No.002_41
「少し前、ネールラ市に行って来たんだ」
集まった人々の前で、マナは語り始めた。
その場にいるのは、当事者であるアキハル、そしてリッセとクオン。クロスアウダから、ササキとヨチ。中立の立場として、運送屋協会から送られてきたヘイケほか二名。そして開拓団の妨害に関わったことが明らかとなった、外務長官を含む政治家三名と、エウノミア市長。市長はおどおどとしており、頼りがいがなさそうだ。今後が思いやられる。
「飛鴎都市という。初代市長は、いつか鴎の舞う街とならんことを、と願いを込めた。海が遠くない場所にあって、衛星都市を広げていけば、本当に海を臨む街になるような立地。まだまだ若い都市で、豊かとは言いがたかったけれど、でもそこに暮らす人々は心からネールラを愛していた」
エウノミアの政治家たちは一様に怪訝な顔をする。何を話し始めるのだ、と言いたげだ。
なんだ、とマナは心のうちで嘲る。
ネールラの名を出して、思い当たることがないらしい。外交という概念が薄いのはわかるが、彼らは仮にも大都市の政治家なのだ。しかもこのうち三人は、とんでもない悪事に手を貸しておきながら。
「ところがネールラ市の基盤樹は、ある時を境にどんどん生命力を失っていった。ついに都市機能が維持できないと判断し、ネールラ市民は難民になる。人々は運が悪かったと嘆くが、実は原因はヒトにあった。ネールラはその原因となるヒトの行動を見ていたけれど、不審に思わなかったんだ。ネールラの心はとても幼くて、ヒトという種を理解できなかった」
察しのいい者から順に、顔色を変え始めていた。
「市長。世界会議で、〈根切り虫〉のことが議題にあがったという話を知っている?」
話を振られた市長は戸惑いながらもうなずいた。
「私の任期中ではないが、報告書を読んだ。なんでも、人工的に生み出された〈虫〉で、白き毒を浄化する能力を持っていると。しかし毒よりも、普通の植物を好んで食べる・・・」
「うん。実験室の中で上手くいっても、現実もそうなるかといったらそうじゃない。試しに放された虫は、基盤樹の根を食い荒らした。そうしてネールラは危機に陥った。でも、問題はここじゃない。ネールラ市にそんな〈虫〉を生み出すような技術はないんだよ。つまり、〈虫〉は外から持ち込まれた。市長さえ知らぬところで、出入りの運送屋によってね」
良かれと思った部分も、あるかもしれない。〈虫〉は毒を浄化できるということだけ聞いていれば。
しかし犯人の運送屋は金銭を受け取っていたし、ネールラが危機に陥っても〈虫〉のことを告白しなかった。そして逃げた。
「ネールラは幸いにも復興中だ。でも、〈虫〉は殲滅されていないから、他都市への輸出に制限があるし、出入りする運送屋にも殺菌消毒が義務付けられている」
都市としてハンデを負いながらも、ネールラ市民は懸命に復興に励んでいる。
「私がなぜこの話を始めたかもう分かるよね?――マーマーは同じ目にあったんだ。外部から〈虫〉を持ち込まれて、根を食い荒らされた。ネールラと違ったのは、マーマーが精神的に成熟していた点だ。マーマーは、人々に原因を告げず、滅びる道を選んだ」
怒りで声が震える。
隣には誰もいない。いつもなら、ミヤモトが肩を抱いてくれるのに。
旧マーマー市民たちは、顔を悲壮に染めている。運送屋たちは険しい表情で、市長は戸惑っている。
そして容疑をかけられた議員たちの反応は三者三様だった。選考委員だったという白髪交じりの男は狼狽し、外務長官は不機嫌そうに鼻を鳴らし、その部下であったと言う議員は少しだけ顔をしかめた。
「マーマーは、なぜ原因を知りながら告げなかったか、なぜ滅びることを受け入れたか、あなたには分かるか。外務長官」
可能な限り声を抑えて外務長官を呼ぶ。彼はマナを見たが、しかし「それがどうした」と言わんばかりの態度だ。
