No.003_03









 ヨチ・カ・エラという男がなぜ内政担当なのか、ミヤモトは知らなかった。
 クロスアウダ情報局の局員には、運送屋が多い。それは、クロスアウダが局員に広い見識を求めるからだ。大地を渡り、さまざまな都市をおとない、文化や政治を見聞きする。経験し、その経験を通じて見えた良い点、悪い点、新しいアイディアなどを考えさせて語らせる。情報局の人材育成法だ。
 運送屋の次に多いのが移民、その次に移民を親に持つ者、そして移民街の近くに住むなどして移民と親しかった者。
 ヨチは移民の二世で、さらに運送屋だ。今は滅んだ都市からの難民の子孫というのが正確なところ。本人は、「自分の親の故郷だった場所を見たいって思ったのが、運送屋になったきっかけだね」と言っていた。
 本人の向き不向きもあるが、運送屋の局員の多くは外交官だ。外交官になれるのは運送屋のみ、とも言える。外交官ではない場合、諜報員となる。運送屋らしい荷運びなどの仕事をしながら他都市めぐって情勢をクロスアウダに報告する「外回り」と、マルタミラのように他都市に住んでいる「大使」がいる。マルタミラの場合は向こうの政府から認められていないので、実際のところ大使とは違う。
 どれも大地を渡ることができるからこその仕事である。
 そして、運送屋ではない者や、怪我や病気で引退した者が内政を担当する。
 ヨチは見ていて腹が立つほど健康だし、口も頭もよく動くほうだから、外交官向きだ。
 なぜ内政を担当しているのか。
 なんらかの理由があるのか。
(ものすごく内政向きとか・・・、ありえるけどなんか腹立つな)
 健康な運送屋が運送業をしていないと妬ましい。その健康体を寄越せと首を絞めたくなる。
「ねえねえミヤさあ、これどう思う?」
 などと聞いてくる男の腹立たしいほど緊張感のない顔、殴りたい。
 ――現在、マルタミラの知り合いだという人物の家で匿われている。ヨチとミヤモトは待機、マルタミラは伝を駆使した情報収集と同時に情報操作に向かった。ササキはその護衛である。
 匿われている場所は小さな部屋で、ここに昨夜、四人で寝た。ひとつしかないベッドに寝る権利はじゃんけんで決めることになり、ササキとマルタミラが辞退したのでミヤモトとヨチの一騎打ち、結果ミヤモトが勝った。辞退しないヨチはマルタミラに蹴られていたが。――ヨチのそういうところは、運送屋として悪いと思わない。白き大地で譲り合いは大切だが、自己主張はもっと大切だ。こんなときなのだから、良い環境で寝られるならばそうするべきなのだ。
 それに、譲ってもらわなくてもミヤモトのじゃんけんの勝率は八割を誇る。
 さて、ヨチがソファに寝そべったまま差し出してきたのは、雑誌だ。エウノミアで発行されているものらしい。
 知らない人々のゴシップが大きく掲載されている。表紙からして品のない言葉が連ねられているから、中身もそんなものだろう。正直あまり好きではないが、しかし運送屋をやっていればもっとえげつないものに出会う。大衆向けの雑誌程度、表情を変えるほどのこともない。
「どう、とは?質問がざっくりしすぎですよ」
「最初に思ったことは?」
「雑誌だなんて、大都市とはいえ資源の無駄遣いですね。その労力を食糧生産にまわすべきだ。内容についてなら、資源の無駄遣いもいいところの品のなさだなと」
「政治記事とか、穀物の収穫量とか、気象予報とかに紙を使えって?」
「ええ」
「そんなん新聞がやることでしょ。雑誌は娯楽だよ、真面目なことばっかりじゃ売れないよね」
「そりゃそうですけど」
「大都市だからねぇ、仕方ないんだよ。ま、破壊の女神はご存知だろうけどもね、資本主義がほぼ完成しちゃってるんだ。儲かることをやるのが資本主義ってね」
「・・・・・・そうですね」
 ヨチは記事を自分の視線の先に戻してにやにやしている。ページをめくった先にあるのは、グラマラスな女性の姿絵である。
「しっかしミヤは真面目だよねぇ。クロスアウダじゃまず見ないものだしね、慣れないよね」
「慣れてますよ。あなたより外に出てますから。でも、好き嫌いは別でしょう」
「どんな感情を抱くかは育つ環境によるんだよね。都市環境というより家庭かな?俺んところは開放的でね」
「テッラの多い都市でしたよね、ご両親の出身都市」
「まあね。サス・テッラだけど」
 テッラを名乗る民族は幅広く分布していた。サスは南を指す。なんでも、浮気が文化として堂々存在していたという民族だ。――テッラの人々はひとくくりにされると時に機嫌を損ねるが、どれをとっても軟派には違いない。
「で、私の真面目さなり認識の甘さを確認したかったんですか?」
「いえ、ね?あんまりこういうの避けないほうがいいんじゃないかと思ってね」
「でも食いついたら引くでしょう?」
「ドン引き。美しい女神のままでいてちょうだいね」
