No.002_42








頭痛と共に目が覚める。ここ数日、ずっとそうだ。ベッドに半身を起こした状態でカーテンを開けると、昇ったばかりの日の光が部屋を満たした。
 マナは嘆息した。
 無理やりにエウノミアと〈共有〉したあの日から二週間が経つ。身体はだいぶ回復した。乞われれば、運送屋協会や、エウノミア市にも協力している。
 しかしふとした時の頭痛は続いていた。特に寝起きはしばらく痛む。
「マナ!いつまで寝てんの!」
 ドアの向こうからマルタミラの声がする。ここは彼女が経営する宿屋だ。はっきり言えば不法移民である彼女だが、混乱のさなかに何をやったのか、お咎めなし、という結果になった。ここが落ち着けば一度クロスアウダ市に帰還してから、正式な大使となる予定である。この辺りはヨチの手腕によるものらしい。
「起きてるよ!」
 返事をすると、ドアが開いた。
「明後日、ミヤが退院ですって。さっき連絡が来たわよ」
「ほんと?」
 ミヤモトは医者に診てもらって、その日のうちに入院となった。涼しい顔をしていたが、ずいぶんと無理をしていたらしい。ササキは文句を言いながらも甲斐甲斐しく世話をしており、昨日も病院に泊まり込みをしていた。
「こっちに戻ってくるの?」
「そうみたい。エウノミアが落ち着くのにまだ数日はかかると思うけれど、その間ここで休んでもらって、それからそろって出発ね」
「ふうん。じゃあ、アキハルに知らせに行こうかな」
「そうしてあげなさい。さあ、まずはごはんよ。しっかり食べなくちゃね!」
 アキハルは現在実家で寝泊まりしている。事が起こってから数日は、あまりにも騒ぎが大きくて外に出られなかったのだが、リッセがやんわりと「友人は疲れているから休ませてあげたい」と人々に伝えたらしい。それから、民衆の反応は非常に穏やかとなった。年若い彼女の影響力に、空恐ろしささえ感じたマナだった。
 エウノミア風の服に着替えてから階下の食堂に降りるとすでにイリアとヨチが席についていた。
「おはよー」
 挨拶するとそれぞれに返事がある。
「マナ、まだ調子悪いの?」
「うーん。悪いって程じゃないけど、まだ頭痛があるんだよね。寝起きのはひどくて、目が覚めてからしばらく起き上がりたくないっていうか」
「ふうん。先にクロスアウダに帰ったほうがいいんじゃないの?サリキス先生じゃないと、マナの体のことわかんないんだし」
「いや・・・・・まだ帰れないでしょ。こんな中途半端で」
「マナ、偉いねぇ」
「・・・・・・」
 イリアの呑気な感想は無視することにする。
 一方、ヨチは新聞を読んでいた。情報収集に熱心なのはここに来てから一貫している。新聞の隅々から雑誌、街中に貼られている興行のお知らせポスターまで、なんだって読む。
「マルタぁ。エウノミア日報はー?」
 ヨチが新聞を畳み、ちょうどサラダを持ってきたマルタミラに訊ねる。
「今日は休刊。うちはカササギ新聞しかとってなかったんですけどねー?」
「仮にも諜報員がやるこっちゃないね。宿屋なんて、新聞全種とったって怪しまれない職業やってながらさぁ?」
「資金寄越してくれりゃ、もちろんやったわよ。私は毎日、外に出て、図書館の新聞読んで情報集めてたのよ文句ある?」
「あ、ごめんなさい俺が悪かったです」
 紙は貴重なので、新聞も高価である。自宅に日刊新聞をとるという家庭は多くない。
 サラダが並べられると、マルタミラから食べてよいと許可が出た。
「なんだか今日は豪華だねー」
 イリアが嬉しそうに言う。
 エウノミアで一般的な、平たく焼かれた無発酵のパンに、蜂蜜、バター、サラダ、牛乳というメニューだ。節約家のマルタミラが用意する普段の朝食ならば、飲み物は水だし、蜂蜜やバターなんてものはない。サラダの中にも、鶏肉がある。
「どうせだから経費使い切っていこうかと思って」
「みみっちーい。ちゃんと返還しなよぉ。節約ご褒美はちゃんと給料に反映されるよ?」
「為替レートも考慮しない給料少々大目にもらっても仕方ないのよ」
「うわああん、ごめんなさい俺が悪かったです!」
 ことごとく、ヨチは言い負かされている。
 これでミヒャエルの懐刀だというから、世の中がよくわからなくなる。
「ああ、バターっておいしいねぇ」
 乳製品が好きなイリアはご満悦である。ヨチはともかくとして、なぜミヒャエルがこのイリアを送ってきたのか、今になってもわからない。なので、思考を放棄する。
「イリア、今日予定あるの?」
「ないよー」
「おいイリア。仕事だ仕事。俺に丸投げすんじゃねぇ」
「だって、僕、わかんないし」
「クソガキめ、覚えろっつってんだ」
「えー」
 新人の気持ちが抜けきらない平和ボケは、先輩からの圧力にも屈することなくのほほんとしている。
「局もこんなのを入れるなんて、どうしちゃったのかしらねぇ?」
 マルタミラがくすくす笑っている。
「クロスも歳だし、ボケてんじゃないの?」
 ヨチが深々とため息をつきながら言う。
 まさか、とイリアとマナが笑う。お前は笑うな、とイリアは怒られる。
 マナにとっての、平和な日常が戻ってきつつあった。






BACK  TOP  NEXT