No.002_46
あわただしく、いろいろなことが決められていった。
まず、第六開拓団に属しながらも直前で外されたイーニィ・ロッドおよびサイ・ピアソラ。彼らはクロスアウダ情報局の面々が帰還の時、同行することになった。
団編成の時に落とされた人々の再選考も行われたが、これ以上人数を増やしても不和が予想されるとして合格者はいない。
クロスアウダは第六開拓団の母都市としての権利をエウノミアから譲り受けた。その条件の細かい部分は省くが、白都への移民は世界に散らばる旧マーマー市民およびその子孫三世代を優先的にするとしている。
アキハルたち開拓団メンバーは、当初のクロスアウダの提案通り、クロスアウダおよびクロスアウダが推薦する都市で開拓団教育を受け、旅立つことになっている。
ずっと問題にされてきた(根付く地)までの距離だが、現在白都にふさわしくて近しい土地がないために保留となった。
ヨチはかなり優位に事を進めていたが、肝心要とも言うべきこの問題だけはどうにもできなかったらしい。
あまり仕事の愚痴を言わない彼だが、このことに関してだけはぼやいた。
「あーんまり気持ちのいい話じゃないけどな。――エウノミア政府としちゃ、マーマーの遺児はすべて枯れて欲しかっただろうな。崩壊云々じゃない。エウノミアに住んでいる人間は、エウノミアの子孫に繁栄してほしいと思うのが普通だよ。エウノミアの子のために抑えた土地をよその子に譲るって、気持ちよくできる人間は少数派」
心のうちで、アキハルは納得した。
納得できる程度に、アキハルは自身も持つ身勝手さを理解していた。
「たとえマーマーの崩壊に関わっていなくとも、あの捕まったご老体の指示を聞きやすい状況にあったわけだわ。疑問に思いながらも、見逃す。それを責めるなとは言わんけど、大目に見てやんなよ。諸悪の根源は叩いてやっから」
その話をして以降、アキハルは事の詳しい経過を聞くのが嫌になった。
事の真相を、知りたかったはずなのに。
〈マーマー〉の崩壊が人災であったと聞かされて、犯人に対して憤った。自分が命すら狙われたことも手伝って、犯人たちは死んでしまえばいいとさえ思った。
けれどヨチが語ったのは、事件を為したものが悪意とも呼べぬ小さなものであったという事実だ。
(なんで、こんなことを知りたがったんだろう)
一度は晴れたはずの気持ちが、どんよりとした。
深々とため息をついた。
これほどの大ごとになったと言うのに、アキハルが出来ることは、驚くほど少なかった。
すでに開拓団として市を出て、なおかつその開拓団の母都市はクロスアウダとなった今、アキハルはエウノミア市の政治に口を出せない。だからといってクロスアウダ情報局の面々の仕事も手伝えない。
なんだかんだで、マナもイリアも忙しそうにあちこちを飛び回る。
リッセに至っては、次回の選挙で議員になっていそうな勢いだ。必然的に、それを補佐するクオンも忙しい。
だからアキハルは、ひたすら彼らからの事態の経過を聞く。状況の把握だけのためにあちこちへ移動する。
苦痛だった。
そんなある日、いつものように中央エウノミア市の宿エリーゼを訊ねた。クロスアウダからの面々が滞在する場所である。
珍しいことに、ここの主マルタミラさえ不在だった。
仕方なく中で待たせてもらおうと、受付前のソファに移動しようとすると、奥から知った顔が出て来た。
ミヤモトである。
「あ、・・・お邪魔してます」
「ああ、悪いね。もうちょっとでササとヨチが帰ってくると思うけど」
「はい。・・・ミヤさんは、体調は・・・」
「おかげさまでね。こうしてる分には問題ないよ。悪いね、護衛引き受けておきながらこんなザマで」
「いえ」
「お茶でも飲む?」
「あ、じゃあ、俺淹れますよ」
「そう?なら、保冷庫の中の茶菓子も持って来て。茶葉の場所はわかる?」
「はい」
台所に入り、お茶を入れる。茶ノ木から取れる葉ではなく、様々な薬効が期待できる薬草を中心にブレンドしたお茶だ。薬草は雑草並に生命力あふれるものが多いので、どの都市でも気軽に飲まれている。
お盆にお茶と、保冷庫の中にあったお茶菓子を乗せる。薄く焼いた生地が重ねてあり、上にクリームとフルーツ、カラメルソースをかけた豪華なものだ。何事だろうとちょっとびくつきながら、食卓の方へ持っていく。
「あの、このお菓子・・・」
「ああ、豪華でしょ?退院祝いだって。なんて言ったかな、ほらヘイケ覚えてる?あの人の部下が持ってきてくれた」
「あ・・・・・・そう、ですか」
それはおそらく、アンことスブラマニアンだ。
ミヤモトに微笑みかけられて顔を赤くしていたし、ミヤモトが入院中に見舞いに行ったという話も聞いていた。