「マーマーは、私に、滅びは愛する民のために必要なのだと言った」
この怒りが、届くのか。あの態度の悪い男に。
手っ取り早くマーマー市民たちに暴露してしまえばいいのに。
「必要だったかもね。あれ以上、〈虫〉を広げないために。マーマーと共に〈虫〉が全滅すれば、他都市に移ってしまう可能性はなくなる。マーマー市民だけが抱えるんじゃない、この世界中の樹が、都市が、人々が、そのリスクを抱えるんだから、そりゃあマーマーが犠牲になってくれたほうが世界のためだ。――そうだろう?あんたたちの尻拭いを、マーマーは黙ってしてくれたんだ。いい加減に、何か言えないのか」
マナは三人を睨みつける。自分に迫力はないと知っているが、睨まずにはいられない。
開拓団の選考委員だった男が、狼狽をそのままに声を上げた。
「私は知らなかった!そんな、マーマーの滅びだなんて!」
「へぇ。それがどうしたの?マーマーの遺児たちを枯らしておいて、その上、最後の遺児と、開拓団のメンバーたちまで殺そうとしといて」
「枯らしてなどいない!私はっ・・・・!そんな、〈虫〉なんて・・・!」
「言い訳を聞きたくてこの場に呼んだんじゃないよ」
マナは選考委員との問答に飽きて、次の容疑者へと目を向ける。
口を開いたのは、外務長官の元部下で、現在は自身が議員だという男だ。
「証拠がありますか」
第一声がそれだった。
「はあ?」
「証拠です。――マーマーのことも、旧市民のことも気の毒だ。そう思って私は、移民優遇政策をしてきたんだ。そんな私が、なぜ容疑をかけられているんだ。他に怪しい奴はいくらでもいるだろう」
ヘイケが天を仰いだ。
「お立場が、わかりませんかねぇ、お偉い議員の先生?弁明の機会をもらったんですから、大事にしたらどうですか」
ヘイケは呆れた色を隠そうともしない。彼も怒り、苛立っているようだ。
「機会?正式な裁判でもないのに?」
「正式な裁判を開いてもらえると思いますか」
「市民の権利だ」
「第六開拓団から、あって当然のもろもろの権利を奪おうとしたのはあなたですよ。仮に無罪だとしても、先にそんな噂が流れて御覧なさい。リンチの末に殺されますよ」
議員は顔色を悪くするが、しかし、理解しきらない感がある。
「うちら協会が出てきた意味が、本当に分かりませんか。こっちだって好きで介入してんじゃない。でも出てきたのは、ここで血が流されてはエウノミアが悲しむから、だから来たんです」
怒っているわりに、彼は忍耐強く説明する。マナにはヘイケが滑稽に見え、そして誠実な彼の態度を滑稽に見せる態度をとる男に腹を立てた。
「そろそろ、外務長官さんもお話してくれないかな。あなたが、指示したんだよね。最初に」
諸悪の根源に向かって微笑むが、仏頂面を返された。苦労して笑顔を作ってやったと言うのに、失礼な奴だ。
「正直な、何を言われているのか、さっぱりわからんわ」
「くそじじい、もったいぶって言うことがそれか」
素直に思ったことを口に出すと、ササキが「マナ」と嗜めた。こんなときまで、彼はうるさい。
「貴様、年寄りへの口の利き方を知らんのか!」
「知るわけないじゃん、偉ぶんなよ、半端ハゲ。いっそ丸めて土下座しろ」
「はっ!そもそも貴様のようなこどもが何を語っておるのやら。マーマー滅びの原因は不明という調査結果が出ている。〈虫〉がいた証拠はどこにある?いまさらマーマー跡地を訪ねても、何も出てくまい。それとも、マーマーの遺児が知っておったか?ならばここへ連れて来て証言させねば意味がない。しかし遺児はまだ姿を現せるほど成熟しておらんとの話だ」
マナは深々とため息をついた。
「マーマーの遺児が、知っているかもしれないと恐れて枯らそうとしたんだもんねぇ?」
今口を滑らせたことに気づいているのか。
マナはササキとヨチに目配せする。応えるのは、ヨチ。情報局の狸ミヒャエルのもとで仕事をする、もう一匹の狸だ。
