08−



「何をしているんだ」
 声をかけると、岩の上に座っていたトリの少女はうれしそうに振り向いた。
「あのね、お星様を見ていたの。私を待つ誰かがどこにいるか、ちゃんとわかるように」
 学士は隣に腰を下ろし、微笑を返す。それには少しばかり哀れみが混ざっていた。
「そうか。求める相手は、どの方角の、どれほどの距離に?」
「あっち。でも、遠すぎてよくわからない。お星様見ても、変わらないの」
「・・・そうだな、ワタリドリに星は必要ない」
「そうなの?」
「ワタリドリは数年に一度集うと聞く。その集いの地が、確かこの方角だ」
「ほんと?」
「集いの地がどこなのか私も詳しくは知らない。あとはワタリドリの本能が教えてくれる」
「本能?」
「そう。生まれたときから体に刻まれたものだ。受け継いできた記憶、過去からの贈り物。だから考えなくても、いつかたどり着く場所だ」
「知らなかった!――ありがとう」
 少女は無邪気に笑った。
「いや・・・・・・」
 学士はその表情に面喰い、そして目を伏せた。
「・・・・・・お前は、いつから探しているんだ」
 学士の声音は、先ほどとは打って変わっていた。一方で、少女は変わらない。
「わかんない。ずっとよ。きっとあっちも、私を探してるの」
「・・・・・・五年だ」
「なあに?」
「パゴダを出て、もう五年だ。西は行き尽くした。だから東に来た。とうとう、かつて我らの学問を否定し、迫害した〈楽園〉の真下にまで行こうとしている」
「ふうん?」
「真理とは、真の理とは、なんだろうか。私の研鑽が足りないせいで見出せないのか。それともまだ出会えていないのか。もしくは、――そんなもの存在し得ぬのか。それすらわからない」
「・・・よくわかんない。むずかしいのね」
「そうさ、そういうものを探している。最初から、――最初から、知っていた。この課題が告げられた日に。私は・・・・・・、だから、外へと出された。真理など・・・・・・」

「ねえ、どうして旅を続けているの?」

「・・・・・・・・・さあ。なんと言うべきかな、これは――・・・、執着か。目的を持たないでいる自分が怖いから。肩書き、人に言える理由、そういうものが欲しいだけだ。そんなくだらない理由さ」
 学士の言葉を、少女が理解できるかどうか怪しい。しかし少女は真剣に彼の言葉を聞き、問いかけた。
「じゃあ、どうして探してるの?」
「・・・・・・どうしてだろうな。どうしてだったか・・・・・・――世界を確定のものにしたいから、かな」
「かくてい?」
「今この瞬間が覚めれば消える誰かの夢ではないと証明することなど、誰にもできない。確実など、この世のどこにも存在しない。世界は不確定なんだ。・・・そして、私は臆病なんだ。不確定が恐ろしい。だから、確かなものを求めている」
「よく、わからない」
「私が私であると、君が君であるという証明はできないということさ」
 少女は眉間に似合わぬしわを寄せて、こくりとうなずく。
「それが、怖いの?」
「そうだな」

「あのね、飛べないけれど、こうやって手を広げてみるの。いろんなことがわかるの。私を待つ相手はどこにいるのかだけじゃなくて、雨が来るとか、風向きが変わるとか、いろんなこと。それを感じているのは、私なの。あなたじゃない。私が私だっていうのは、とても確かなこと」
 少女は奇形の両手を学士のほうへと伸ばし、そして彼の手を握る。
 学士はその感触にぞっとした。
 骨と筋が歪み、奇妙な具合に浮き出ている。一部分だけ羽が生えているが、それも皮膚に半分埋まっている。
「――違う?」

「――、いや・・・・・・それもまた、――・・・・・・」






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