No.002_24[Songs for MANA]
花降る都市〈エウノミア〉。
その街の基盤樹は、薄桃色の花を枝いっぱいに咲かせていた。都市樹の多くは年中花を咲かせるが、しかしそれが多い時期というのも存在する。〈エウノミア〉のようなヴェニス種ならば初夏。つまりもうじき、詩人たちに謳われた花降り積もる季節となる。
それにしても、見事に整備された水路だとマナは感心していた。エウノミアは第二世代、――ということは樹を中心とした都市開発に、人々は慣れていなかったはずである。
けれどもエウノミアは初期から、先を見据えた計画の上で水路を作っている。民族性だろうか。確か、幾何学的な芸術文化を持っていた民族が、多く移住したと聞いている。
目的地はないので、舟は使わずに歩けるところを歩く。
道行く女性の三割ほどが、薄いヴェールを身に着けていた。透けるものや、凝った刺繍の施されたものなど、布がさまざまで面白い。旧時代からの名残というやつだ。
中央市役所――すなわち、基盤樹エウノミアへと続く南の大通りは壮観だ。普通の街ならば道となるわけだが、エウノミアの場合は大水路だ。カラフルな舟が行き交いっている。道は水路の両側にあるが、枝分かれする水路にしょっちゅう分断される。だから遠回りをして橋を渡らなければならない。
東西をつなぐ大きな橋は三つある。渡し舟も多くある。
なんとなくの思いつきで、マナは渡し舟を使うことにした。西地区から、東地区へ。
若い船頭は、マナの姿に驚いたようだった。――いまだに大地を渡る装備を解いていない。
「なんだい、運送屋か?」
黒い髪に彫りの深い顔立ち、そしてさわやかな雰囲気の青年だ。客商売向きの、人当たりのよさを感じる。
「うーん、ちょっと違うけどそんなもの」
「なんだそりゃ」
「私は護衛もしないし商品も運ばない。情報だけ運ぶの」
真実である。言っていないことが大量にあるだけだ。
「へえ、そんなもんがあるんだ。女の子が、大丈夫なの?」
「ちゃんとした運送屋が一緒だからね」
「ふうん。ていうか、暑くないのかその格好」
「ちょっと。でも、水の街は涼しいね」
「そうかな」
「でも、確かにエウノミアらしい服が欲しいなって思ってる。女の人のヴェール、すごく綺麗だね」
「ああ、ありがと。最近はヴェールをする人も減ってきたんだけどね。外の人から言われると、いいものなんだと再認識できるな」
大水路といっても、渡るだけなら短いものである。
あっという間に対岸に着いた。
「ねえ、観光中?」
「そんな感じ」
「案内しようか」
「でも、仕事は?」
「渡し舟はいくらだってあるよ。舟からでもいいし、陸からでもいい。どう?」
「いくらで?」
「歓迎の意味をこめて、無料!」
「あー・・・」
なんだナンパか。
どの都市に行っても、似たようなことはいくらでもある。――マナの容姿は、興味をもたれやすいそうだ。自分の容姿は好きだが、ナンパの対象になりやすい理由はいまいちわからない。
ミヤモトのほうがずっと美人だと思うと口にしたら、あれはやすやすと近づけない威圧感を放っているから、並の人間じゃあ口説く気になれないと説明された。時折、命知らずの同業者に口説かれている。
「観光なのは観光だけど、人と会う予定もあるし」
「じゃあそれまで、案内させてよ」
「エウノミアってお堅い国民性じゃなかったっけか。意外だな」
「俺、メディウス・テッラの系譜だもん」
「――へぇ、テッラ?」
正確にはメディウス・アクデニーズ・テッラと呼ばれる。海に面した温暖な気候の地域に住んでいた人々のことだ。エウノミアでは少数派だろう。
「なあるほど、ちゃんと血とノリと文化を受け継いでるんだね」
確か感情表現が豊かで、異性に対して積極的な文化といわれている。
「そうそう」
「わかった、じゃあお願いする」
おもしろそうな人間だ。
せっかくなので、舟で案内してもらう。少し低い目線からの街並みだ。
「ねえねえ、名前は?」
「マナ」
「それだけ?」
「そ。本当はマナですらないんだけど、便宜上ね」
「え、なになに。気になるなぁ」
「秘密。君は?」
「ディーノ」
「それだけ?」
「便宜上ね」
そんなくだらないことで笑いあう。どこへ行っても、人間というのは笑うし怒るし泣く生き物だ。屈託なく笑える環境にある彼らを、マナはマナなりに愛おしいと思う。
「花降る季節に、こうやって水路を行けば、綺麗だろうね」
今も落ちてくる花びらは少なくない。だが、花降る季節の量の比ではなく、そしてその季節の豪奢は喩える言葉を持たない。
「ああ。この世に勝るものはないと思うね。――俺はここから出たことがないけどさ」
「ヴェニス種は美しい街が多いけど、エウノミアは格別だよ。きっと、君の言うとおり世界一の景色なんだろうな」
感情の圧で、口から空気が漏れる。
見上げた基盤樹エウノミアは、荘厳だ。少し視線をずらせば、別の樹のシルエットも見える。これはエウノミアの衛星都市。エウノミアは、五つの衛星都市を持っている。すべて水路でつながる、複雑かつ大規模な街だ。