No.002_31
エウノミアは第二世代の大都市なので、人口が多い。――小さい都市ならほぼ全員が顔見知り、外から来た人間が街を歩けば非常に浮くということもありえるのだが、エウノミアならば〈他人〉のほうが多いのだ。だから、少々出歩いたって平気だというのがマナの言い分だった。
現在は全員、旅装を解いてエウノミア風の格好をしている。一月弱前までここで暮らしていたアキハルが浮くはずもないし、マナとイリアは場に溶け込むのがうまかった。いかにもよそ者、といった雰囲気がまったくない。――役立たずと連呼されているイリアだが、こういう性質を見込まれて外交官になったのかもしれない、と思う。
ミヤモトとササキのことがどうなったかはわからないが、宿に戻らないわけにはいかない。ということで、現在三人は帰路の途中にある。
「ディーノ?それって、ディーノ・リマ?」
アキハルは目を見開いて、先ほどその名を出したマナに聞き返した。
マナは「ああなるほど」と勝手に納得している。
「ディーノが、第六開拓団に縁ある子が居ると言ったけれど、彼、リマ系だったんだね」
「う、うん・・・・・・ていうか、なんでマナがディーノを知って・・・」
リマ系というのは、第一世代都市〈リマ〉から移住した人々のことで、「系」とはつくが、旧世界の民族区分ではない。
リマは最初の医樹種。そこに住んだ人は、旧世界から医術に従事していた人々が多かったという。都市の規模が大きくなると、〈リマ〉から医学知識豊富な人々を移民として受け入れるのだ。
同開拓団にいるアスカ、そして今名前の出たディーノは、その〈リマ〉の子孫だった。
「ディーノは医術を学んでないんだよね?」
「じゃなければ船頭なんてしてないよ」
「船頭なら政治色も強くない」
「どう転んでも」
船頭と言う立場で、政治的になにができるというのだ。せいぜい選挙に行くくらいである。
「いいかもしれない。彼を巻き込もう」
「は?」
マナが目を輝かせたのだが、アキハルとイリアは意味がわからずにぽかんとした。
「マルタミラにもパイプがあるだろうけれど、それはすでに監視されている恐れがあるんだ。まったくのノーマークがぜひとも欲しかったんだよ」
「具体的に、どことのパイプ?」
「旧マーマー市民、それも有力者」
「でもディーノはマーマー市民じゃないよ・・・?」
「アスカはリマ系の旧マーマー市民、ディーノはリマ系のエウノミア市民。二人が知り合いだったのはどうして?縁があるというほどに、付き合いがあったのは?」
「・・・・・・移民管理局の、・・・ああそうか」
移民同士、慣れない都市での生活を支えあい情報交換するための集まりがある。それだ。同じリマ系だから、彼らは自然と知り合った。アスカを通して、アキハルも。
「ディーノは少なくともアスカの家族には通じる」
「・・・マナ、」
マナの確信に、アキハルは声を重ねた。
「どしたの?」
「ディーノなら、――マーマーに通じることも、不可能じゃない」
「マーマー・・・・・・、マーマーを名乗る者ってこと?」
アキハルは深くうなずいた。
たとえば、ヴィルジニやシェローがそうだ。彼らは、マーマーを大地に根付かせた開拓団メンバーの子孫である。どこの都市でもそうだが、都市と同じ名を名乗る人間は、たいてい政治の中枢に居る。
エウノミアではその傾向が強く、政治家、官僚にはエウノミア姓のものが多い。
「ま、・・・勝手に動くわけには行かないんだけどね。ササたちに相談しなくちゃ」
この世の綺麗なものしか見てきていないようなかわいらしい見た目で、マナは随分と頭が回るらしい。
クロスアウダ情報局の契約局員という立場だと言っていたから、やはり仕事柄の慣れか。現在彼女の隣で氷菓子をなめている正式局員イリアとは大違いだ。
「マナってよく頭回るよねぇ」
イリアが暢気に呟く。
「イリアはもうちょっと頭使いなよ」
「それは思うんだけどねぇ」
「私はこういう環境に無理やりつっこまれたから、それにそぐう頭の使い方を覚えただけだよ。イリアは望んで情報局に入ったんだから、もっと自分からやりなよ」
「うーん・・・・・・」
「そこで唸らないでよ」
なぜクロスアウダ情報局に彼が所属していられるのか。そしてミヤモトに「古狸だ。アレにだけは喧嘩を売るな、虎に化けて襲ってくるぞ」と評されたミヒャエルが、なぜ彼を選んで送ってきたのか。――その理由を真剣に考えてみるべきだろうかとアキハルは悩む。
すでに日は沈みかけ、人々は足早に道を行き交っている。舟は頭に明かりを釣るし、行く手を照らしている。その光が水に反射してやわらかく水路に満ちる。そこへ、はらはらと花びらが影を落とす。夕刻の、幻想的な一瞬である。
道を折れて、マルタミラの宿がある通りへ。人通りが一気に減り、人家の窓からこぼれる光では足元が不安だ。そう思ったときだった。
「――そういうことは早く言って!」
突然マナが叫んだ。
「マナ?」
「宿に走って!」
アキハルとイリアは背中を叩かれた。
「マナ!」
「ああもう、くそ!だからさっさと言ってくれないと、対処できないんだよ!」
言われたとおり素直に走り出そうとしていたのに、今度は服を掴まれ止められる。
「――政府の人間か」
イリアが急に静かな声で問いかけた。その変化にもアキハルは驚く。
「それの下請けでしょ。宿には手が回ってる」
吐き捨てるようにマナが言う。彼女の視線の先には二つの人影が見えたが、アキハルには緊張感の理由に見えなかった。
「え、ええ?あの、あのさ、ねえ・・・?」
「マナ。挟まれた」
「知ってる。〈同調〉して逃げ道を指示するから、誰か手を引いて」
「うーん、じゃあ僕はいざと言うときにほら、応戦するからね?アキハル、お願い」
応戦、といいながら、イリアは腰にあった短い木刀に手をかける。凝った装飾の施された、まるでアクセサリーのようなそれは、今の今まで武器だと思わせなかった。
「イリアが頼りになるとは思えないんだけど」
「ひどいなぁ」
「そこの路地。すぐに右」
「オーケィ」
「アキハル、手を引いて。――行くよ」
マナがアキハルの手を握る。イリアがアキハルの腕を叩き、そして走り始めた。
「え、なに」
「走って!」
マナに急かされて、イリアの後を追う。
細い路地に入り、そこからさらに右へ。道というよりも、家と家の隙間だ。猫とすらすれ違えない幅だ。
戸惑うアキハルの耳に、背後から追ってくる足音が聞こえてくる。
(追われてる?!)
