No.002_35








 マナの話は整理されていてわかりやすかった。
 開拓団の護衛役が、セルシャで早々に団を離れたこと。クロスアウダが保護を申し出たこと。エウノミアとクロスアウダの間に横たわる外交的な深い溝のこと。
 さすがに運送屋は、都市同士の関係には詳しいようで、話がそこへ差し掛かると、二人は「なるほど」と何度もうなずいていた。さらには話を付け加えるほどだ。
 年嵩の男はヘイケ、若い男はスブラマニアンと名乗った。
「スブラマニアン?え、それ略称ってないかな」
 マナの第一声がそれだった。
「愛称と言ってくれないか。アンでいいけど」
「えー、面白くないよ。スーとかどう?かわいくない?」
「あんたはヒトをなめてんのか」
 ずいぶん年下の相手が、一切敬意を払わないことも含めて気に入らないのだろう。
 アキハルはアンの意見に大いにうなずき、ヘイケは若年者たちの会話を微笑んで聞いている。ヘイケは厳つささえ感じさせる見た目だが、中身は至って穏やかな、面倒見のいい大人のようだ。
「なめてないよ。私は〈一族のマナ〉。いろいろツッコミがあるかもしれないけど、ここはマナと呼ぶ方向でよろしく」
 当然のことながら、アンは首を傾げた。一方のヘイケは軽く目を見開いた。――何か知っているらしい。だが何も言わない。驚きさえも一瞬で引っ込めた。
(マナは知られてる存在なのか?)
 アキハルはむしろそこが気になったが、今聞いていいものなのか判断がつかず、黙っておくことにする。
 ヘイケが前を行き、マナとアキハルが続き、アンが最後という並びで、地下道を進む。時間稼ぎの意味も込めて、速度はゆっくりと。目立ちたくないという理由で中央市役所までほぼ直行できる地下道を行くのだという。ヘイケはこの複雑な地下道を把握しているらしく、時折立ち止まるものの、不安なそぶりは一切なかった。
 一通り話し終わった頃、アンのアキハルに対する態度は穏やかになっていた。
 アキハルはようやく気分の悪さから脱したのもあって、安堵する。
 するとマナがそれに気づいたらしい。
「ごめんね」
 唐突に謝ってきた。
「え?」
「体調悪くなってたの、私のせいだから」
 ふと、アキハルの頭に〈共有〉の二文字が浮かんだ。
 次に思い出されたのが、マナがディーノに対してやったこと。そしてディーノがしばらく放心していた、あの様子。
「・・・・・・〈共有〉?」
「うん。慣れないヒトにはありがちなんだ。大丈夫、君は適合率が高いように見えるし」
 謝ってはいるものの、たいした反省はなさそうに見える。ディーノ相手にやったとき「たぶん、くらいの正確さではやらないほうがいい」と忠告したというのに。
「なんだ、その共有って。さっきも言ってたけど」
 アンが疑問を投げかける。マナはにこりと笑顔でかわした。
「たぶんあなたはやらないほうがいいものだよ。もし二人が手荒だったら使ってた手段だ」
 アンはまた顔をしかめ、ヘイケはやはり微笑んでいる。
「あと、イリアとヘイケさんが喋ってた時の事だけどね」
「え?うん」
「あれは、運送屋たちの伝統というかな、互いに集団で対峙してしまったときの、話し合いのためのルールなんだ」
「あの、つまり・・・・・・代表者以外口を出しちゃいけないってことだよね?代表者が決めたら、ほかの人も従わなきゃいけない・・・?」
「そう。運送屋はヒトに雇われるから、自分の意思以外で争うこともある。一方で、今回みたいに譲歩できたり、見て見ぬふりができたりすることは多々あるんだ。だからといって、互いに武器を持ってるから油断もできない。――結果、ああいうルールが出来たんだよ」
 それを聞いて驚くべきは、見るからに経験豊富なヘイケに対して、気後れすることのなかったイリアの度胸。
 ちょっと前まで、泣いていたくせに。――付き合いが浅いので当然かもしれないが、イリアのことはよくわからない。
 間もなく、「到着だ」とヘイケが告げた。ここから先は、こんな風に親しく話せないと断られる。
 地下道から、階段を経て、どこか建物の中に入った。話が本当ならば、中央エウノミアの市役所、と言うことになる。窓があって、日の光が入ってくる。――ずっと地下にいた者の目にはかなりまぶしい。
「古い都市らしいね、ありがちな構造だ」
 マナがそんな感想を漏らす。しゃべるな、と言いたげにアンが鋭い視線を遣すが、どこ吹く風だ。
「秘密の出入り口ってやつ。――何の意味があって、誰が作るのかは不明だけれどね?」
