった。
 フジの内心を推し量ることなど出来ない。巧みに隠して、その片鱗さえつかませない。








    TOP   NEXT