No.002_19




「単刀直入に言おう。――君たちには約一年間、クロスアウダ市に滞在および、わが市が推薦する他都市への留学をしてもらう」
 クロスアウダの話は、こんなせりふで始まった。
 場所は、また客の少ない大通りに面したカフェテラスだ。こういった店が存在するのは、都市が裕福な証だ。多くの場合、中堅と呼ばれるほどに成長した都市は食料自給率が安定し、人々の暮らしも余裕あるものとなる。
「もちろん君たちには拒否権があるんだが、今ある選択肢の中で一番現実的なものがこれだと思うよ」
「その、・・・・・・選択肢っていうのは」
「一つ、このまま根付く地へ向かう。一つ、君たちを送り出したエウノミア市へ自力で戻る――この場合、クロスアウダ市は護衛役を貸与しない。エウノミア市へのツケという形でお金を貸して、それでもって自力で護衛を探すという手もあるけれどね。一つ、近隣の他都市へ移る――これは、他都市でどういう扱いを受けるかわからないよ。最後に一つ、さっき提案した内容に沿って、クロスアウダ市の完全なる厚意に甘える」
 そこへ、ティーカップが運ばれてきた。
 店員はにこやかにアキハルの前にそれを置く。そして、クロスアウダの前には何も置かなかった。代わりに、まるで親しい人にするかのように挨拶をした。
「よい天気ですね」
「うん。でも風が出るから、午後は気をつけてね」
「ええ」
 それは、ここではごく普通の日常の風景であるかのように見えた。
 現状のさまざまな戸惑いを無視して、アキハルはクロスアウダの提示した選択肢をすばやく反芻し、考える。
 エウノミア市へ戻ることは避けたい。すでにアキハルは第二の故郷である都市の政府を信用できなくなっていた。
 他都市へ移るというのも、どう転ぶかわからない危険な賭けだ。セルシャ市は大変親身になってくれたが、力がないためにアキハルたちに何も出来ないと、市長本人が言っていた。そもそもヴィルジニを抱えているのだ。無駄な移動は避けたい。
 そうなれば二択だ。このまま根付く地へ向かうか、クロスアウダが提案する「滞在」と「留学」――?
「いくつか、確かめたいことがあります」
 アキハルの視線に、クロスアウダは淡い笑みで応じる。
「どうぞ」
「根付く地へと向かう場合、運送屋を貸していただけますか?その支払いは、将来できるかもしれないわが市への借金でも、エウノミア市へのツケでもかまいません。ただし、返済能力は低いでしょう」
 白都開拓団が無事に都市へと成長できるかどうか、今の段階ではわからない。現在の開拓成功率は六十二.七六パーセントだ。
 そしてエウノミア市は、アキハルたち開拓団への成功を望んでいないらしい――。
「一族のマナの同行を許すというなら、彼女への護衛という形で、二人、貸すよ。我が情報局直属の運送屋をね。つまり、タダだ」
 ――ミヤモトも言っていた。「マナの護衛だ」と。
 クロスアウダには、マナを白都開拓団へ同行させるメリットがあるのだろうか?
 そんな疑問をとりあえず脇に押しやり、先に気になっていたもう一つを尋ねる。
「滞在と留学について、理由と内容を詳しくお聞かせ願えますか?」
「そうだね。僕は回りくどいのって好きじゃないから、先に結論を言おう」
 クロスアウダがテーブルに肘をつき、顔をアキハルのほうへと近づけた。
 そして、小さな声で、鋭く。
「君たち開拓団員がエウノミア市で受けた開拓団必修教育は、世界会議で定められた最低履修時間に大幅に足りていないと推測される。だからその未履修を、クロスアウダで履修してもらう。だけど知ってのとおり、クロスアウダ市は開拓団を出さない。だからクロスアウダでは不充分な分野については、他都市に留学してもらって、学んでもらう。それに必要なのが、一年という時間だ。正確には、一年と三ヶ月。場合によっては、二年くらいにまで延びると思う」
 アキハルは息を呑む。
 クロスアウダは、アキハルに思考する間を与えないかのように言葉をさらさらと紡ぎだす。
「君たちがこれを受け入れるなら、クロスアウダは金銭面においても全面協力する。この先障害となるであろうエウノミア市との関係まで、すべてクロスアウダが引き受ける。――ちなみに、全部タダだよ」
 やたら「タダ」を強調したクロスアウダに、アキハルは人臭さを感じだ。
 クロスアウダは都市だ。エウノミアやセルシャ、そして白都がそうであるように、人の姿を模しても、中身は違う。――違うはずなのだ。
「ただ、ですか・・・」
 アキハルは苦笑しながらそう応える。
 クロスアウダはその反応が気に入ったらしく、にこりと笑った。
「君の率直な意見を聞かせてもらえるかな?」
 この短時間から得られた情報と、それを考えた結果を言えば、クロスアウダの最初の提案が一番現実的だった。
 すでにエウノミア政府からの裏切りに――裏切りといっていいと思われる――ついては、あまり思うところがない。落ち込む期間は過ぎてしまった。時期を逃せば落ち込むこともなくことも難しいのが人間という生き物だ。
「――私の個人的な意見ですが、クロスアウダ市のご厚意に甘えるべきだと」
「うん、それがいいよ」
「ですが、それは私一人では決められませんし、熟考のための時間もいただければと思っています。それから、・・・エウノミア市、エウノミア政府のことですが」
 言葉が淀む。思考が淀む。落ち込むことはないけれど、しかし悪意に触れるのはためらわれる。