 アキハルの記憶では、市役所と言ったら単純な構造をしていた。入り口、総合案内、各課の窓口、以上。階をひとつ上がれば、会議室。さらに上の階も存在したが、思い返せばどんな役割だったのかは知らない。
 マナは「その単純な構造の裏側にあるんだよ。これから行くべき場所は、アキハルの言う市民に知られていない上のほうの階、じゃないかな?」とあっさり言う。
 アンはずっと苦い顔。ヘイケは無表情となっていた。
 やがて階段を上っていった先の、一室に案内された。
「我々の仕事はここまでだ」
 ヘイケが言う。
 マナはうなずいた。
「ありがとう。私はここまで来たかったんだ。あとはどうにかするよ。アキハルのことも守る」
「できれば、このエウノミアを傷つけることなくことを済ませて欲しい」
「あたりまえ、頼まれるまでもないよ。――最後にひとつ聞いていいかな?」
「なんなりと」
「私のこと、知っているんだよね?」
 ――それは、アキハルも思ったこと。
 ヘイケはマナの名前、――〈一族のマナ〉という言葉を聞いたことがあるらしい反応を見せていた。
 ヘイケは微笑んで、腰に差していた木刀をゆっくりとした動作で抜き取った。それを両の手の平で水平に支える。そのまま腰を落とし、片ひざを床につけて――
「これを証に」
「普通に見せてくれたらいいのに、大仰だね。――でもありがとう。この名も持たぬ存在を、信頼してくれて。 エーマリーサ ヘイケ アルス エラ マセ」
 アキハルとアンはただ呆然とその光景を見ている。
「――誰か来るよ。行ったほうがいいんじゃない?」
 マナがヘイケに立つように促す。促された方はさすが運送屋、身のこなしすばやく立ち上がり、木刀を元に戻した。
「それでは、また縁があれば。そうそう、ノア=フリモアテによろしくな」
「あれ、ササの知り合い?びっくりだな、いろんなところに縁があるらしいね。また会えそうだ」
「それは運命と偶然に期待しておこう。――〈オーヌ〉」
「〈オーヌ〉」
 目の前のドアが閉められ、錠の落ちる音が重々しく響いた。
 最初からわかっていたことだが、がっちりと閉じ込められたようだ。
 改めて部屋を見回す。普通の部屋だ。高い場所に小さな窓がある他、鏡を使った採光によって室内は充分に明るい。座る場所と背もたれが蔓植物を編んで作られた長いすが二つと、その間に木製のテーブルが置いてある。普段は来客時に使っているらしい雰囲気だ。
「思ったより普通の場所だねぇ」
「・・・・・・うん」
 罪人かそれに近い扱いを覚悟していたから、一安心だ。政府側としては、善悪は二の次、一般市民の混乱を避けるためにアキハルを隔離することが最優先だったとも考えられる。
「マナ」
「なあに?」
 向かい合う位置で互いに椅子に座りながら言葉を交わす。
「〈一族のマナ〉って、何者なんだ?」
「契約を見届ける者」
「・・・・・・え?」
「私自身、よくわからない。私には名前がない。そんなのだけど、契約を見届けると言う役目を負っているらしい。深いところを聞かれると、正直答えようがなくて困るんだ」
「・・・・・・」
「不安な顔しないでよ。私は白都の味方、つまり君の味方。ちゃんと守るよ」
 アキハルは戸惑う。
 少女に守ると言われたために、内心は複雑を極めている。一応のこと存在するプライドが揺らぎそうだ。
 そんなアキハルの内心を知ってから知らずか、マナはにやりと笑う。
「ここは〈心室〉に近いんだ。共有をするには充分」
「共有・・・そういえば、」
 そんなことも言っていたっけ。
「でも、それって何の意味があるんだ?その、無意味だって思ってるんじゃなくて、俺には〈共有〉とかいうやつがよくわかんなくて・・・・・・」
 意識共有、などと呼ばれるそれは、樹と樹、もしくはヒトと樹の間に成立するコミュニケーションであると知られている。ササキによれば、マナは意識共有適合率が非常に高い。高いから、――それで?
「意識共有、感覚共有、知識共有。――とまあ、いろいろ名称があるわけだけどね。意識を共有すれば、ある程度相手のものの考え方っていうのがうつっちゃったりする。知識共有は、互いの知識の交換とも言い換えられるかな。今の場合はこっちが大切だよ。そうだな、君に利益があるほうで説明すれば、」
 いったん言葉を切って、彼女は目を閉じた。
「エウノミアはあまりお喋りじゃない。というか、伝える必要があるかどうかを判断できない。だから喋らないだけで、知っているかもしれないよ。――政府が、君たちを厭う理由を」






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