No.002_29[Songs for MANA]







 エウノミアの大通りは、大水路とその両脇を言う。水路のほうがメインの通りであるあたり、いかにも水運の発達したヴェニス種らしい。
 そんな通りに面して、商店が立ち並ぶ。店ばかりずらりと、というのは大都市ならではの光景だ。
 そのうちの、個室のある小さな店に入った。お茶もケーキも出てくるが、軽食も出るし、夜には酒も出す、分類が難しいタイプの店である。
 これは、アキハルが選んだ。――出身都市なので、その辺は詳しい。
 アキハルは、泣き腫らした目で「ミルク飲みたい」とか言っているイリアに希望の品を、任せると言ったマナにフルーツの入ったお茶と焼き菓子を注文した。アキハル自身は、薄い生地のパンの一種に野菜とベーコンを巻いたものを食べている。
「イリアとヨチさんは、情報局からの派遣。俺は、俺たちのことを人任せにしたくなかったから、ミヤさんを護衛に雇って来た」
 アキハルの説明は簡潔だった。
 イリアとヨチという人選はともかく、情報局が人を送ってくるだろうとササキは最初から予測していた。だからろくに休息もとらずに、ハイペースでエウノミアまで来たのだ。
 情報局は基本的にクロスアウダ直属。クロスアウダの命令には忠実だ。だが時折今回のように、クロスアウダと局員の間で意見が分かれてしまう。面白いのが、クロスアウダ対そのほかのほぼすべての局員、という構造になるところだ。
 今回は、ササキがクロスアウダと対立しなかった少数派、というわけだ。
 ササキはクロスアウダの指示で、マナを伴ってエウノミアに来た。内容を聞く限り、エウノミア政府に喧嘩を売りに来たとしか思えなかったが、一応外交のためだ。
 そしてササキの予想通りあとを追ってきたイリアとヨチは、ササキを止めるように情報部のトップから指示されていた。
 どのような結論にするかは、彼らの間で話し合いが持たれるはずだ。マナが口出しをすることではない。
 マナがすべきことは、エウノミアとの〈共有〉。エウノミアにこのままでは都市運営が危ないことを伝え、その解決のヒントとなりえる情報を伝えること。これはササキたちがどんな結論に至っても同じだ。
 そしてエウノミアまでやってきた面々で意外だったのは、ミヤモトとアキハルの二人だ。
 何事もぐだぐだと引きずっているように見えたアキハルだが、先ほど自分の決意をはっきりと述べた。しかもミヤモトを雇ったという。――ミヤモトを雇うとなると、そうとうの金がかかる。ミヤモトは多少まけたかもしれないが、ただ働きではないだろう。
「具体的に、君に何か出来るの?」
「何も出来ないかもしれない。でも、とにかく自分たちの置かれた状況をきちんと把握したい。本当に政府の悪意が挟まれていたなら、そのわけを知りたい。それだけだよ」
「なるほど。ササが聞いたら怒るか褒めるか、どっちだろうね」
「・・・・・・褒めて欲しいわけじゃないけど、あの人に怒られるのだけは嫌だな」
 確かにね、とマナは頷いた。
 ササキは滅多と怒らないが、その分怖い。そして根深い。
 マナはこの後も続くであろうササキの不機嫌を思って、何度目かわからないため息をついた。
「今日怒ったのは、・・・アキハルに対してじゃないよ」
「それはわかってる」
「ササはミヤが心配で言ってるだけ。たぶん、さっきのこと言ってもアキハルのことは怒らない」
「・・・あのさ、ミヤさんって、・・・心配されるようなことあるの?」
「基本的にないよ。ただ、ミヤはだいぶ肺を悪くしてるから」
「肺・・・・・・」
 呼吸器を病んだ運送屋など珍しくない。アキハルにもそれくらいの認識はあるはずだ。深刻になることではない。ましてや、本人が選んだ道に対して過度の心配をすることは礼を失している。
「ちゃんと休みを取ってれば、急激に悪くなることはないんだよ。でも今回休み返上で来ちゃったでしょ。それを言ってる」
「そう、・・・だったんだ」
「アキハルは悪くないよ。頼まれたって断るなり、信頼できる運送屋を紹介するなり、できたんだ。それをあえて自分で来たのは、ミヤの判断でしょ」
「そりゃそうだけど」
「あとはそーだな、今回は政治色が強いっぽいからじゃない?ミヤは一応フリーの運送屋だけど、状況からしてクロスアウダと無関係とは思われない。もし容態が悪くなっても、エウノミア政府の出方によっては治療が受けられない可能性がある」
