03−
巨石の上からは、荒野が一望できた。
傍らに観測機器を並べ、手元には年季の入った帳面を。
慣れた手順で星の位置を測り、計算し、記録する。並べて書かれた数値を眺め、感慨にふけった。
「ずいぶん東に来たものだな・・・」
ほとんどの観測を終えて、学士は帳面をたたんで懐にしまった。
そのときだった。
「ねえ」
下からひょっこり、小さな頭がのぞいた。――ニキと呼ばれていた、トリである。
「・・・!」
学士が驚いているうちに、ニキは小さな体で巨石をよじ登り、学士の傍らに来ていた。
「――おどろいたな。何か用でも?」
「何してるの?」
「星の角度を測っている。三つの天体との角度を測って、自分が今、大地のどのあたりにいるかを知る手がかりとするんだ。天の星を仰ぎ大地を測る、すなわちこれを天測という」
「ふうん?」
少女は首をかしげたので、学士はその原因に思い当たって言葉を重ねた。
「トリなら、こんな道具を使わなくてもわかるんだろうな」
「そうなの?」
予想外の返答であったが、しかし表情は変えなかった。
「・・・・・・いや、トリにもよるんだろう。遠き地に渡らぬトリならば、必要ない能力だ」
少女は首をさらにかしげる。
「その地図は何?地図があれば道はわかるでしょう?」
「完成された地図など、この地上のどこにもないんだ。だから私の属する学問所では、旅に出た者がそれぞれの場所で星を観測し、さらに地形の測量をして既存の地図に修正を加えていく」
「それ教えて!」
唐突に、勢い込んで少女が言った。
「・・・・・・地図を?」
学士は驚き、困惑する。
「どうやって、地図を直すの?お星様の位置を見ればいいの?」
「天測を・・・?教えるのはいいが、道具もいるし、高度な数学が必要だ。なぜ地図を修正しようなどと思うんだ。隊商ならば、北極星と太陽の測り方だけ知っていれば充分だろう」
「あのね、探してるの」
「探している?」
「そう。どこかにいるの、待っててくれてるの。見つからないのは、地図がよくないせいだったのかも。直したら、見つかるかも!」
「どこにいるとも知れぬ相手を探す・・・にはあまり役立たないと思うが」
「そうなの・・・・・・?」
「そもそもそれでは地図の正確性はあまり関係ない・・・いや、その者の名前は?会ったことがあるかもしれない」
「わからないの」
そう答える少女に、特に落ち込んだ様子はなかった。その反応に、学士はしばし瞠目し、
「・・・・・・そうか」
やがて目を伏せた。
少女が小首をかしげる。この少女は、学士の心の機微など少しもわからないようだった。あまりにも楽天的な少女に、学士はやがて苦笑を漏らす。
「互いに、厄介なものを探しているらしいな」
「ん?なあに?」
「なんでもない。ところで質問がある」
「なあに?」
「その足は?随分と酷い傷だ」
指摘すると、少女は自分の足を見下ろした。他人からすれば眉をひそめるところだが、少女は見慣れた様子である。
「歩いているとこうなるの。でも今は進まないからだいぶ治った」
「・・・そうか、トリの足でウマについていくのはきついか。無理をするな、歩けなくなる」
「えー・・・それは困るけど、私は、探してるんだもの。行かなくちゃ」
「痛くはないのか?足を出せ。薬がある、つけないよりはましだろう」
「ふーん?」
少女は、気味が悪いほどに己の傷に関心がない。
「骨が少し歪んでいる。やはり歩かないほうがいい・・・」
「だめ。私は探してるんだから」
「痛くないのか・・・?」
「あんまり」
「そうか、トリは痛みに鈍感だったか」
「ふうん?」
触れれば激痛が走りそうな傷も、少女にとっては首をかしげる程度のようだった。
「さみしいものだな。おまえの探す相手は、おまえが探していることも、おまえがそのために痛みを負っていることも知らぬとは」
「んー?」
少女は無邪気に首を傾げるだけだ。
「独り言だ。――ほら、終った。早く寝たほうがいい。傷の治りも早くなる」
「うん。おやすみー」
少女が天幕へと去る後姿を見つめながら、学士はそっとつぶやく。
「・・・・・・おやすみ」