「ヨチ、女性に夢見るタイプでしたっけ?」
「いえ。ただ、君が十四のころを知ってるからね。――おじさんは変化についていけないの」
 記事から目を離さないヨチを見ながら、ミヤモトはため息をついた。
「で、結局どんな意図が?」
「【カズン氏、不倫疑惑!】こっちは献金問題、セテクバ・ノーメイ氏。で、これ。【サンタナ氏、突然の辞表。その裏事情とは?!】」
「はあ・・・」
「ぜーんぶ、政治家だよ」
「・・・・・・」
 政治家は顔も名前もよく売れている。ゴシップの対象になるのは仕方がない。
 職業的歌手などの芸を売る人々も一応存在するが、エウノミアではそれほど発展していない娯楽だ。
「エウノミアの政治家は、約半数がエウノミア姓を名乗る。それ以外もほとんど縁者だね。移民代表の議席が法律である程度確保されてるけど・・・当然、強い勢力じゃあないよね」
「くだらないように見える雑誌も、真面目な情報源だと?」
「時々ね。――セテクバ氏は名前のとおり、セテクバ市出身の移民。サンタナの姓は南方系だから、エウノミアでは少数派の民族だろうね。カズン氏は、ここに説明があるよ。官僚出身でもなく、エウノミア一族でもないことを強調、クリーンな政治をうたって当選」
 クリーンな政治をうたうということは、市民の間には政治に対してクリーンではないイメージがあるということだろう。
「・・・・・・憶測の域を出ませんが、エウノミアを名乗らない方々ばかりが槍玉に挙げられていると?」
「マルタミラが局に流した情報と、俺の記憶が確かなら、全員エウノミア一族とは関係ないヒトばかりだね。どちらかっちゃ、敵対してるといっていいかな?」
 ヨチはにやりと笑う。
「確証も品もないゴシップばかりの雑誌だけども、数少ない娯楽の一つだよね?読者はけっこういるんじゃないの?」
 なるほど、とミヤモトはうなずいた。わかりやすい構図である。
「そんなもんですか」
「そんなもんだよ。クロスアウダよりはずっと、政治に関心が高いはずだから、こんなんだってかなり影響力があるんだよ。うちの無関心市民にも見習って欲しいくらいだよね」
「クロスアウダのそれは、興味を持たせない方針でしょ」
「いやいや、そんなことないよ?結果として鼓腹撃壌って感じなだけでね?」
 平和すぎると民衆は政治に興味を持たない。そうなると、民主主義が成立しているのか怪しいものである。
「君が誤解してる部分だけどね、――クロスアウダは、政治を意識しなくたって生活できるほどの安定ってものを目指したんだ。クロスアウダというよりも、〈エルザ〉の望みかな」
「それで、鼓腹撃壌、ですか」
「美しい理想と、それの体現だと思わない?」
 ――どのみち、ミヤモトにとって興味の薄い話だ。
 職業柄、確かに情報としては必要である。だが、ヨチら情報局員のように実際に関わって物事を動かす立場というわけではない。
 極端な話、エウノミア市が駄目になりそうならば近づかなければいい。それがクロスアウダ市だとしても対応は変わらない。
「まあ私には関係ない話ですね。さっさとササと折り合いつけて、事を処理してください」
「あはは。だいじょーぶよ、なんでミヒャエルが俺を派遣したと思ってんの」
「エリシアの代わりでしょう」
 と言えば、わざとらしく傷ついた顔をする。
「そりゃエリーは優秀だけどね?」
 ヨチに言わせれば今は「クロスアウダに有利なカードが足りない」状況なのだそうだ。相手は大都市、クロスアウダにとっては分が悪いのは当たり前。だからこそ、よいカードを揃えて勝利を確実にすべきだというのがヨチを含む、多くの局員の考えだ。
 ササキは不利を承知で、強引に勝負に出ようとしている。すでに悠長にはしていられないところまで来ていると言って。
 どちらの主張も、理解できる。
 だから部外者であるミヤモトは何も言えない。
「俺はね、こっちに有利なカードが足りないからカードを直接とりに来たの。虎穴に入らずんば虎児を得ず、ってね。――ノアもだけど、エリーもわざわざカードを探し出す人間じゃないよ。虎を殺しちゃうタイプだから」
「ふうん、そうなんですか」
「ミヤ。ミヒャエルが俺を選んだ理由はね、カード目ざとく見つけて、さらにはそれを取れる人間だからだよ」
 にやりと自信満々にヨチが笑う。
「虎は殺しちゃ駄目なんだよ。食物連鎖の頂点に立っているそれがいなくなれば、――みーんな、共倒れ」
 ミヤモトは表情を変えずに、一つ息を吐く。
「主張はご立派ですけどね、そういう態度が、敵を作るんだと思いますよ」
 ミヒャエルほどではないが、ヨチも敵を多く持っている。それも、情報局内部に。
 そんな指摘に対して、ヨチは涼しい顔をしている。






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