「そっか・・・・・・」
 アキハルは食べる手を止めてうつむいた。気にするなといったところで、真面目な彼は気にするだろう。マナはそれ以上何も言わないことにする。
「ていうか、ミヤさんってそんなに悪かったの?」
 口を挟んだのは、ちょっと前まで泣いていたイリアだ。ミルクがそんなに効いたのか、すでにすっきりした顔をしている。
「歳のわりには酷いほう、かなぁ?っていっても、ミヤは十三のときから仕事してるっていうし」
「十三?」
 イリアとアキハルが目を丸くした。二人の感覚からすれば、十三歳は仕事をする年齢ではないということだろう。
「ミヤはカウラ市出身だから。カウラではそんなもんなんだって」
 何歳を一人前と扱うかは、都市によって大きく差がある。カウラ市では十五がそれだし、エウノミアならば十七、クロスアウダ市は十八だ。そして運送屋という職になると少し早まる。それだけ人手不足ということだ。
「ミヤさんって今いくつ?」
「にじゅう・・・ろく、だったと思う」
 マナとは九つ違う。ちなみにササキは三十二歳。アキハルは十九歳だったはずだ。
「運送屋って、そんなもんなんだなぁ・・・」
「なにさ」
「続けてく自信が揺らいでる・・・僕、ミヤさんみたいに覚悟とか根性ないもん」
「うん知ってる」
「続けられるかなぁ・・・・・・」
「もうやめれば?」
 何が言いたいのかさっぱりわからないので、冷たくあしらう。どうして情報局はこんな人選をしたのだろうか。この子犬、役に立つ気がしない。
「ねえ、今回イリアを派遣するって決めたの誰?」
「へ?部長だけど」
「あのハゲ、何考えてんだろ、最悪」
 少ない髪の毛毟ってやろうかとさえ思う。
 エウノミアとの外交問題は根深い。クロスアウダにとって、今回は重要な局面であるだろうに。
 マナの漏らしたつぶやきに、アキハルがふっと苦笑した。
「アキハル?」
「いや・・・発言にためらいがないなぁと思って」
「だってイリア役に立たないじゃん。それを送ってきたんだよ。腹立つじゃん。ハゲは事実だよ」
「あの、マナ。目の前にイリアいるんだけど・・・」
「あー、いいのいいの。僕いつもマナには役立たずって言われてるし」
「イリアはもうちょっと気にしたほうがいいと思う」
 歳が近いせいだろうか、アキハルは随分とイリアに打ち解けている。――開拓団のシェローとよりも、よっぽど仲がよさそうだ。
「イリア、今回なんて言われて来てるの?」
 仕事内容を問えば、
「ぜーんぶヨチさんが知ってるー」
「イリアに期待はしてなかったけども、ほんっと何考えてんだあのハゲ」
「マナ、もうちょっと言葉考えて」
 まったく建設的な会話にならない。
 だからといって今宿屋に帰っても、ササキが不機嫌だ。平行線しかたどらない言い争いがまだ続いているかもしれない。
 ヨチはそれを静観していることだろう。内心は面白がりながら。――つまり、あれが収束するかどうかはササキとミヤモトにかかっている。周囲からの援助はまったく期待できない。
 苛立ちに任せて焼き菓子を頬張る。――おいしい。苛立っていてものんきにおいしいと感じる自分が腹立たしい。
 フルーツのお茶は甘酸っぱくて、合わせて注文された菓子に良く合う。
「・・・・・・」
「マナ、どうかした?」
「アキハル、ここにヴィルジニと来てたでしょ」
「・・・え。うん」
「ふうん」
 きっとヴィルジニがこれを注文していたのだ。実にわかりやすい青年である。
「浮気はすぐばれるから、しちゃダメだよ」
「へ?!」
 わかりやすくて安全な男だ。ヴィルジニくらいおとなしい人にはちょうどいい。
 なぜか動揺しているアキハルを眺めながら、マナはティーカップを口に運ぶ。
 さて、これからどうしようか。
 宿屋に帰る気にはなれないし。
 だからと言って、クロスアウダ情報局の看板を一応のこと背負っているイリアを連れて市内を歩くのは避けたい。結果がどちらに転ぶかわからないから。
「なんで・・・浮気とかいう話になるんだ・・・」
 ぶつぶつ呟いているアキハル。
 イリアがアキハルに「浮気したのー?」などと暢気な口調で言っている。
(――しばらくこれを観察して遊ぶのもいいかもしれない)
 しばしの現実逃避。
 マナはお茶とお菓子と目の前の光景を存分に楽しむことに決めた。






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