No.002_44









 街は中心から放射状に発達する。中心から遠ざかるほどに建物は少なくなり、やがて白紙地と見分けがつかない平地が広がる。白紙地との差は、街の周囲を囲う柵だ。これは外部から来る者を拒絶するものではなく、ここまでは樹の浄化が及んでいるから安全であると市民たちに知らせるものである。
 門からも近い場所に、ぽつりと建物がある。運送屋協会の支部である。
 運送屋たちの仕事を紹介したり、休息や食事の場所の提供、武器の補修の請負など、その役割は多岐にわたる。
 存在は知っていても、一般人が立ち入ることはほとんどない。
 しかしマナにはなじみ深い。
「オネスさんいます?」
 入口からすぐの受付に座る若い男性に聞く。
「いると思うよ。――レックス、オネスさん呼んできてくれる?」 
 受付の男性は、背後を通りかかった見るからに運送屋らしい男に言う。
「・・・レックス?」
「え・・・マナ?」
 お互いに姿を認めて、驚いた。顔見知りだ。
「あれぇ、どしたのこんなとこで!こっちのほう縄張りじゃないでしょ」
「おまえこそ。破壊の女神もカウラの堅物もいねーのに。そちらは素人か?」
「うん。アキハルっていうの。――なんだ、ついたばっかり?じゃあ私たちが説明しなくても、あちこちで何度も話聞くことになると思うよ」
「ほほう、なーんか事件おこしやがったな。クロスアウダの内政干渉もほどほどにしてりゃいいんだがね」
「ほどほどにするよう言っとく。ミヤはここで入院してるんだ。ササはそれにつきあってる。あさって退院」
「ふうん。女神さまはまた悪化させてんのか。時間があったら見舞うわ。宿はどこ?」
「中央の〈エリーゼ〉って宿」
「オーケィ。で、ヘイケさんに用って言ったな。ちょっと待ってろ」
「うん」
 レックスが二階へと上がっていく。
 マナはアキハルを誘って、受付前のベンチに腰掛ける。
「知り合いだったんだ」
「ああ、うん。クロスアウダ籍の運送屋なんだ。近距離専門だから会う機会も多くって」
「そっか」
 話していると、二階からレックスと、目的の人物がやってきた。ヘイケ・オネスである。
「やほー」
「どうした。サトミ・アキハルまで」
 レックスに負けず劣らず良い体格で、二人がいるだけで室内が狭くなる。
「うっわ、二人がいるとせっまーい!」
 マナは遠慮なくけらけらと笑う。ヘイケが微笑み、レックスが頭をぐいぐいと撫でた。
「おまえ生意気なんだよっ」
「あはは、ごめんーっ」
 じゃれあっていると、アキハルが小さくため息をついている。しかし以前と違って切羽詰まった感がなく、ヘイケと同じく微笑んでいる気配も見え隠れするから、彼も変わったのだと思った。
「一族のマナ。遊びに来たわけではないのだろう?」
「うん」
「リッセ・マーマーと、クオン・ラが来ているが、その件か?」
「え?二人も来てたの?」
「なんだ、ばらばらに来たのか。まあいい、上がってこい」
「はーい。じゃ、レックス。またねー」
「おう」
 ヘイケについて、階段を上がる。
 事務所自体はそれほど広くないため、階段の幅はヘイケが通るとすれ違う余裕もない。
「ねえ、アンはどうしたの?」
「今日は休みだ。女神の見舞いに行きたいようなことを言っていたから、今頃病院じゃないのか?」
「え。本気?」
 どうやらアンは命知らずと呼ばれる人種だったらしい。アキハルが顔をひきつらせている。
「なんというか、さすがだな、女神は」
「あー・・・なんと言えばいいんだろ。最初はウケたけど、なんだかなぁ。面白がるには、ちょっとねぇ」
「マナ、最初から面白がるもんじゃないよ」
 アキハルが控えめにたしなめた。
 案内された部屋は会議などにも使われるそれなりに広い部屋で、中ではリッセとクオンがお茶を飲んでいた。ティーカップのほかに、何やら細かに文字の書かれた紙が山積みにされている。報告書のたぐいだろう。
「あら、マナに、アキハル。おはよう」
「おはよう、リッセ。それと、クオン」
「おはよ」
 背筋をぴんと伸ばして、凛とした声であいさつするのがリッセ。柔和な笑みで、少し頼りなくも聞こえる柔らかな声で言うのがクオンだ。
 ヘイケに促されて、マナとアキハルも座る。
「二人も、経過を聞きに来たの?」
「ええ。それもあるけれど、それ以上のこともあるわ」
「それ以上?」
「エウノミア市としての処罰は政府の管轄だけれど、それだと、『第六開拓団への妨害行為』くらいになるの。だけど、それで許せるほど私は心が広くないから」
 リッセがにこりと笑う。
