No.002_17



 白き毒は、それ自体はほんのりと温かみを持つ。しかしそれが空中に舞い上がり、日光をさえぎるために、気温は下がった。少々光がさしても、白は光を吸収しないので、日光の温かさは地上にとどまらない。
 緯度が高くなり気温が下がると、毒の量は減る。そのため空気中の毒の量も比例して減り、南部ほどの気温低下はない。――こういった理由から、緯度の高低と気温の相関は非常にゆるやかだ。同じ理由で、季節ごとの温度変化も少ない。アキハルが環境学で習った知識によると、そうなる。
 実際に、白の黎明より以前は、緯度の高低と気温はもっと明確だったという。
 この白き大地を渡るには、それなりの装備が必要だ。まず、服装からして違う。
 毒に皮膚が触れないための、ぴったりとした服。毒に侵されにくい、硬質な皮製のブーツ。寒さを防ぐためのコート。やはり皮製が多い手袋。
 しかし、エナ市からカイシア市への移動には、この装備は不要だった。

「ほんっとに門と門の間に白いところがない!」
 興奮した声を上げたのは、シェローだった。
 そんなシェローのこどもっぽいところに、いつもなら誰かが何か言う。「こどもねぇ」とか「はしゃぐな、恥ずかしい」とか。けれど今日は誰も何も言わない。
 全員、同じ感想だった。
 彼らが振り返る方向には、昨日滞在したエナ=クロスアウダの基盤樹が見える。風もなく、穏やかな時が続いたため、ずいぶんと空気が澄み、その姿は比較的はっきりと見えた。
 そして、広がる白紙地。
 街と街が、白きものによって分断されていない光景である。
「これが世界の街道かぁ」
 ユウセイが感慨深く言い、皆がうなずいた。
 地図では、クロスアウダ市は東西に長く連なる都市群として表記されている。
 目の前にあるのが、その実際の光景だ。
「これが、百キロ以上先まで続くのか・・・、信じられないな」
「小さいころ、見たはずなんだけどね。私、難民やってたときはクロスアウダに滞在してたから」
「俺も。――やあ、ほんとにすごい」
 団員たちの感嘆に、同行者である一族のマナと二人の運送屋は理解を示さなかった。
「早くしないと、凪の時間は終わりだよ」
 ほら、とマナは手振りで団員を急かす。
 アキハルは想いを断ち切って、急かす側に回った。名残惜しさが胸の辺りで主張しているけれど、凪が終われば毒が舞う危険な時間だ。
 カイシア市―エナ市間の門は、大変簡素なものだった。門は本来、都市の外からやってくる者への警戒だ。この門は、同じ都市間の移動だから、当然である。
 手続きも、一瞬。エナ市からカイシア市へ入ったという証明が発行されただけだ。
 カイシア市は中堅にさしかかろうという樹齢の樹が基盤樹となっている。
「――じゃ、私は一足先に庁舎に行ってるね」
 カイシア市入国直後、マナが皆に向かって言った。
 それにうなずいたのは、ササキだ。
「俺も先に行く。――ミヤ、宿舎に案内を頼む」
「はいよ。――じゃ、行こうか」
 別れる予定なんて聞いていなかったが、口を挟む理由もない。アキハルたちはさっさと街の中心へ向かい始めたササキとマナの背中を見送った。