「・・・私たちは旧マーマー市民ですが、エウノミア発開拓団であることは間違いありません。都市登録権、世界会議への参加権などはエウノミアから与えられるものです。もっと切羽詰ったことを言えば、エウノミア市発行の開拓団身分証、これの効果は二年です。エウノミア市が取り消しを通達してしまえば、もっと早くに。これがなければ、私たちは大地を渡れない」
 つまり。
「あなた方の厚意を受け取った場合、エウノミアからこれらの保証や権利が与えられなくなる可能性があります。それでは、本末転倒だ」
 そんなことを考えていると、いらいらする。
 悪意。駆け引き。また悪意。そして、利益と追求。
 もっとシンプルになればいいのにと思う。悪意も利益も善意も、全部まどろっこしくオブラートに包んで差し出してくるから、どれを取るべきかわからなくなるのだ。
「そしてあなたは、障害となるであろうエウノミアとの関係を、クロスアウダが引き受けるとおっしゃった。どのような策があるのかはわかりませんが、――エウノミアほどの都市から何の後ろ盾もない開拓団をかばうことであなたが得る利益とはなんでしょうか?」
 それだ。
 出来たばかりの若い都市は食料自給率が低く、しかし外から輸入する金もない。輸出する物資がないのだから、そもそも外貨が入ってこない。
 それを立て替えるのが、それらの出身都市――母都市という――だ。食糧自給が安定するまで十年から三十年の間、母都市は子都市を支え続ける。
 当然、かなりの負担になる。だから開拓団を短期間に沢山出すことが出来ない。都市の経済状況にも大きく因る。
 クロスアウダは大都市エウノミアと対立し、さらにこの負担の大きい母都市役を買って出ようというのだ。
「人は利益という言葉が好きだよね」
 クロスアウダ――目の前の人を模した都市は、息を苦笑として吐き出しながら椅子の背もたれに寄りかかった。
「忘れてもらっては困るんだけれど、僕は樹なんだ」
「・・・・・・それらしくない、ですが」
「うん、よく言われる。よく言われるけれど、樹だよ」
 ふっとクロスアウダが視線を移す。それを追えば、カイシア=クロスアウダの基盤樹が視界に入った。
「樹の利益と人の利益はちょっと違ってるかもね。僕ら〈樹〉は世界のすべてを愛してる。君たち開拓団を助けられるなら、僕はそれだけで充分だ。愛しているものを助けたというだけでね。そして僕らには助けられるだけの力はあるんだよ。――これで、どうして助けないでいられるの?」
「―――・・・・・・」
 それが他の樹から出た言葉ならば、これほどの違和を感じなかっただろう。
 クロスアウダはこの短時間でも感じられるほどに「人間らしい」のだ。
 今までエウノミア市からの悪意を感じ続けてきたアキハルにとって、にわかには信じがたい言葉だった。
(愛、だなんて)
 苦笑がこみ上げてくる。
「おや、アキハル。信じられない?」
「・・・にわかには。申し訳ない」
「百年の単位で見たら、母都市にはプラスだ。貿易拡充も魅力的だし、次の開拓団のための中継地となってくれる。それに、世界会議で僕ら寄りの都市が増える。つまり?つまり、自分の版図を広げやすくなるんだよ」
「・・・・・・なるほど」
「人間って面白いな。こんなことで納得するんだね」
「納得というより、安心ですよ」
 ――互いに利益があるとわかれば、遠慮はいらない。そして、利益があるということは結果として裏切らないということ。
 アキハルはそういうものを大学で学問として学んでいる。最初は七面倒なことを思考させる学問だと馬鹿にしていたが、エウノミア政府の悪意を知ってから、利用すべき場面を理解した。クロスアウダからの視線には、苦笑で応えるしかない。
「そうか、安心は必要だね」
 どこまでアキハルの思考を理解したかはわからないが、クロスアウダはうなずいた。
「じゃあ安心してもらえたところで、――君個人の意見でかまわない。どうしたい?」
 樹は嘘をつかない。と、言われている。
 それが本当ならば、――――
「最初と同じです。エウノミア市は第二の故郷ですが、言い換えれば二番目でしかない。残念なことですけれど。そして政府の悪意が明らかである以上、出来ることならば関わりたくない。それだけです」
「では、そのように開拓団のみんなを説得してくれる?」
「説得というか、私の意見として伝えますけど」
「それでいいよ。他の団員は君の事をとても信用しているみたいだから」
「・・・・・・そうだと、いいんですけど」
 アキハル自身はあまりそう思えない。
 ユウセイの助けがなければリーダーという役目は負担が大きすぎてこなせない、ヴィルジニの豊富な知識と冷静な判断にはいつも頼りっぱなし。人を引っ張る力が致命的に欠けているアキハルはにとって、アスカはなくてはならない存在だ。
 頼られる存在ではない。――信用とイクォールで結ばれるものではないけれど、大きく関係するだろう。
(でも、――これで午後からの予定が決まった)
 午後は団員みんなで会議だ。出来ればクロスアウダ〈本人〉か、クロスアウダ政府の意思であると説明できる人間に、同席してもらおう。
 そんなことを考えているアキハルの耳に、クロスアウダの無邪気な声が飛び込んでくる。
「アキハルが納得してくれてよかったー。実は見切り発車で昨日のうちにエウノミアに外交官送っちゃったんだよね。ま、最終手段として『もう無理外交官送ったし』って言うつもりだったからー」
 アキハルはそのせりふを咀嚼し、反芻し、咀嚼し・・・
(――うん?)
「・・・・・・なん、」

 ティーカップを取り落とした。






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