 拘束されている件の人々が犯した罪は、〈マーマー〉の崩壊を招き、大勢の移民を生み出した点にもある。移民受け入れは〈エウノミア〉にとってもリスクであることを考えれば、〈マーマー〉の民だけではなく〈エウノミア〉の民まで危険にさらしたことになる。
「表沙汰にはできないのが残念だわ。本当に」
 困ったような表情で小首を傾げながら言うのだから、恐ろしい。
 ヘイケが苦笑した。
「血が流れるのは避けたいからな」
「ええ、わかっています」
 運送屋協会がこのように政治的な問題に介入することはごくまれである。その基準は、「二つ以上の都市間で起こった問題」「他都市にまで影響が予想される事件」「殺生沙汰が予想される事件」となっている。今回はすべて満たしている。
「私は、旧マーマーの代表として、彼らを裁く権利を得られないかと思って、ここに来たの」
「・・・・・・なるほど」
 本当に、この年若い女性には驚かされる。
「今考えているのが、私財の没収なんだよね。それを旧マーマー市民に分配できたらなって」
 クオンがにこにこと笑いながら言う。こちらもなかなかの人物だ。
「クオンは金銭にこだわりすぎよ。もちろん、夜逃げしていただくくらいは追いつめたいけれど。時として、金銭以上に役立つのが人脈や権力。・・・それを譲ってくれないかしらねぇ」
 アキハルをうかがえば、遠い目をしていた。なるほど、彼女を見てきたアキハルにとって、リーダーの基準がこれなのだ。なかなか高いハードルである。
「それで、あいつらどうしてんの?素直にしゃべった?」
「それがどうして、あのご老体は知らんと言い張る。選考委員だった男は素直にしゃべっているが、あれは小物だ。やらかしたことはでかいが、核心を知らんと来た」
「あのくそじじい、〈共有〉仕掛けてやろーか」
「最終手段だな。廃人になる可能性もあるんだろう?」
「相手の適正にもよるけど、きつめにやればできなくもないと思うよ」
「取り違えるな。廃人にされたら困るんだ」
「ちぇ」
 舌打ちすると、ヘイケは困ったように微笑んだ。ササキであれば説教が始まっていただろうが、ヘイケはずいぶんと気が長い。
「協会としては、どうしたいの?」
「〈根切り虫〉の流出ルートや、運搬にかかわった人間を洗い出したい。外務長官だったとはいえ、そうそう外と接触できるものでもないからな。――それ以外は、知らん。我々は、運送屋以外を裁く権限など持たん。せいぜいマーマーの民に便宜を図るくらいだ」
「ふうん。ってことは、じじいが強情張るならやっぱり〈共有〉が必要なんだね」
「そうだな。だが、暴力的なことは・・・」
「言っとくけど、相手を廃人にした実績はないからね」
 たぶん、と心の中で付け加える。仕掛けた相手を放置したことがあるので、結果を知らないのだ。
 〈共有〉が体に負担をかけることは、経験から知っている。そして、やれば廃人になるだろうと予見したのはクロスアウダだ。
「都市内のことなら、がんばって樹の記憶をたどることでどうにかなるけどね。今回は、期間が長いから必要な記憶を探すのも一苦労。そのうえに、都市の外であったことまでとなると、ちょっと。正直、さっさとじじいの脳味噌刻もうよって感じ」
「マナ・・・もうちょっと言葉選ぼうよ」
 アキハルが言いにくそうに言う。
「滞在許可の期限もあるし、他に行きたい都市もあるし、ずっとここにいるわけにはいかないんだもん。早く解決したいんだ」
「滞在許可はどうにでもなるだろう。まあ、こっちを早く済ませて〈根切り虫〉の流出を追いたいというのも事実だが」
「でしょ。〈ネールラ〉のこともあるからね」
「しかし〈カウラ〉が関わってくるぞ。いいのか」
「私は別に何も思わない。ササがうるさそうだけどね。憂鬱な理由はそれくらいかな」
 そこまで喋って、マナは苦笑する。
「なんだ、ずいぶんこっちの事情を知ってるじゃん」
「ああ・・・すまんな。気になったか。ノアから聞いた部分が大半だが・・・」
「いや、べつにいいんだけどね。――さて、どうしようか。まだ地道にしゃべらせるなら、それでも私は構わないよ。ただ、ある程度の進展は聞いてから帰りたいな」
「わかっている。いざとなったら頼もう。ただ、その判断はご老体のご意見を聞いて差し上げてからでもいいかと思っている」
「意見?」
「廃人になるのを覚悟で頭を覗かれたいか、と」
「嘘ついてるかどうかの確認のために、絶対に、簡単には覗くよ」
「まあ、それなら廃人にはならんだろう?嘘にはならん」
「ヒトが悪いねぇ」
 にやり、とヘイケと笑いあう。






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