No.002_30
「俺の、護衛をしてくれませんか?」
――そう聞いたアキハルに、ミヤモトは絶句した。だが考えを話せば、彼女はすぐにうなずいた。
「いいだろう。覚悟があるなら、反対する理由なんてない」
彼女に護衛を頼むにあたって問題になるのが、その賃金だった。
運送屋たちの開拓団護衛の料金は、とにかく桁が大きすぎて、ピンと来ない数字だ。つまり個人的に、数日単位で護衛として雇う場合の値段の参考にはならない。
金額に対する衝撃を、アキハルは一生忘れない自身がある。
「私の場合は、基本料金がこれだけ」
ミヤモトは三本指を立てた。意識が遠のきかけたのは、三と言う数字の後ろにいくつゼロがつくのか、一応確かめたときである。日常生活からかけ離れている数字だ。
だが後には引けない。
「あの、いつ払えるかはわかんないですけど・・・」
先ほどラーズが嘆いていた理由もわかる。
「うん、まあそれは期待してないしね。それとね、こういうのは条件によって料金が変わる。ついでだ、相場と交渉術を教えてあげよう」
ミヤモトはこのようにあっさりとうなずいてくれた。――本人曰く自立性を重んじるらしい。が、開拓団のメンバーは反対した。
「だって危ないよ!」
フィフィーが泣きそうな顔で反対するので、驚いた。彼女は「自己責任でしょ!」くらいで大して反対しないと思っていた。
逆に心配の後に理解を示してくれたのはヴィルジニだ。本当は、ヴィルジニ自身が行きたかったに違いない。
ユウセイ、アスカ、シェローの三人は自分たちも行くと言い張ったが、ミヤモトがそれを止めた。
「一人だけだ。それ以上は守れない」
「なんでですか」
アスカがきつい口調でたずねながらにらみつける。ミヤモトは肩をすくめた。
「守る対象が増えれば、それだけリスクは増す。普通に考えて料金も割り増し。だろ?」
すでに意識が遠のくという体験をした面々に、料金の話は効果的である。
「もうひとつ、依頼主が金を積んだところで、増したリスクはそんなに軽減できない。私はリスクを一パーセントでも減らしたいほうだからね、よほどの事情がない限り、二人も守る仕事はやらない。他にも護衛を雇うというなら別だけど、値段は倍近くなるよ。ああ、――あと、あんたらが銃のひとつも扱えるって言うなら違ってくるけど?」
どうなんだ、という問いかけに、全員沈黙するしかない。
銃なんて、触ったこともない。間近で見たのもつい最近、――ミヤモトが持っていたものを見たのがそれである。
「だって、護衛役以外は武器を持たないのが伝統だわ」
悔しげにアスカが呟いた。
しかしミヤモトはばっさり切って捨てる。
「昔の話さ。今は持つヒトも少なくない。――で、結局誰も銃なんぞ使えないと。なら、最初に言ったとおり一人だけだ。誰が行くかは、まあみんなで話し合って決めなよ」
――そして出た結論が、今の状況。
「はぁー・・・帰りたいなぁ」
少女めいた大きな目を潤ませて、いい大人の男がため息をついている。一応少しばかり相手のほうが年上なのだが、まったく敬語を使う気になれない。そんなだめな大人の名を、イリアと言う。
「しつこいなぁ。だからさっさと帰れって言ってるじゃんさっきから」
冷たい声と表情であしらっているのは、〈一族のマナ〉だ。アキハルの語る内容に相槌を打ちつつ、イリアに冷たい言葉を投げつけつつ、目の前にあるお茶とお菓子を確実に減らしている。
「ねえアキハル。あのハゲ、ほんとになんでこれを寄越したんだと思う?」
マナの言うハゲとは、クロスアウダ情報局情報部部長ミヒャエルのことである。額は少々広め、てっぺんにかけては薄め、といった具合の髪の量の、壮年間近の男性だ。アキハルの感覚ではまだ「薄毛」だと思える。アキハルの場合、親族を思い浮かべると決して他人事ではないので庇いたくなる。
「マナ、そのハゲっていうのは、その場にいないにしても・・・」
「エリーは本人に『そこのハゲ!』って呼びかけてるよ。ねえ、イリア」
「うん。あの二人はねぇ、狸と狐だから」
「それぞれを例えるなら、トカゲと毒蝶だと思うけど?」
「エリーさんが毒蝶?うまいこと言うねー。それ今度局に広めとく」
エリーが誰か知らないが、酷い人だということが良くわかった。毒蝶にたとえられるようなヒト、お近づきになりたくない。
「とにかくそっちの状況とか、来た理由はわかったよ。しかしどうしよっか、ササとミヤがあれじゃ、なんにも進まない」
そんなマナの発言に、イリアが首をかしげた。
「アキハルさぁ、家族に会いに行ったりしないの?」
「は?」
「家族。だってここに家があるんでしょ?家族とか友達とかいくらだって行き場あるじゃん。マルタさんのとこの狭いベッド使わなくたって、誰かのうちの客間借りるとかさぁ?」
アキハルは戸惑った。
マナははっきりと呆れて冷たい声で切って捨てる。
「役立たずなのはわかったから、黙れ」
「ええええええっ!」
「なんで開拓団に出た人間がまだ街にいるんだよ。政府がどう出るかわからないんだよ。アキハルが危ないかもしれないんだ。ササが怒った理由のひとつに、それも挙げられると思う」
「で、でも!じゃあここに来たのは?そもそも門をくぐった時点で、あっちに知られてるでしょ?!」
「どうして君が外交官になれたのか、本一冊分くらい費やしていいから説明してくれるかな?」
アキハルにすらある程度の予測はついたのに、イリアは随分暢気な頭をしているらしい。同じ開拓団のシェローを思い出す。なんというか、――この二人、よく言えば物の見方が大変まっすぐだ。頭はいいのだ、たぶん。勉強だけの頭でっかちでもない。だけれど、他人が悪意を持って近づいてくることもあるのだと、想定できないらしい。
「ヨチはそれを承知で、アキハルを伴って入国したんだよ」
「なんでわかるのさ!ヨチさん考えることとか、謎過ぎるじゃん!」
「承知してなかったら一緒に入らないよ。どうせ、交渉に使えると思ってるんだ。でもその交渉はアキハルたちにとってもクロスアウダにとっても必要なものだからね、私たちが勝手に動いて台無しにするわけにはいかないんだよ」
呆れながらも結局マナは丁寧に説明している。
流暢な説明から、駆け引きの場に慣れているように思える。
「ここに来たのは勝手な行動で、本当は良くないんだけどね。まあ、マルタミラは駄目って言わなかったし、これくらいはいいんじゃないかな」
「・・・・・・難しいなぁ。僕やっていけるかなぁ」
イリアは情けないため息をついて、視線を伏せた。
いちいちイリアの言動に反応するのも面倒になってきたので、アキハルは無視した。