 カイシア市の宿舎は、エナ市より年季が入っていた。エナ市のそれは公務員用の住宅の隅を借りた形だったが、こちらは開拓団と移民団専用である。そのため、大部屋が四つ、あとは二人から四人用の、寝るためだけの小部屋がずらりと並ぶ。セルシャ市もこんな感じだった。
 アキハルたち白都開拓団は大部屋を使うほどの人数は居ない。小部屋をパートナーにひとつ割り振った。
 同室となったヴィルジニは、着替えると早々に寝てしまう。呼吸器に問題を抱える彼女の体力は、他と比べるとかなり少ないのだ。
 心配するアキハルを、彼女は笑顔でなだめた。
「ねえ、クロスアウダの街の様子を見て来て。学べることは多いはずよ」
 真面目なアキハルに、これは効いた。自身さえ、呆れるほどに単純である。
 小部屋を出てエントランスへ向かう途中、談話室がある。そこに、ミヤモトとユウセイの姿があった。
 気になって近づいてみれば、シェローも居る。
「ああ、アキハル」
 美しい人が、こちらを向いて手を上げた。ユウセイとシェローもこちらに気づき、「来い」と手振りで示す。
「どうか、しました?」
 尋ねてはみたが、なんとなく予想はついていた。――今日の移動のこと、そして新しい護衛が決まったかどうか、などなど、開拓団員に知らせていないことは多い。二人はそれをミヤモトに確かめようとしたのではなかろうか。
 案の定、アキハルが手近な椅子に腰掛けると、ユウセイが口を開いた。
「あの、新しい護衛の人の手配はどうなっているんでしょうか」
 ユウセイは少し及び腰だ。道中ずっと、団員全員この美人に距離をとっていた。発する雰囲気が高圧的なのだ。
「それはクロスアウダの仕事だからね。まあ、〈ご本人〉からお達しがあるんじゃないかな」
「ミヤさんが護衛してくれたりはしないんですか?フリーなんでしょ?俺、美人が一緒のほうがいいですっ」
 そう言ったのはシェローだ。彼は、比較的彼女を恐れていない。
「口がうまいねぇ。そうだな、・・・クロスアウダとの今回の契約は一応終わったしね」
「え。マジですか」
「うん。君らの資金力が充分だって言うなら、雇われてもいいよ」
「しきん、りょく?」
 アキハルを除いた全員がきょとんとした。護衛は、開拓団を送り出す市が用意する。つまり彼らに報酬を払うのは、市だ。
 アキハルは青ざめていた。
(ってことは、俺たちはもしかして)
 今の今まで気づかなかった。
 セルシャで護衛を引き受ける運送屋がいなかった、その理由に今、思い至ったのだ。
「・・・開拓団の護衛って、前払いなんですか?」
 恐る恐る尋ねるアキハル。ミヤモトはあっさりと答えた。
「三分の一、前払い。残りの三分の二は、市に取りに行くのが普通だね。目的地までたどり着くのにかかった時間によって値に多少の変動があるし。あとは、移民団の護衛を引き続きやるってのも多いかな」
 間違いない。ほかの運送屋は、前金もない、市政府からの直接の依頼でもない護衛の仕事を避けたのだ。金がもらえる可能性は低いと踏んで。
「なんで俺たちの護衛を引き受けたんですかっ!」
 思わず声が大きくなった。
 彼女らは短期間とはいえ、ただ働きをしたことになる。運送屋の相場は知らないが、高いことだけは想像がつく。――ミヤモトの収入は、超高級品となった煙草をたしなめるくらいなのだ。
「言ったろ、帰り道だから、ついで」
「で、でも、ただ働きってことじゃ・・・」
「クロスアウダから給料出るよ。私は一件ごとに契約するんだ。今回はマナの護衛。だからタダじゃないよ。安心しなって」
 美しい顔で、ミヤモトはからからと笑った。
「ただし、ここから護衛をしろというならもらうよ。値段聞いてみる?言っておくが、安くはない」
「いや、止めときますっ」
 アキハルとミヤモトの会話から、残る二人は事情を理解し始めていた。顔色が悪くなっている。
 改めて、自分たちの立場の悪さを理解したのだ。
(エウノミア政府から、見放されてる。それどころか・・・・・・やっぱり、隠し通せない)
 アキハルは二人の反応を見ながら、重苦しいため息をついた。
「アキハル、なんか知ってるのか・・・?」
 ユウセイが堅い声で言う。アキハルは肯定も否定もしなかった。
 それよりも、気になることがある。
「あの、最初にクロスアウダ政府が護衛を手配してくれると言いましたよね。そのお金は・・・」
「クロスアウダの負担だろ。完全ボランティアか、借金になるかは知らないけどね。まあ、貸しは作っておいて損はない。クロスアウダは世界会議で有利に立つための根回しに金を惜しまないからね」
 都市が出来てもいないのに、借金。
 借金。
 今度は三人そろって頭を抱えた。






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