No.002_28[Songs for MANA]
「どれだけ無茶をさせた」
厳しく問い詰める声が、部屋の中をしんとさせた。空気を重苦しく塗り替えられ、息が詰まる。
その低い声の主は、ササキだった。
マルタミラの宿屋の一室で、眉間にしわを寄せて、テーブルを挟んだ先にいるミヤモトをにらみ付けている。
その睨みをぶつけられている張本人であるはずのミヤモトは、小首を傾げて見せた。
「お前じゃないのか?馬鹿みたいに早いペースで歩きやがって、こっちが苦労したよ。おかげでエウノミア入国前に捕まえられなかった」
「捕まらないためのペースだ」
「迷惑なことをしてくれる。こっちはド素人のアキハルと、ほぼド素人のイリアつれてたんだぞ」
「だから俺はそれを怒っているんだ!慣れてない二人に、なんて無茶させた!」
がんっ、とテーブルが鳴る。言うまでもなく、ササキがこれを殴りつけた音だ。
これほど激昂しているササキも珍しい。マナは絶対にこの対象になりたくないので、口を出さないでおこうと固く心に誓う。アキハルは完全に怯えて、マナと身を寄せ合って小さくなっている。さらに身を寄せ合う仲間として、イリアという情報局の局員がいる。
イリアは二十一歳の、若い局員だ。一応運送屋の資格があり、外交官見習いという立場にある。マナとは歳が近いので、比較的良くしゃべる。――が。
「やだもう、これ怖い」
ササキとミヤモトのやり取りに、すっかり小さくなって、これ以後無言である。子犬のように震えている。
「ヨチ!あなたもあなただ!なんで無茶をさせた!」
ササキの怒りの矛先は、さらにもう一人、イリアとともに派遣されてきた局員へと向かう。ヨチはササキと同年代の同僚だ。元運送屋なのだが、外交官ではなく普段は内政を担当している。見事な金髪碧眼は、典型的なセイラン系の民族であるといえる。
「だってミヒャエルに脅されちゃったしね」
「・・・・・・」
ヨチのあっさりとした回答に、ササキは頭を抱えた。
「いや、言わせてもらいたいんだけどね?――イリアは運送屋で、まだ若いんだよ?これが無茶だとは思えないね。もちろん俺様にとっても無茶じゃないし?破壊の女神と名高いミヤにはもちろん無茶なペースだとは思えなかったけどね?」
「・・・ならば、アキハルについてはどう弁解する」
「彼は納得してついてきたんだよ。自己責任だね」
ヨチがあっさりと責任を投げたせいで、ササキの視線はアキハルへと向いた。哀れアキハルはぎくりとしているし、その横でぷるぷる震えていた子犬イリアもぎくりとしている。マナも一緒にぎくりとした。
「あの、・・・・・・ええと、」
「君は大地を渡る危険性を、こいつらほど知っていたわけじゃない。こいつらが教えなかったのが悪い。だから責めるつもりはない」
責めるつもりがないならばその顔の強張りを一ミリで良いから緩めればいいのだ。とは思ったが、マナは最初に誓ったとおり、口を出さない。早くこの場を逃れたい一心である。
怯えている若年者三人を救うためかどうかはわからないが、ミヤモトが再び口を開いた。
「ササ、来たもんは仕方がないんだ。そんな話をしてないで、もっと建設的な話題に切り替えないか?」
「お前は、・・・・・・自分自身に無茶をさせた自覚もないのか」
「馬鹿言うな、私は運送屋だよ」
「運送屋なら、自分の体の状態を把握しろ!」
「しているさ。――あんたほどご立派な体に生んでもらってないからね、把握して、どうやって使うかをちゃんと常に考えてる。あんたに改めて説教されるまでもない。余計な世話だ」
次の瞬間、マナは鼓膜に痛みを感じ、身を竦めた。
反射的に瞑っていた目を恐る恐る開けると、ササキが座っていた椅子が倒れ、テーブルの上にあった花瓶が床に落ちて割れている。
その向かいには、ミヤモトが体勢も表情も崩さずに居た。
ただならぬ雰囲気に、ヨチが二人の間に割ってはいる。――つかみ合ったりしたわけではない。雰囲気だけだったが、そうさせるほどに緊迫していた。
マナは状況を把握し、一拍後にはアキハルとイリアを引っ張って、部屋の外への脱出を敢行した。
「お前は仮にも、――」
ドア一枚隔てた向こうではササキが何か言い続けていたが、マナは意識的に聞かなかった。あの二人の言い争いは、穏やかであろうと激しかろうと、平行線で不毛なのだ。経験で知っている。
部屋からさっさと離れるマナに、アキハルとイリアは着いてきた。半分以上、雛の刷り込みに似た現象だろう。動くものがあるから追っただけだ。
「・・・・・・僕、ササキさんのこと穏やかで優しい人だと思ってた」
ぽつんとイリアが漏らす。アキハルがその傍らで首を上下に何度も振る。
「ササは怒ると怖いよ。滅多に怒らないけど」
「ミヤさんは、いつも近づけないくらい怖かったけど」
「ミヤは意外と穏やかだよ、ちょくちょく怒るけど」
「なんかもうやだ、帰りたい」
「・・・・・・そう言われると、さっさと帰れって言いたくなるよ」
イリアはその場にしゃがんで目の端に涙を浮かべている。いい大人が、何を考えているんだとマナは呆れた。
アキハルも呆れている。が、何も言わない。助けを求めるように、マナに視線をよこす。
マナはため息をついた。
「とりあえず、話を聞きたいな。イリアはともかく、アキハルがいるのは私も驚いたし」
「・・・・・・場所を変えようか」
「賛成だけど、このイリア連れて外は嫌だよ」
めそめそ泣いている大人を連れて歩きたくない。
アキハルは困惑の表情でイリアを見つめ、やがてため息とともに頷いた。
「どっか、空き部屋あるかな・・・?」
「イリアをその空き部屋に置いて外に出るって選択肢もあるからね」
「いや、そういうのは・・・・・・」
本心はやりたそうに見えたが、アキハルはあいまいに濁し、視線をそらしたままだった。
「マルタさんに、聞いてくるよ」
――だが結局、イリアを連れて外に出ることになった。