No.002_43








 アキハルの自宅へ向かうとき、ディーノの舟を使った。
 アキハルが彼にリッセへの伝言を頼み、リッセは自身の情報網や人脈を駆使して、民衆に第六開拓団の問題についてをさらしていった。その過程で、アキハルが政府側に狙われていることを知り、何かしら不穏な動きがないか探るために、役所にイーニィ・ロッドを派遣していた。アキハルが後に、都合よくあの場にイーニィがいたことを疑問に思ったら、「リッセの指示だった」とあっさり語ったのだ。
 そんな大きな事件となるものの一端を担ったディーノだが、それを気にした様子もなく、舟歌を口ずさんでいる。
「いい歌だねぇ」
「うん。気兼ねせずに歌えるから、船頭になったようなもんだし」
「あはは、ディーノが音痴じゃなくてよかった」
「俺もそう思うよ。――今日は、アキハルのとこに?」
「うん。クロスアウダから一緒に来た人が入院してたんだけど、明後日退院するって知らせが来たの。アキハルも心配してたし、知らせてあげようかと思って」
「入院?大丈夫なの?いや、退院ってことは大丈夫なんだろうけどさ・・・」
「ああ、怪我じゃないんだ。持病が悪化?みたいな。慣れてるから、本人はけろっとしてる」
 実際、周囲の心配をよそに、ミヤモトはあっけらかんとしていた。
「ほい、着いたよ。まだ乗るつもりなら待っとくけど」
 ディーノは本来、対岸まで客を運ぶ〈渡し舟〉の船頭なのだが、複雑な水路をたどり、エメラウダ市の居住区近くにまで来ている。水上タクシー状態だ。思えば、この船頭の舟では毎度遠出している。
「どうだろ。わかんないからいいよ。また寄るし、ここを発つときは教えるよ」
「はいよ。お代はいいよ」
「ずっとそれじゃん。時には受け取ってよ」
「わかんない?俺、ずっとマナのこと口説いてんだよ?」
「悪いけどその気持ちには答えられないって言ったじゃーん」
「あはは、そうだっけ」
 この軽いノリがいい。
「冗談はさておき、ほんとお代はいいよ。実は、リッセから協力のお礼って名目でいくらかもらったんだ。受け取った以上、今後もこき使われると思うけどね」
「リッセが?」
「そ。どっから捻出したかよくわかんないけど、クオンのほうが金策してるみたいだよ。このまま政治家にでもなるんじゃないのかねぇ」
「リッセ、向いてそうだね」
「ああ。このままエウノミアに残って政治家になってくれりゃいいって俺は思ってるよ」
「アキハルは、改めて第六開拓団を編成してリッセを入れたいみたいだけど」
「だろうな。ま、その辺はリッセ次第だ」
「そうだね。じゃ、もう行くね」
「ああ」
 舟を下りると、そこは住宅街の真ん中だ。
 高くなりつつある太陽の光を受けて、エメラウダの歌が満ちている。〈同調〉すれば、もっと美しい旋律を聞けるのだが、頭痛が治りきらない今はやめておく。
 エメラウダ市は新しい都市で、住民は移民が多い。大通りではちらほら見えた、ヴェールを身に着けた女性がいない。文化の差は、時として軋轢となる。それもきっと、今回の事件の一端を担ったのだろうと、漠然と考えた。
 アキハルの家族が暮らす集合住宅には、共用スペースに花壇がある。そこで女性が三人談笑していた。四十代から五十代くらいで、皆人当たりがよさそうな顔をしている。そのうちの一人が、アキハルの母親だった。このたびの事件による心労で目の下に隈を作っていたのだが、すでにだいぶ改善されている。
「あら、おはよう、マナ」
「おはようございます。アキハルいますか?」
「いるわよぉ。まだ寝てるかも。たたき起こしてやってちょうだい」
 リッセに聞いたところ、アキハルの母――ミレイはあの一件によって白髪が一気に増えたそうだ。それが今はこうして笑っているのだから強いものだなと感心する。