「えー、最初に名乗りましたけど、ヨチ・カ・エラと申します。世界会議の資料作りとか色々する立場にありましてね、――それによるとぉ、普通ってぇ、木霊が姿を見せてから、開拓団の守護樹として送り出すんですよねぇ?」
嫌な口調だ。マナも不快に思う。
「いやぁ、世界会議で、つい最近ですよぉ。樹の精神成熟と開拓団成功率の相関の研究が報告されて、それで決まったんです。市民たちへの浸透はまだまだかもしれませんけど、外務長官殿はご存知ですよねぇ?だってぇ、俺ら面識あるんですよぉ?世界会議の席でぇ。俺お手製の資料、持って帰ってくださいましたよねぇ?」
「知らん!」
「あ、こりゃもうだめだわ」
ヨチはさじを投げるのがとてつもなく早かった。
「おいヘイケ。もう協会が処分してくれ」
「簡単に言ってくれるな。市長殿の言葉も聞いて差し上げろ」
「もうエウノミア政府の手には負えんでしょ?クロスアウダがどうかするもんでもないし、市民に任せたら九割九分九厘、血が流れる。それともなんだ、ここで発散させておきますか?」
「待ってください。神聖なる樹の根元で、血を流すことはできません」
市長は血の気の引いた顔で、しかしはっきりと言う。
「世界会議でのその、調査結果というのは・・・私は聞いていません。クロスアウダの方がおっしゃる世界会議とは、三年前のものですね?では、確かにそちらの外務長官殿を我が市の代表として送り出しています」
「そうですか。そう思って資料を持参しておりますから、後ほどゆっくり目を通してください」
「ええ。先ほどのお話を聞く限り、マーマーの遺児はまだ旅立てる状態になかったと、そういうことですね」
「はい。ついでに言っときますが、第六開拓団メンバーの、開拓団教育について、世界会議で定められた履修時間に足りていないようです。彼らからの聞き取り調査のみで証拠はありませんから、一度そちらで調査をしてください」
「なんと・・・・・・」
「証拠証拠と騒がれるが、明らかな罪もあるんです。そこの外務長官殿が、世界会議の内容を、捻じ曲げて伝えた、もしくは重要な部分を伝えなかったっていうね。エウノミアの法ではどう裁かれますかねぇ」
「・・・・・・それは、少なくとも、今の職は辞めていただくことになります。開拓団を邪魔し、貴重な守護樹を害そうとした罪は確かに重い。しかし」
まだ市長という地位について日が浅いらしい市長は戸惑いながらも場を治めようと懸命に言葉を重ねる。
「不確かな部分があることもまた事実です。本当に、その〈虫〉については・・・いえ、そもそもなぜ我が都市の者が、マーマーへ、〈虫〉を持ち込んだのでしょうか」
開拓団を邪魔しようとしたことは、確かに旧マーマー市民の激怒を誘うだろうし、その他の市民からの支持を失うこと必須だ。
しかしこれだけならば流血沙汰になるとも思えない。
もし本当にマーマーの滅びの原因までもが彼らにあったとすれば。
彼らは二千を越える人々の命を危険にさらし、故郷を奪ったことになる。
「市長、あなたの言うとおり。私もなぜ白都が――マーマーの遺児がこんなにも迫害されるのかずっとわからなかった。でも、答えはここにあったし、確たる証拠も、確たる証人も、ここに在る」
「証人?」
「ではお招きしようか」
まだ回復しきらないために、軽くこめかみがうずく。それを我慢して、周囲に溢れた歌を聴き、そのメロディーに鼓動を合わせる。
「――エメラウダ」
呼べば、マナの隣りに、明るい苔色の髪の少女が現れる。
場が、ざわりと揺らいだ。
「みなさん、会ったことあるかな」
「市長には、この姿を見せたことがあります」
驚いた人々に代わって、エメラウダが答える。
「先に皆様に申し上げます。私たちは、人々が傷つけあうことを望みません。たとえヒトにとって死に値する罪深きことだとしても、すべてが私たちにとって愛しき隣人であることに変わりありません」