ミヤモトは少々粗暴な喋り方だが、荒事に慣れた運送屋とは思えないほどの美人だ。木刀を握る指先にまで手入れが行き届いていて、荒事らしい仕事臭さがあまりない。
本人曰く、この手入れされた容姿が利用できるから、らしい。
そりゃあこの美人と対峙すれば、男は本気で武器を振り下ろすのを躊躇うだろう。交渉となればもっと明らかに有利になる。
「ああいう男はいいね。素直でわかりやすい」
「え、好みなんですか?」
ミヤモトに対しては、言い寄ってくる男たちをいいようにあしらっているイメージがあった。
「人間性が好ましいという意味だよ。こうして、気の利いたもん持って来てくれるわけだし」
「・・・・・・あちらは、結構本気なのでは」
「やだな、とっくに婉曲的にだけどお断りしてるよ。それでも、これは退院の祝いだからと言われたら、品物までは断れないじゃないか。引くほど高価なもんでもないし」
「そうですけど・・・」
何を言ったところで、他人の恋路である。アキハルはそれ以上何か言うのをやめた。
ミヤモトが菓子を皿にとりわけ、アキハルに寄越すので、遠慮なく食べた。それほど甘いものを好まないアキハルだが、果実の酸味でさっぱりとした味なのでおいしいと思えた。
「冴えない顔してるね」
唐突にミヤモトが言う。
「・・・・・・そう、ですね」
「開拓団のことはほぼ解決したのに、まだ何かある?」
「いえ・・・俺だけやることなくて・・・身の置き場が・・・」
「忙しくしてると聞いたけどな」
「ええ、もちろん自分たちが巻き込まれたことですから知っておかないといけないと思って、みんなに聞いて回ったり、調べに行ったりはしてますけど。知ったところで、俺、何もできないから」
「ふうん」
ミヤモトは綺麗な顔でくすくすと笑う。
「責任感が強すぎるのは難だね。情報収集も状況把握も立派な仕事だし、あんたには義務みたいなもんだ。その知識は後々役に立つ。今は、それでいいんだと思えないもんかな?」
「・・・・・・」
「思えないか。まあ気持ちはわからんでもないよ。私にも焦ってる時期があった」
「そうなんですか?」
「私だけじゃない、誰だってそんなもんだよ。それに、長い目で見れば必要な焦りなんじゃないの?理想が高いから焦るんだ。焦って必死にやって、どこまで届くかの限界を知るにいい機会さ。その先に、適当に諦めるとか、融通をきかせるとか、そういう芸当ができるようになるんだよ」
ミヤモトはお茶を口に運びながら穏やかに語る。
ほんの少しだけ、苛立ちが収まった。
現状のもどかしさは何一つ解決していないのに、心の容量が少しだけ広がった気がする。
ミヤモトはまだ二十代半ばだったはずだ。アキハルと大きく年齢が離れているわけでもない。数年後にはこうなれるのだろうかと、不安とも希望ともつかぬ感情が湧き上がる。
「アキハル。この先不安になったら、その都度誰かに相談しなよ。相手は選んだほうがいいが、とにかく抱え込むな」
「・・・えと、・・・はい」
「それと、不安になってしまうからって、考えることを途中止めにするな。徹底的に、考えて悩みぬけ。――あんたにはこの先、いくらでも面倒事が降りかかってくるよ。でもそれは、必要な糧だ。全部食らえ。じゃないと、開拓団は成功しない」
柔らかい口調で言われたので、理解が追いつかなかった。
「食らう、ですか・・・」
「そう。――でもまぁ、実際やるのは目の前にあることを確実に処理していくってことくらいだね。とりあえず、お茶の時間を楽しむってのも大切だと思うよ?」
言葉が一つ一つ心へ落ちていく。
程よい重みと、温かみがあるように思えた。
りぃん、と音が響いた。入口のドアに設置された鐘の音だ。
「おや、帰ってきたようだよ」
ミヤモトの言う通り、「ただいまぁ」と明るい声がする。
「おかえり」
ミヤモトが応える。
アキハルは深呼吸した。
次に進むために悩んでいるのだ。先が見えているから、悩めるのだ。
そう思えた瞬間に、満たされた。
「アキハル。来ていたのか」
マナと一緒に出ていたらしいササキと、その背後にはヨチ、イリアの姿もある。
「あ!お菓子食べちゃったの?俺も食べたかったのにぃ!」
「僕も食べたかったなぁ」
「アキハルずるーい」
ヨチ、イリア、マナが次々に文句を言い、ササキに呆れられている。
「――アキハル、用か?」
「はい。いくつか聞きたいことがあって」
「ああ。――・・・うるさいから、場所を変えるか?」
高級菓子はなかなか食べられないのに、と騒ぐ三人を見て顔を顰めながらササキが言う。
「あ、それなら今からどっかお店に行こうよ!アキハルが前案内してくれたところでもいいよね」
マナがすかさず提案し、ササキが頭を抱えた。
ありがちなやり取りなのに、なぜか笑ってしまう。
なんで笑うんだよ、と文句が聞こえて来た。