 ちなみにマナと初めて会ったときは夫とともに、第六開拓団の他の面々とよく似た反応を見せてくれた。つまり、「マーマーのお嬢様をパートナーにしておきながらあんたって子は!」ということだ。マナと、同席していたリッセは大爆笑、同じく同席していたクオンがアキハルの肩を叩き、そのアキハルはめまいを起こし、ササキは爆笑する女子二人をたしなめた。
「お邪魔しても大丈夫です?」
「ええ、どうぞ」
 ミレイは他の女性たちに別れを告げて、マナを家の中に招き入れた。
 小さな家だ。今は夫婦二人だからちょうどいいのだろう。手入れが行き届いて、明るく暖かい。
 居間に通されてみれば、アキハルはすでに起きていた。くつろいだ服装だが、これは白き大地に出ないのであれば充分に外出も可能である。
「おはよ」
「おはよう。どうしたんだ?朝早くから」
「明後日ミヤが退院するっていうから、それ知らせに」
「ほんと?急に決まるんだね・・・」
「うーん・・・ササがついてるから、医者を脅して無理やり退院とかじゃないとは思うんだけどね。ちょっとあやしい」
「・・・・・・前科あるんだ」
「ミヤ、病院嫌いなんだよね。医者って職種の人間もあんまり好きじゃないみたい」
「まあ、病院が好きな人間もなかなかいないから・・・・・・」
「それでさ、クロスアウダに帰る予定とか話し合うようになると思うんだ。開拓団をどうするかも含めて話すから、アキハルも同席してくれる?」
「ああ、それはもちろん」
「政府側との話し合いはどうなってんの?」
「あれ、ヨチさんに聞いてない?」
「ヨチって、食事のときはあんまり仕事の話しないんだよね」
 逆に言えば、マナとヨチが喋る機会は、食事時くらいしかないということでもある。
「だいたいあの人がやりたいような感じでまとまってきてるよ。主導権は完全にあの人。感心するよ、見習いたいんだけど、どっから見習えばいいのかわかんないくらいすごい」
「あー。ミヒャエルの直属だしねぇ・・・」
 アキハルは穏やかに笑った。――こういったアキハルの表情は、彼が実家に戻ってから見られるようになった。出会ってこの方、張り詰めた余裕のないアキハルしか見て来なかったマナにとって、これはまだ珍しいものである。
「開拓団、再編成することになりそう」
「そっか」
「すでに決まってた面々はそのままで、イーニィとサイは健康診断で合格したら合流。その他は、もう一度試験と選考をやるみたいだ」
 それが妥当だとマナも思った。
 開拓団の編成は、個々人の技能や健康面はもちろんのこと、相性がよいかどうかまで、細心の注意を払って行われる。長い旅路と、苦労の多い都市造りの中で、仲間内の不和は大きなマイナスとなるからだ。
「リッセとクオンが来てくれたら、俺も楽できるんだけどな」
 心の底から、本気でつぶやいていることが察せられて、マナは苦笑した。
「あはは。そういえばディーノの舟でこっちに来たんだけどさ、ディーノはリッセにここに残って議員になってほしいってさ」
「・・・そういうほうが合ってそうだから困る」
 ――リッセがどうしたいのか、マナにもよくわからない。
 最近はよく顔を合わせ、浅くない会話をする。第六開拓団に思い入れはあるようで、成功させたいという思いが伝わってくる。
 しかし人と使う才能といい、情報収集の手腕といい、大都市に置いておくほうが生かされる人材ではなかろうかと思ってしまうのだ。
 これからエウノミアは内部の膿を出し切ってしまわなければならない。今以上の混乱もあり得る。リッセならば、移民たちの権利を守りつつ、やり遂げられるのではなかろうか。そんな思いがよぎるのは、マナだけではないだろう。
(ヨチは情報局にスカウトしちゃおうとか言ってるしなぁ)
 すべてはリッセ次第である。そしてクオンは穏やかに微笑みながらリッセのやることを受け入れ、付き合っていくのだろう。
