No.002_38








 人の姿が絶え、白く染まった街並み。――立ち枯れた街路樹は吹く風に泣くばかり。水路を流れる水は、静寂のアリアにすらかき消されそうなほどに、ささやかだ。
 かつては美しかった片鱗が、そこここに見える。けれどそれは今、その街の終焉を語るばかり。
(ああ)
 マナは嘆息した。
(ここは〈マーマー〉だ)
 夢だと思った。
 悲しい思い出を、夢が再現しているのだと。
 しかししばらくして、目に映る光景が己の知らぬ場所だと思い至った。
 同時にそれは、単純なヒトとしての感覚ではなく、もっと複雑に入り乱れた「樹」の感覚だと気づく。
 ぐるりと周囲を見回した。
(ここは、〈揺り籠〉か・・・・・・?)
 その瞬間に、合点した。
 白都の記憶だ。
「〈一族のマナ〉」
 ふいにその景色に、見知らぬこどもが現れた。
 エウノミアと同じく明るい苔色の髪で、どちらかといえば少女のような容姿のである。
「誰?」
「〈揺り籠〉では白姫と呼ばれておりました」
「エウノミアの子なのかな。もう〈揺り籠〉を出たの?」
「今はエメラウダと」
「エメラウダ=エウノミア市か」
「はい」
 最も若いエウノミアの衛星都市の名だ。移民が多く住み、その半分が旧マーマー市民だと聞く。アキハルたち開拓団の縁者も無論多くがそこに居を構えている。
「あなたと白都は同じ時期に〈揺り籠〉にいたのかな?・・・そんなはずないよね?」
「エウノミアでは、一番若い衛星都市が、〈揺り籠〉の面倒を見るのです」
「へぇ・・・」
 面倒と言うのが、〈共有〉を指す。そして〈共有〉は、双方の大きさに差があると小さい側の意識が飲み込まれてしまう。
 マナにもその危険があり、意識を深くつなぎ合わせるときはかなり気を使う。
 〈揺り籠〉の若木たちに、親であるエウノミアは大きすぎるので、エメラウダが仲介しているのだ。
「それで、なぜあなたが?」
「私は白都を最も知っているから」
「・・・・・・もしかして、マーマーの滅びの理由を知っている?」
「因果を考えるのはヒトがすべきことです」
「そうだね。だけど白都と〈共有〉したけど、因果はわからなかった。まあ、それらしきことはエウノミアから聞いてるけど・・・・・・白都が知らないものを、あなたは知っているの?」
「私は、エウノミアでおこったこともマーマーでおこったことも知っている唯一の存在だと思います」
「・・・・・・不思議だな。あなたのほうが、エウノミアよりもヒトに近い思考なんだね」
 エウノミアとの意思疎通は、もっと感覚的なものだった。ヒトの持つ理論的な言葉で問うても、戸惑いや疑問が返るばかりだったのだ。それに比べて、エメラウダとはとても「言語的」にコミュニケーションが成り立っている。
「あなたのおかげだと思います」
「私?」
「白都たちはあなたとしばらくいたから、思考がヒトに近いと言えます。そして私は白都たちとよく話していたから」
「なるほど・・・・・・」
 マナはその場に座り込み、天を仰いだ。
 青とも灰色ともつかぬ、ぼやけた空がある。
 胸が痛む。
 後悔が腹の中を這いずり回って、不快感が湧き上がる。
「白都たちか・・・・・・そうか。あなたは、他の遺児たちも、知っているのか・・・・・・」
「ええ」
「ならば、私を酷いやつだと思う?」
「いいえ」
「だろうね、わかってる。あなた方はそんな感情知らないんだよね。まったく、嫌になる」
「・・・・・・」
「構わなくていい。話を続けて」
「まずは、一度起きたほうがいいと思います」
「起きる?」
 マナは首をかしげる。そんなマナに、エメラウダが首をかしげた。
「もしかして、気づいていませんか?」
「何に?」
「・・・・・・申し訳ない。あなたが眠ってから、四日、経っています」
「うっそぉ・・・・・・」
 眠ってから。
 マナが記憶を辿れる限り辿れば、中央エウノミア市の役所で、アキハルと共に物騒な運送屋から逃げ惑っていたところにたどり着く。
 エウノミアから〈共有〉も〈同調〉も拒否されて、――危険を覚悟で無理やり〈共有〉を仕掛けたのだ。あれらは基本的に双方の同意の下行われる。アキハルやディーノは〈共有〉を受け入れる方法も拒否する方法も知らないから無理やり仕掛けてもマナにあまり負担はない。だが相手が拒否を示す樹となれば、白き嵐の中で目印のない大地を歩き回るくらいに無謀だ。
「良くわかった。あなたが、私の意識を拾い上げてくれたんだね」
 エメラウダがマナを見つけなければ、マナの意識はエウノミアの奥底で眠り続けるところだった。
 ここはまだかなり深いところで、それゆえにマナが自由に〈共有〉や〈同調〉をすることが出来ない。一度、目覚めてしまわねばならないのだ。
「はい。それがエウノミアの望みでしたので」
「ありがとう。エウノミアは落ち着いた?」
「いいえ。酷く落ち込んでいます。私たち衛星都市は、それぞれ代わりを務めるよう、頼まれました。私はヒトに言葉で伝えるという役目を」
「・・・・・・そうか」
「そろそろ、起きませんか?難しいのでしたら、手伝いましょう」
「大丈夫・・・・・・ああ、どうしようか。外から刺激があったほうがいいかも。私の傍に誰かいるなら、私に声をかけてほしいと伝えてくれるかな」
「わかりました」
「そうだ、私、今どこにいるの?」
「私のすぐ傍に」
「そうか。では妙な話だけど、目覚めた先で、また」
「はい」
 マナは意識の中で目を閉じ、そして現実では目を開くことをイメージした。






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