No.003_01



 カイシア市の庁舎の螺旋階段を登ってゆく。
 中堅のカイシア市庁舎の内部構造は、それほど複雑化していない。呼び出されてあわててやって来たミヤモトが向かう先は、セントラルホールと呼ばれる場所。
「はーい、ご苦労様ー」
 樹と人工物が融合したその部屋の中央で、両手を広げて歓迎してくれたのは、都市の主、クロスアウダだった。
 都市樹となる樹は、長い年月を経て人の姿を真似るようになる。クロスアウダは三十前後の青年姿だ。くすんだ緑とベージュ、その濃淡だけでクロスアウダはヒトの姿を真似る。これが意外にも違和感のない配色だ。
 そんなクロスアウダの正面にはササキがいる。ミヤモトの予想に反して、マナの姿がない。
「あれ、マナは?」
「〈共有〉中だ」
 表情乏しくササキが答える。――彼はいつだって表情が乏しい。
「ふうん?」
 〈共有〉はマナの仕事のようなものだ。人が口で説明するよりもはるかに楽に、早く、クロスアウダに見聞きしたすべてを伝えられる。
 けれどクロスアウダは人の口からの報告も必ずさせた。そのヒト自身が考えてまとめた結果は、ただ見聞きしたものよりも価値がある、というのがクロスアウダの言い分だ。
「さて、クロスアウダ。私とも〈共有〉しますか?」
「さきに君の意見を聞かせてほしいな」
「いいですよ。何について?」
「白都開拓団について。――主に、エウノミアの内政がどうなっているか君の予測を」
「・・・なるほど、わかりました」
 ミヤモトは数秒考えて、言うべきことをまとめた。
「まず、白都開拓団をこのまま〈根付く地〉へと送り出しても、成功の確率は低いでしょう」
 クロスアウダはうなずき、先を促す。
「彼らは、本来受けるべき教育の全過程を受けていないようです」
「なんだって?」
 初耳だったようで、ササキが反応した。
「そもそもおかしいと思っていたんですよ。それで、女の子たちにそれとなく聞いていたんですけどね、――白都がエウノミアに届けられたのは今から五年前。その一年後に、開拓団候補の募集が始まったそうです。つまり彼らが教育を受けていた期間は、約三年半」
 開拓団教育は、通常五年から七年かけて行われる。
「もしかしたら三年半で彼らはちゃんと学んだのかもしれませんがね?――しかし無茶が過ぎる。下手に不安にさせるのもなんだったんで、詳しくは聞けていません。ヴィルジニの体のこともありますし、しばらくクロスアウダにとどまらせるのがいい。その間に、エウノミアに直接出向いて調査すべきです。――私は、エウノミアに滅びの危機が迫りつつあると考えます」
「あらいやだ、そんな面倒な予測」
「他からも似たような報告あがってるでしょう?」
「だからいやになるって話。ねえ、ノア?」
 同意を求められたササキは肩をすくめる。――仕方ないだろう、自分のせいではない、とでも言いたげだ。
「会議にかけても同じ結論でしょうね。今から手を講じないと、もっと面倒でいやなことになりますよ。エウノミアほどの大都市が崩れれば、難民を養いきれないでしょう。死者が出かねない」
 エウノミアはこの地域の中心的大都市だ。都市として、食糧生産も政治も安定期に入っている。――大都市というのが問題だ。エウノミアは古い都市。すなわち、まだ方法が確立していないころの開拓団民が作り上げた街なのだ。
 政府の人間たちはプライド高く、若いクロスアウダのような都市に意見されることを嫌う。世界会議となれば、クロスアウダのやり方を真っ向から非難するほどだ。
 そんな理由で、今までクロスアウダは情報局局員の派遣を避けていた。
「面倒がったつけが、回ってきた感じだねぇ」
「情報局を名乗ると入国制限がかかるから、仕方がないでしょう」
 肩をすくめて言うササキは、入国制限を実際にされたことがあるのだ。
「オーケィ、オーケィ。大体結論は出た。とりあえず、マナを派遣する」
 それが妥当だと、ササキもミヤモトもうなずいた。
「詳しいところはやっぱり会議だね。とりあえず、ノアは三日の休暇。ミヤも契約終了だから、しばらく遊んでて」
「ふうん?キープ料はなしですか?」
「出します。出すから、この件最後まで引き受けてね」
「ま、マナがかかわるんだから文句はありませんけど」
 ミヤモトがクロスアウダ市に関わり続けるのは、マナがいるからだ。そうでなければ、こんなややこしい仕事を引き受けたりしない。
 もともと、ミヤモトは政治だなんだという話が好きではなかった。悪意を持つ人間なんてなかなかいないものなのだが、これに関わっているとどうしてもそういう人間を、普段よりも多く見つけてしまう。
 そのうえにクロスアウダが払う賃金は、安いものである。一般的に政府からの安定した依頼は安い。ミヤモトのような経験豊富な運送屋に対する相場の二割減である。
 ただ個人的にクロスアウダには恩がある。そして、――
「クロスアウダ」
 去り際に、すでに姿を消したクロスアウダに呼びかける。木霊はただ単にコミュニケーションを円滑にするための道具に過ぎず、姿が見えずともクロスアウダは答える。
「なあに?」
「エリサ、どんな調子です?」
 やわらかく笑う気配がある。――クロスアウダは本当に人間くさい。
「元気だよ」
「ならいいです。カルシュによろしく」
「うん」
 クロスアウダと直接言葉を交わせる、この立場に価値がある。
 この立場にさえあれば、連結するクロスアウダならどこでだって知ることが出来る。
 それだけでいい。それだけで、充分だ。
 セントラルホールを後にするミヤモトの横に、ササキが並ぶ。成人男性の平均身長より少し低いくらいのミヤモトだが、ササキは彼女よりも頭ひとつ分高い。声は、右側の上のほうから降ってくる。
「――そろそろ、〈エストレリータ〉に顔を出してもいい時期じゃないか?」
 降ってきた言葉にミヤモトは苦笑した。
「これが終わったら、行くよ」
「そんなんでいいのか」
「いいんだよ。行こうが行くまいが、エリサには悪影響ないんだから」
「・・・・・・」
 結局ササキはそれ以上何も言わなかった。それならば、最初から言わなければいいのにと少し思う。他人から言われると、どんよりとしたものが体に溜まるのだ。
「――で、休暇なんだろ。時には一緒に飲みに行こうか」
 自分の発言を気にして黙り込んでしまったササキに、明るく話しかける。
 ササキは苦笑に似たやさしい顔になって、ミヤモトの頭にぽんと手を置く。そして、赤みの強い髪をくしゃりと撫でた。
「そうだな。互いに今日まで生きのびた記念に」
 手のひらを出せば、小気味良い音とともに相手のそれと打ち合わされる。
 ぱちん。
「おめでと」
「おめでとう」







BACK  TOP  NEXT