すでに酸欠気味の脳に、イリアの「政府の人間か」という台詞が一瞬ひらめく。
「左!水路に出る。船着き場があるから、そこから地下道に!」
「わかった」
マナとイリアが、呼吸の合間にやり取りする。
手を引いているマナを見れば、なんと目を瞑っていた。ぎょっとする。
「待て!」
背後から怒鳴り声が聞こえた。
(ええええええ?!意味がわかんないんだけど?!)
アキハルは疑問も何もかもいったんわきに押しやった。
路地を出ると、水路にぶつかる。イリアは躊躇いもせずに、道路からは一段――と言っても、成人女性の身長くらいの高さがある、普通なら階段を使う――低くなった船着き場に飛び降りた。アキハルも反射でそれに続いて、「しまった」と思う。手を引いているマナは、目を瞑っていたのだった。
が、そんな心配をよそに、マナはなんなく着地している。
「これだね?――こっちだよ、アキハル」
五メートルほど先に、地下道が口をあけている。鉄格子がはまり、普段は鍵がかけられているのだが、――なぜ今、開いているのだろうか。
少しかがんで中に入ると、イリアが後から入ってきて、鍵をかけた。
(――なんで、イリアが鍵持ってるんだろう・・・・・・)
呆然としていると、イリアが奥へ、とあごで示す。
地下道というが、これも水路の一種だ。建物の下などを通っている、地上からは見えないものを指す。たいてい小さなもので、脇には人が通れるだけの幅の道がある。これはヒトが管理しやすいように造ったからだ。
「左。それから次の合流地点をまっすぐ、それから右。そしたらまた合流地点。広い空間がある。あそこまでいったら休んでいいと思う」
「わかった」
行き先を指示しているマナだが、いまだに目を瞑ったままだ。
息が上がって物事を考えられなくなってしばらく経ったころ、マナが言っていた「広い空間」に出た。
イリアが足を止め、数歩歩き回って、うなずく。
「マナ、着いたよ」
「いや、それはわかってるんだけど。・・・どうせなら、〈脈〉が強い場所のほうがよかったな。ここ、雑音がけっこうあるや・・・」
マナが軽く左右に頭を振り、そして目を開けた。
「大丈夫、誰も近づいてきてない」
「よかったぁ、ていうか、疲れたぁ・・・」
イリアがその場に座り込む。マナもアキハルも、それにならった。全員、呼吸が荒いままだ。
それが整うのを待って、アキハルは問いかけた。
「――一体、何が」
「僕も良くわかんないけど」
イリアと二人でマナに視線を向けると、彼女は困った顔で言う。
「政府の人間が、害意を持って近づいてきているから逃げろって、エウノミアが教えてくれた」
「エウノミアが?」
「アキハルにも教えなかったっけ?私、意識共有適合率が高いんだ。エウノミアと同調したの」
〈意識共有〉もしくは〈同調〉――これは、樹のコミュニケーション方法である。感覚や感情を直接互いに伝え合うというもので、人間で言うならば脳を直接繋ぎ合わせた状態だと言われている。
「樹でいう視界の感覚を共有して、ここまで案内したんだよ。そのためには自分の視覚が邪魔になるし、ボディ・イメージもうまく働かなくて、一人だと走れないの。ゆっくり歩くくらいの移動ならできるんだけどね」
「宿には手が回ってるっていってたよねぇ。ヨチさんたち、どうなったの?」
イリアののんびりな口調で尋ねる。焦るアキハルとは対照的だ。
「逃げてるみたい。――今は〈同調〉が切れてるから、わかんないや。場所を変えないと」
「まあ、あの四人なら平気だろうね。僕たちのほうが問題だよ」
「同感。とりあえず、〈同調〉できるところに移動したいな。そうしないと、危険があってもわからない」
「うん。アキハル、立てる?なら、行こう」
「ああ・・・うん」
イリアの動じない様子に面食らいながら、アキハルは立ち上がった。
数時間前まで怯えて震えて泣いていたのは彼だった気がするのだが。
「――あー・・・やだなぁ、なんでこんなことになるかなぁ、帰りたいなぁ」
「それは胸のうちに仕舞っておくべき言葉だと思うよ?」
「だってぇー」
本質は、まったく変わっていないらしい。だが、イリアの違う面を見た気がする。
歩き始めてみると、意識がぐらぐらと揺れた。急に走ったりしたせいだろうか。整った息と違って、心臓は落ち着いていない。得体の知れない状況に、腹の底がぞわぞわしている。
「アキハル、大丈夫?」
「・・・うん」
突然の事態にひどく動揺しているのはアキハルだけだ。二人の足を引っ張るわけにはいかない。
深呼吸。
雨を流すための穴から薄く光が漏れてくる。それだけを頼りに、先のほとんど見えない場所へ、一歩を踏み出す。