No.002_36








 眠ればいいと言われたから眠っていた。こんな張り詰めた状態で眠れるのかと疑問に思っていたが、数日の寝不足と疲れが出たのか、意外にもすとんと落ちた。――浅い眠りだ。夢を見る。
 不思議な感覚に満ちていた。
 舟を漕ぐディーノの姿を見ている。なにか言葉を交わす。
 場面が切り替わる。イリアがいた。どこかの路地裏、水路横。顔を隠して待つ彼の前に現れたのは、リッセ・マーマー。――彼女はアキハルと同じように開拓団教育を受けながら、最終選考で落とされた。
(なんで、リッセとイリアが?)
 疑問は夢に融けてゆく。
 ミヤモトとヨチの姿が見えた。表情はよくわからないのに、焦燥が伝わってくる。
 次に見えたのは、マルタミラ。アキハルが知らない誰かと真剣な空気を漂わせてなにか話している。そこに新たに一人、加わった。
(・・・クオン?)
 リッセと同じく、最終編成で落とされた、クオン・ラだった。
 彼が口を開く。なぜかその感覚が、己の物のように感じ取れた。
(いまからせいふな――)
 今から政府内部に通じている仲間と連絡を取ります。
 思考が流れ込んできた。まるで、己が考えたかのようなふりをして。五感まで、その場の空気を感じ取った。大気のゆれ、樹と花と水のにおい、水音と静けさ、口の中に滲む血の味――
(違う!!)
 己の感覚がなくなってしまいそうな恐怖に駆られて、全身全霊で拒否する。
 次の瞬間、世界が現実へと反転した。
 最初に戻ってきたのは、視覚だった。これ以上できないくらいに、目を見開いて、いる。激しく上下する肩と、痛いほどに鼓動する心臓。
 見えている光景をきちんと認識するにはさらに数秒を要した。
「・・・お目覚めか?のんきなものだな」
 目に映る男が、侮蔑に満ちた声で言う。
 アキハルは眠ったときと同じ場所、――蔓を編んで作られた長椅子の上にいた。
 そして首に、木刀の切っ先が突きつけられている。木刀といっても、ミヤモトやササキが持っていたものとは違った。切っ先がきらきらしている。本来の刃物ならば刃がある場所に、砥がれた硝子か何かがはめ込まれているのだ。
 樹は金属を嫌う。そして都市内の平和のため、どの都市でも武器の持込は禁じられていた。その例外が木剣、木刀である。
 金属は使えないから、石。単純な話だ。――ミヤモトから話だけは聞いていたが、実物を見るのは初めてだった。
「だれ・・・・・・」
「名乗ったところで無意味だよ」
 男が酷薄に笑う。
 四十代か五十代か。浅黒い肌は野生的で、凶暴な印象を受けた。木刀を持っていることからして、運送屋なのだろう。
「来い」
「なんで」
「俺が知りたいよ。殺せと言ってきたのはお偉いさんだ」
「ころ・・・・・・」
 聞いた瞬間に、突きつけられた武器の意味を知る。
 ミヤモトが言っていた。――無理やり刃をはめ込んだ木刀は、作る手間、維持する手間に対して、殺傷能力は低い。
(そういうの持ってる奴らは、八割がた戦闘狂。荒事大好き。だから近づかないほうがいいよ)
 じわりと汗が染み出す。
「立て」
 男から視線を外さず、ゆっくりと体を起こし、立ち上がった。切っ先は喉から逸れることがない。
 アキハルに刀を突きつける者の背後に、さらに二人の運送屋がいた。
「二人いるって話じゃなかったか?」
「いる。そっちで寝てる」
「おいおい、のんきだな」
 エウノミア市民ではない。反射的にそう思った。――ヒトの間で言語は統一されているが、地域によって訛りがあるのだ。エウノミアともマーマーとも違う。さらに言えば、三人ともきっと出身はばらばらだ。
 一人が部屋の奥へと向かう。目だけ動かして確かめると、マナが床に丸まって眠っていた。
「マナ!」
「おっと、動くなよ」
 マナに近づいた男は、他の運送屋と比べても明らかな偉丈夫だった。セイラン系の色白だ。その大男がマナの体をゆさぶる。――一向に起きる気配がない。大きな手が、マナの腕を掴んで引き上げる。体の半分が持ち上がっても、マナは意識を取り戻さなかった。
(・・・〈共有〉中なのか!)
 アキハルの中の焦りが酷くなる。
「こっちはどうするんだ?」
「そのまま連れて行け。そのくらいの子なら、意識がないうちのほうが楽だ」
「ああ」
「マナ!――起きろよ!聞こえてるんだろ?!」
 アキハルの声は届かず、マナは大男の肩に担ぎ上げられた。
 後ろに回っていた黒い肌の男が、アキハルの腕をひねり上げる。
「さ、あんたは歩いて」
「マナ!」
「しつこーい。あきらめろ」
「マナ!こんなときに何考えてんだ!戻って来い!」
 腕を強くひねられ、喉には直に石の刃が押し付けられた。
「うるさいぜ」
「・・・・・・っ!」
 どうしようもないのか。
 ここまで来て、こんなにも多くを巻き込んで、そして死ぬのか。
(そんな無意味なことをしてたまるか!)
「――〈エウノミア〉!あなたには届くでしょう!」
「おい、いい加減に・・・」
「〈一族のマナ〉を見殺しにしますか?!あなたの民がそうさせるのを、黙って見過ごしますか?!」
「いい加減に黙れ!」
 腕と手首が悲鳴を上げた。言葉がそれ以上出ず、アキハルは悶える。
 だが次の瞬間、男たちはうめき声を漏らして床に伏した。
「・・・・・・?!」
 突然腕を解放されて、アキハルも前のめりになる。
 ずきずきと痛む腕をかばいながら改めて周囲を確認すると、床に落とされたマナが起き上がるところだった。
「痛い・・・・・・」
「マナ!」
 あの高さから落とされたのだから、痛くて当然だ。
「頭打ってない?」
「たぶん、平気。多少は意識があったから」
「あったのか?」
「落とされる一秒前くらいから」
「・・・・・・」
「アキハルは、大丈夫?」
「ああ・・・・・・」
 安堵してから、先ほどの不可思議な現象を思い出す。
「マナが、やったの?」
「うん。共有の強烈なやつ。頭の中かきまわす感じ?とっさだったから、加減できなかった。目覚めてくれるといいけど、ま、たぶん平気だよ」
「・・・・・・」
「一人適合率が高めなのがいたから・・・・・・」
 マナが視線を移す。
「そろそろ目を覚ますかも」
 視線は、アキハルを捕まえていた色黒の男で止まった。
「とりあえず、逃げない?」
「どこへ?」
「それを言われると痛い」
「まあ、でもとどまってるわけにはいかないしね。慣れてしまえば共有を拒否することもできるようになっちゃうからね、何度も通じる手じゃないんだ」
 マナは立ち上がり、アキハルへ笑いかけた。
「ここから先は、知って気持ちのいいものばかりじゃない。――それでも行くか、今一度問おう」
 古い物語の一節をもじった文句に、差し出される手。
 アキハルは差し出された手を強く握る。同じく古い物語を引用して。
「我らが未来、託そう」
 こんなときに、劇の真似事だなんて、なんてのんきな。






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