「さて、私はもう行くけど。アキハル、今日の予定は?」
「午後から役所に。マナは?」
「これから運送屋の支部に顔を出そうかと思ってる。まだ、処遇が決まってないらしくてさ、その経過聞きたくて」
「ああ・・・そっか」
 処遇――マーマーを滅びに追いやり、第六開拓団を失敗させようとした人々だ。主犯格と思しき三人の身柄は運送屋協会の支部にある。そのほかは、日常生活を送りながら、戦々恐々と沙汰を待っているところだ。
 マナとエメラウダの証言からすでに名前は上がっている。あとはどのように処理するか、法律の専門家や市長が頭を寄せて悩んでいる真っ最中である。
「俺も行っていいかな。ちょっと着替えたいから待ってもらうようになるけど」
「うん。別に予約してるわけじゃないからいいよ」
「じゃ、ちょっと待ってて」
 アキハルが席を立って、台所にいたミレイに「ちょっと出てくる」と告げる。
 マナは出されていたお茶を飲みながら、何気なく窓辺へと目をやった。
 出窓には小物と花が飾られている。飾られる花は、根付きが一般的だ。サトミ家も例にもれず、小さな鉢植えを置いている。
 ともに飾られた小さな木彫りは四体あった。鳥の形をした、置物だ。
「・・・・・・?」
 惹かれるように、マナは近づいて、そのうちのひとつを手に取った。
 鳥は、都市繁栄の象徴だ。ヒトの手を借りず、彼らが生きていける豊かさが一つの指標となっている。
 置物の裏には、字が彫ってあった。
(ユリ・・・・・・)
 はっとして、ほかの置物も確かめる。
 タカハル。ユリ。モモ。スミレ。
(ああ・・・そうか)
 胸のあたりが、痛みを訴えた。
 手に伝わるぬくもりにどうしようもなく感情をかき乱される。
「気になったかしら。目立つところに置いちゃってるものね」
 背後から、ミレイが声をかけた。
「ごめんなさい、勝手に大事なものに触って」
「いいのよ」
 マナは元の位置に置物を戻して、ミレイのほうを振り返る。
 ミレイは、微笑んでいた。
「〈マーマー〉を出るとき、スミレは三歳だったの。浄化率の低いクロスアウダより、大都市でマーマーと同じ種のエウノミアのほうがいいはずだって思って、移り住んだけれど・・・・・・」
「・・・・・・」
「ありがとうね。あなたたちのおかげで、五つ目を飾らずに済んだわ」
 ずきり、とこめかみが疼いた。
(エウノミア。エウノミア、聞こえる?)
 泣きたいのに、涙が出てこない。息苦しくて、胸が痛い。
(来て。エウノミア)
 〈脈〉探す。響くエメラウダの歌から、それを道しるべに、エウノミアへと呼びかける。
 体が脈打つごとに、頭痛がひどくなる、くらくらする。
 歯を食いしばって、遠のきかけた意識を寄せ集めた。
 心臓の上をぎゅっとつかんで、深呼吸する。
 これほどまでに痛いのに、泣けない。それが悔しくて苦しい。
「どうかした?・・・大丈夫?」
「・・・・・・はい」
 小さな鳥の置物は、剪定した基盤樹の枝を使って作られたもの。
 裏に刻まれた名は、もういない、アキハルの兄弟のもの。
「少し、悲しくて、でもこうして想われてるのかと知ったら、うれしかったんです」
「・・・・・・そう。ありがとう」
 ミレイが微笑む。
 四人のこどもを失い、残った一人さえ遠き地へと旅立つのを見送るのに、それでも微笑むことができる強さがうらやましかった。
「おまたせ」
 アキハルがやってきた。
「・・・どうかした?」
 窓辺に立つ母親とマナの様子に、アキハルは首をかしげる。
「なんでもないよ。行こうか」
「ああ・・・」
 戸惑うアキハルに、ミレイが言う。
「いってらっしゃい」






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