エメラウダのもの言いは平坦であったが、心地よく耳に滑り込んでくる声だった。
マナはエメラウダに続けて言う。
「エメラウダは〈揺り籠〉の面倒を見ていたから、そこで起こったすべてを見聞きし、記憶している。同時に〈意識共有〉の能力で、マーマーの遺児たちから崩壊前後のマーマーの様子を聞いている。マーマーの遺児たちは未熟すぎて理解できなかったことも、エメラウダは明確に理解し、言葉にできる。
もうひとつ。エウノミアはもちろん中央の役所で起こったことすべてを見聞きしている。エウノミア自身は言語化が苦手で、私たちに明確に伝えることが出来ないけれど、エメラウダはエウノミアと〈意識共有〉して得た記憶を、言語化できる」
選考委員はすでにうなだれている。外務長官のもと部下も、マナの言う意味を悟ったらしく、微かに震えている。
外務長官は、固く手を握っていた。しかし顔色は変わらないから、さすがだ。
「樹は、嘘をつけない。彼らは流血を厭って沈黙しているけれど、本当に必要とあらば、民の前で語ることを辞さないと、エメラウダは私に約束してくれてる。市民は間違いなくエメラウダを信じるよ。――これでも、まだ言い逃れする?」
冷たく尋ねる。正直この態度の悪い老人に、根気よく付き合う気力がない。喋ってくれないのなら、今すぐにでも市民の前に突き出してやろうという気分だ。
三人から返答はない。
市長が、血の気の引いた唇で物を言う。
「ヘイケ殿」
「なんでしょうか」
「協会のほうで、彼らの身柄を預かっていただけますか」
ヘイケが返事をするよりも早く、三者からは三様の声が上がる。文句であったり、悲鳴であったり、慈悲を求める声であったり。
ヘイケは冷めた目でその姿を見遣り、うなずいた。共にいた二人の運送屋に、連れて行くよう指示する。すぐにササキが立ち上がり、二人を手伝った。
市長は次に、エメラウダへと視線を定めた。
「エメラウダ。この一連の問題に関わった者の名を、すべて教えてくださいますか」
「私には、ヒトの善悪が厳密に判断できません。〈一族のマナ〉の助けを借りることになりますが、〈一族のマナ〉、あなたはご協力くださいますか」
「いいよ」
マナは市長とエメラウダそれぞれにうなずいてみせる。
どうせ隔絶されたこの都市からの逃亡はほぼ不可能だから、あとからのんびりとやればいい。
市長は次に、クロスアウダを代表するヨチへと、
「遅ればせながら、このたびは、エウノミア第六開拓団を救ってくださったこと、お礼申し上げる」
頭を下げた。
ヨチは一瞬口の端を上げた。
クロスアウダ側は、〈マーマー〉崩壊の事実を交渉のカードにするつもりだ。
世界会議で暴露しないことを条件に、今後様々な要求をしていく。ミヒャエルも、クロスアウダも満足する結果だろう。
「マーマーの民であった君たちには、エウノミアを代表して、私が、謝る。謝らせてくれ。すまなかった。故郷を奪ったうえに、再び危険にさらしてしまった・・・」
旧マーマー市民たちの表情は固い。
「けれど、彼らをどう罰するかよりも、市民にどう伝えるべきか、開拓団をどうしていくべきか、エウノミア市をどうしていくべきか、それらを先に考えたい」
つっかえながら、搾り出すように、懸命に、市長は言葉をつむぐ。
「どうか、力を貸してもらえないだろうか。どうか、共に考えてくれないだろうか」
市長は三人に深く深く頭を下げた。
エメラウダがマナの傍らから、市長の傍らに移動した。
触れられるはずのない手を市長へと伸ばし、それに気づいた市長がその手をとった。――握ったように、見えた。
「エーマリーサ アリ アーノ エル イ」
「エメラウダ・・・?」
「あなたが市長で我らは幸せなのです」
それだけ告げて、エメラウダの姿は消えうせる。
呆然と立ち尽くす市長の前に、今度はリッセが手を差し出した。