No.002_20





 開拓団用宿舎の一室で、ミヤモトが腕組みしてため息をついている。
「あー、やるとは思ってたけど。だからクロスは出すなってあれほど言ったのに。誰だよ行っちゃえとか言ったの。内部のことに口出ししたくないけど、馬鹿じゃないの?」
 その隣では女性が半泣きで頭を下げている。紹介によればアキハルたちより年上なのだが、めがねと丸い顔は学生のようだ。――この時代、学生といったら普通十代を指す。
「イリアくんですすみませんすみませんすみません!」
「いやもう誰だって実のところいいんだけど。――言いたいことは一つ。私、一応休暇なんだよ、給料出ないの。あんたらと違って」
「でもミヤモトさん、クロスが正式局員になれって言ってるの断って契約局員とかやってんでしょ?自業自得・・・・・・ぐ」
「黙れ。あんたそんなんじゃエルザに取り殺されるよ。馬鹿じゃないの?」
 ミヤモトは頭を下げている女性の頭を片手で掴んで、床にそれを押し付けようとしている。
「どーして私を呼ぶかな。あんた自腹切れよ?」
「えええええミヤモトさん一日雇ったら私の給料がふっとびますよっ!」
「護衛や運送じゃないから安くしとくよ。クロスに言って天引きにしてもらうから覚悟しとけ」
 その後もさまざまなやり取りがあって、めがねの女性はすっかり小さくなって部屋の隅へ追いやられた。
 ミヤモトがアキハルたち開拓団員を前に、ため息をつき頭をかく。言葉が見当たらない、と態度で言っている。


 騒ぎの始まりは、当然のことながらクロスアウダによる「外交官見切り発車発言」からだ。
 アキハルはクロスアウダからの提案をほぼ受け入れるつもりになっていたから、ほとんどの部分において問題はない。
 問題があるのは、クロスアウダの外交内容だ。
「簡単に言うと、エウノミアに喧嘩売りました」
 エウノミアは世界の都市樹の中でも古参に入る、大都市だ。食糧の輸出も多く、発言権は強い。
 クロスアウダは急速に版図を拡大し、世界の街道と呼ばれている。クロスアウダの存在が、物流を活発にさせているのだ。しかしながら、エウノミアに比べればまだまだ若い都市。発言権は、その経済力に反して弱い。不当といっていいほどだ。
 理由はエウノミア他、古株都市たちが子都市に圧力をかけ、味方につけているから。
 クロスアウダは長年これを打開しようと、さまざまな活動を行ってきた。
 ――というのが、ミヤモトの説明だ。
「ま、ある程度わかっているだろうケドね、復習だ」
 アキハルたちはエウノミアで教育を受けた。そのために、入ってくる情報がエウノミア寄りになっている。それを思っての説明だ。
 クロスアウダはこんな状況下で、アキハルたち開拓団をエウノミアから引き取ると言い出した。これをストレートに伝えたところでエウノミア政府は「否」というに決まっている。いくら旧マーマー市民による開拓団が不当な扱いを受けた、と主張してもエウノミアは否定する。それどころか、「クロスアウダがいいがかりをつけた」と言われ、関係に溝を作るだけ、敵を作るだけ。
 だから、もっと穏便な形で開拓団の母都市としての権利をクロスアウダに譲渡してもらう――そのための外交カードを、情報局の人たちは模索していた。
 なのにクロスアウダ〈本人〉は、あっさりとエウノミアに喧嘩を売ってしまった。
「すみません俺たちのデメリットがわからないんだけど」
 と素直に手を上げたのは、シェローだった。まさか頭の中まで平和に出来ていたのかと、アキハルは驚愕してシェローを振り返る。ユウセイが頭を抱え、アスカとフィフィーが両側からシェローの頭を叩いた。
「俺たちにデメリットは多くないよ。全部クロスアウダが引き受けるという言葉が本当ならね」
「じゃあいいじゃん」
「よくないよ。エウノミア政府がマーマー市民を厭ってるんだと仮定すれば、エウノミアに残っているマーマー市民たちはどうなるんだ」
「あー・・・」
 つまり残された親兄弟に被害があるかもしれない。
「それに移民団の整備もしてくれないかもしれない。もちろん移民は根付いた場所に近い都市から受け入れるってことにすれば、俺たちはいいかもしれない。けど、マーマーが唯一残した子に住みたいと願ってる旧マーマー市民はどうなるんだ。サイやイーニィだって、移民団に参加するって言ってたのに、出国をとめられるかもしれない」
 開拓団の最終編成で落とされた友人の名を出して説明すると、シェローも理解し始めた。
 さらに、ヴィルジニが付け加える。
「わたしたちの国が国として成立して、まず運送屋を雇ったとする。その運送屋は白都の名で、貿易をしたり、他都市からの保護を受けたりするの。そのときにエウノミアが自国の系列都市に『白都の運送屋を受け入れるな』と指示したら?ここはクロスアウダが引き受けるといったことだけれど、穏便に片付けるにこしたことはないわよ。最悪、クロスアウダとしか交易できなくなる。物資はそれで充分かもしれないけれど、それだけじゃダメなのはわかるわよね?」
 シェローもさすがに厳しい表情になった。
 ミヤモトがいつのまにか煙草をふかしていた。長い指で煙草管を挟み、紫煙をゆっくりと吐き出しながら「エルザが暴走でもしたか?ああ?」と、半泣きの女性局員を脅かしている。すでに充分落ち込ませた後だというのに、容赦がない人である。
「――さーて、どうするかねぇ・・・・・・」
 そのとき、その場――宿舎の会議室――に、新たに人が現れる。
「ああ、やはりこちらにいたんですか」
 頭の毛の具合が少々寂しい、中年男性だ。雰囲気からして偉いように見える。
 実際にそうだったようで、男性は「情報局情報部部長」と名乗った。
「ミヒャエルと申します」
 表情筋の操り方に慣れを感じさせる笑みで、彼は開拓団メンバーに名乗った。
「わが主クロスアウダがご迷惑をおかけいたしました。すぐに追いつける人間を派遣して、先に派遣された外交官を止めます。それが間に合わない場合も、ちゃんと策がございますので、ご安心ください」
 ミヒャエルの言い方はとても丁寧だが、押しが強い。こんなことを言われたって安心できるわけないのに、これ以上文句や質問を口にすることがためらわれた。
 黙ってしまうアキハルに代わって、口を開いたのはミヤモトだ。
「誰が派遣されました?」
「先に派遣されたのは、ササキ・ノアだよ。知らなかったのかい、ミヤ」
「知らなかったですね」
「おや、互いの行動も把握していないのか」
「当たり前です。癪に障る言い方をわざわざしないでいただきたいな、ミヒャエル」
 ミヤモトの眼光が鋭くなる。しかしミヒャエルはあっさりと受け流した。
「悪かったね、そんなつもりはないんだが」
「で、誰に追わせたんですか」
「イリアとヨチだ」
「また微妙な人選を。エリシアくらい出せないんですか」
「彼女は今、メルバ市にいるからね」
「なるほど。それであなたの負担が増えて、さらに不毛地帯が広がったのか。お気の毒に」
 心底気の毒そうに、ミヤモトが首を左右に振る。
 その場にいる人々の視線は、なんとなくミヒャエルの頭に集まっていた。なんとなく、だ。べつに「ハゲ」とか思っていない。
 ミヒャエルは一瞬だけ苦い顔をしたが、すぐに持ち直した。
「・・・都市の性質上、われわれは外交に慣れています。ですから、これ以上のご心配は無用。これだけ伝えに参りました」
 有無を言わせぬ物言いだった。
 その言葉が嘘であれまことであれ、アキハルたちは今なにも出来ない。その事実に、ぞわぞわと不快感がこみ上げてくる。
 知らず知らずのうちに、眉間あたりが重たくなっていた。――皺がよっている。その皺を意識して伸ばしてみても、頭痛が残る。
 そっと腕に暖かい手が添えられた。目をやれば、ヴィルジニがこちらを見つめている。こちらの不安を和らげようと微笑んでくれている。
 アキハルがそれになにか返そうとしたとき、ミヒャエルが退室の意を告げた。
「じゃ、私は失礼しますよ。ラーズ、君も戻れ。――それからミヤ。休暇中呼び出して悪かった。ラーズの給料から引いておく」
 給料天引きの発言に、半泣きの女性局員――ラーズが悲鳴を上げる。
「え、やっぱり引くの?!いいいいいくらですか!」
 その反応にミヤモトがあきれた。
「あんたどれだけ金欠なんだよ。局員のくせに」
「ミヤさんの収入に比べたら微々たる物ですよ!」
「いや私は受ける仕事によるんだよ、危険な仕事しないと稼げないし。死んだらそこで終わりだし」
「でも保険金がっぽりでしょう?」
「おまえは何が言いたいんだ・・・」
 こつこつと煙草管を鳴らし燃えかすを捨てながら、ミヤモトはこめかみを押さえた。
 いまいちラーズの性格がつかめず、どう収拾をつけようかアキハルは悩む。
 そのとき、ミヒャエルが子猫を掴むかのようにラーズの襟を引っ張った。
「行くぞ、ラーズ。金額は来月の明細を見ろ」
 ぱたりとドアが閉まり、妙な沈黙が降りた。


