No.002_40
エウノミアがアキハルを庇った。その場面を見た市民たちの口から話は広がり、エウノミアでは軽く混乱が起きているとのことだった。
エウノミアはあまり人前に姿を現さなかったというから、騒ぎも当然だろう。庇った相手が、なぜか戻ってきた開拓団のリーダーという事実も、彼らが騒ぐ原因のひとつだ。
クロスアウダ局員たちは、その微妙な立場から政府関係者に「保護」されていた。保護される前も後も、彼らは巧みに動いて、事を動かしているらしい。ヨチとササキの間にあった意見の食い違いだけが心配だったが、それで自滅するほど情報局員は愚かではない。
ミヤモトだけはマナの傍にいることが許されている、そしてアキハルの安全も保障されている今、情報局員の身柄の心配は不要だ。
そう思っていたら、連絡が来た。リッセたちとの話しに一区切りついたころだ。
連絡を伝えに来たのは、ヘイケだった。
地下道でアキハルとマナを確保し、市役所まで送届けた運送屋の片割れである。
「失礼するよ」
礼儀正しいノックと、低くて心地よい挨拶の後に、彼が姿を現した。
マナは気軽に手を振った。
警戒を解いたミヤモトが頭を下げるのが見える。
「元気そうで安心した。ノアから、倒れたと聞いたので」
「ササと会ったの?」
「どさくさにまぎれて、少しばかり。――しかし、派手にやってくれたな。あいつらの動きよりも、エウノミアがサトミ・アキハルを庇ったことのほうが、市民の間では噂されている。ついでに言えば、少数の運送屋より、民の力のほうが強いようだ。民は説明を求めて、議員たちに詰め寄っている」
「よかったねぇ。民主主義が機能してるってことだよ。それで、どうしたの?」
「なかなかの爆弾を見つけ出してくれたものだな、〈一族のマナ〉。恨みたい気分だよ」
文句を言いつつも、ヘイケは穏やかに微笑んでいる。
「爆弾って、もともとここにあったんじゃん」
マナはさらりと返す。一方、共に聞いていたリッセは顔を険しくした。
「マーマーの滅びの原因が、エウノミア政府に・・・・・・今回開拓団を邪魔した人々であった、ということですか?」
「おや、ご存知か。マーマーの・・・リッセ・マーマーだな?」
「はい。話は先ほど聞いたばかりですが・・・どちらかでお会いしましたでしょうか」
「初対面だ。俺はヘイケという。職業は見ての通りだが・・・今回のことのあらましは聞いた。君たちが動いたことも。そちらが、クオン・ラだな?」
影薄く室内に控えていた青年に、ヘイケが視線を向ける。クオンは柔和に笑ってうなずいた。その横のアキハルが、頭を下げる。
「サトミ・アキハル。無事で何よりだ」
「はい。ありがとうございました」
「悪いんだが、全員移動してくれないか」
ヘイケが部屋の中をぐるりと見渡す。
首をかしげたのは、マナとミヤモトだ。
「なんで?」
「事を知る人間の間で情報を共有して、なおかつ今後どうするかを決めるための集まりがある」
「あれ?全市民集めて色々やったりしないの?」
「こんな爆弾を市民全員に告げられるか。旧マーマー市民が暴動を起こすぞ。純粋なエウノミア市民たちにも止める理由がない」
エウノミア政府がマーマー滅びの原因を作った。と告げられて、アキハルもクオンも動揺していた。一方でリッセは冷静さを失わずにすぐ質問を切り返すほどだった。このあたりが、上に立つ者の格の差だろう。見ていて思わず笑いそうになったものだ。
「そのへんはねぇ・・・死んで責任とったほうが良いんじゃないの?」
「あのなぁ・・・」
マナにはそれを渋る理由がよく分からない。ヒトを裁くのは、ヒトの法だ。これから行われる「集まり」とやらは、おそらく法を無視し、市民たちに真実を告げないことになる。
エウノミアはきっと悲しむから、ここでやらせたくないというのはわかるが。
一方で、ミヤモトが首をかしげたのは違う理由のようだった。
「その集まりに、私は必要ですかね?」
「・・・あなたは、〈一族のマナ〉の守り手だろう。一緒にいてやればいいじゃないか」
「いやぁ、そう言われるとそうなんですけどね。実はかなり、肺に来てるんですよ」
「・・・・・・」
ぎょっとしたのはその場にいた全員。
アキハルは特に焦っていた。彼がミヤモトをここまで連れてきたのだ。
「すぐ、医者の手配をしよう」
「あなたの知り合いとか、協会を通じて懇意にしている医者とかいませんかね?その辺の適当なのにかかると、いろいろと、被害をこうむりそうで」
「分かっている。女神が無茶をするな。お前に何かあったときに泣く男は、百を下らんぞ」
「泣くぅ?」
ミヤモトはからから笑う。このヒトの二つ名は〈破壊の女神〉だ。
名の通り、女神のごとく美しい。黙っている姿を見ているだけならば、眼福だ。
「なぜ先に言わん」
「それよりもマナとアキハルの護衛が優先ですからね。この先、あなたが代わってくれるならいいなぁと思って」
「代わる。一緒に来ている部下に案内させるから、すぐに行って来い」
「その部下は、〈一族のマナ〉を知っているんですかね」
「面識はあるが、名は知らん」
「ふうん。まあ、それでいいですけど」
ヘイケが廊下に顔を出して呼んだのは、やはりアン――スブラマニアンだった。
マナが笑顔で手を振ると、不機嫌そうな顔を逸らした。
次の瞬間、ヘイケにミヤモトを紹介されて、硬直している。男性にはよくある反応だ。にやにやしながら見つめる。
「〈破壊の女神〉どのだ」
「はかっ・・・!知り合いだったのか?!」
「初対面だが、まあ、互いの情報はあったし、入国したことも知っていた」
「・・・・・・」
ミヤモトに微笑まれ、アンの顔は赤くなっている。一種凄みのある微笑を返されて頬を染めるなんて、アンは大物だ。アキハルなら怯えたことだろうに。
二人が部屋を出て行く。余裕があれば〈共有〉で感覚を借りて観察したいくらいだ。
「・・・・・・マナ、あんまり面白がったらかわいそうだ」
アキハルが力ない声で言う。
「えー、だって、すっごい楽しいじゃん」
ヘイケが苦笑し、クオンは微笑み、そしてリッセはマナに賛同した。
「他人の恋路ほど楽しい見世物はないですね。見込みがないのに燃え上がるとか、どこの小説かしら。素敵ね。もちろんストーカーは気持ち悪いと思いますけど」
「ふうん。リッセとは趣味が合いそうだ」
アキハルが遠くへと視線を逃がし、クオンも柔和な顔を引きつらせる。
ヘイケは相変わらずの苦笑だった。
「行くぞ。暢気に笑っていられるのも、ここまでだ」