 開拓団の面々がぎこちなく動き出そうとする空気になったころ、ミヤモトがぽつりと漏らした。
「ミヒャエルを敵に回しちゃいけないよ」
 視線のみでアキハルたちは疑問を投げ返す。
 ミヤモトは軽く頬を引きつらせていた。
「あの人、クロスアウダの裏町のボスだったから」
「う、うらまち?」
「今は情報部のボスだから。――しかしなんでカイシアにいるんだろ。あの人が出てくるとは思わなかった」
 ミヤモトには「裏町」という単語の説明をする気はないようだ。
 すでに煙草も仕舞い、立ち去ろうとしている。
「しかし大変なことになったね。私は北の住宅地にいるから、なんかあったらまた呼んで。金はとらないよ」
「ああ、・・・あの、すみません。お休み中だったんですよね?」
「うん。でも、クロスアウダとそれを御せてない情報局の人間に腹立っただけ。こうなった以上、あんたらと関わりのあった私を呼ぶのは正解だよ。局は味方と思っていいが、彼らも慈善やってるわけじゃない。だからこそ純粋な局員じゃない私が間に立つべきだとも思ってる。それがマナの望みでもあるし」
 ミヤモトはきれいな顔でにこりと皆に笑いかける。最初ミヤモトに反感を抱いていたアスカとフィフィーだが、すでにそういう感情は見えない。最初のそれが、少なからず同性への反発だったからだろう。今のミヤモトは中性的で、ただ美しい。
 そして美しさのアクセントにさえなっているのが、――腰に差された木刀だ。
 アキハルはその木刀をじっと見つめて―――

「ミヤさん。お願いがあります」

 ミヤモトが驚き瞠目し絶句するのは、数秒後のこと。








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