No.002_12
着替えを済ませて、三人並んですぐ横の庁舎へ歩いて向かう。医務室は、庁舎の中にあるそうだ。
マナは上着と手袋を外しただけの格好だった。いわく、
「あとで白紙地あたりまで出るかもしれないからね」
「お仕事?」
「そう」
「白地地に、何の用が?」
「雑音と静寂を聞きに」
わけのわからない言葉に、ヴィルジニとアキハルはきょとんとしてしまう。
「情報局って、その・・・どういうところ?」
「んー?みんな普通に働いてるところだよ。主に情報管理と入国審査。局員は全員、クロスアウダが直接スカウトしてくるんだ」
「じゃあ、マナたちも?」
都市樹自らスカウトという発言にも疑問を持ったが、どう聞けばいいのかわからないので横においておく。ヴィルジニも、人の話をさえぎるような質問をしない分別がある。
「ううん。私は契約局員。二年契約の、十三ヶ月目。ミヤはフリーの運送屋で、情報局に一年契約で雇われてる。もうすぐ契約切れるんじゃないかな?ササキはちゃんとした局員だよ」
全員立場は違うらしい。だが三人の間にある親しげな空気は、二、三年で作られるものではないだろう。彼らには、もっと何かがある。
エナ市庁舎はまだまだ小さいものだった。人工の建物と基盤となる樹は融合しきっていない。この規模の樹であれば、影響力は直径二百メートル。都市の周囲に広がる白紙地もあわせると、直径三百メートル強だろう。建物も少ないために、街の端から端が見渡せる。
庁舎の南側に、医務室があった。
「暇だったのよ!」とそこに待機していた医者には熱烈な歓迎を受けた。この医者は女性で、ヴィルジニは随分と安心したようだった。
ヴィルジニが診察を受ける間、マナとアキハルは無意味に庁舎の中をぐるぐる歩いた。
庁舎の二階部分に日当たりのいい休憩所を見つけて、二人並んで座る。
「そういえば、お医者さんは女性だったね。めずらしい」
「クロスアウダではめずらしくないよ。カウラなんかでも、女性研究者はめずらしくないって聞いた。エウノミアに男尊の傾向があったんじゃないかな?」
「かもしれない。そういう民族の系譜だって話を聞いたことがある」
初期の入植は、多くの場合民族単位――白き時代の前にあった旧国家単位で行われた。そのために、今でも当時からの「国民性」とでも言うべき文化がところどころに残る。
エウノミアは大陸中央部にいた民族の流れを汲む者が多い。マーマーは若い都市だったので、あらゆる人種がいた。アキハルは極東系と呼ばれる系譜である。
クロスアウダは様々な形で受け入れたために、街によって偏りがあるという。
「こういう開発中の都市に派遣されるお医者さんは、女性が多いの」
「ふうん?なんで?」
「都市開発の人たちって、男の人が主で、家族連れて来られないから」
「あー・・・なるほど」
都市造り初期は力仕事ばかりだ。となれば男性の数が多くなるのは当然。
すると専任医師は女性のほうが喜ばれるのは、これまた当然。
些細なことだが、労働者の意欲は随分違ってくるだろう。政府の配慮にアキハルは深くうなずいた。
「話には聞いていたけど・・・なんだか不思議な感じの入植システムだな。政府がすべて整えてから、入植が始まるなんて。システムだけとれば、衛星都市と似てるけど、それよりもずっと慣れた感がある」
「衛星都市は、あくまで〈首都〉に属する〈小都市〉なんだよ。首都と同じレベルの街を作ることを目的としていない。短い期間の間にいくつも作れないから、やっぱり都市づくりに慣れた人材は育たないんだ。衛星都市の形で都市を広げていくのは理論上効率がいいんだけどね、事は単純じゃない。中央となる基盤樹に、〈首都〉としての能力が備わるまでに時間がかかるんだ。その点を解決するのが、〈挿し木〉なんだけどね」
「・・・ええと、ごめん、よくわからない」
「簡単に言えば、ご存知のとおりクロスアウダしかやらない方法だよ。効率がいいように見えても、リスクがある。ほかの都市は絶対にやらないほどに高いリスクが」
「・・・あとで、聞かせて」
〈クロスアウダ〉は開拓団を出さない。都市の白紙地の端に若木を植樹し、これが充分に機能し始めたら街を作る。入植準備は全て政府の仕事。街が整ってから、市民が移住する。――エナは街が整いつつある段階だ。
この方法で種の版図を広げているのは、クロスアウダだけ。
ヒトと樹が共存を始めて百年以上かけて、開拓団のシステムは作られた。これだけやっていても未熟で、成功率が六十パーセントを越えたのは、つい最近である。それに対して、中央クロスアウダ市が出来たのは二百年ほど前。未登録あわせて、現在は四十ある。発展のスピードはすさまじい。
「四年に一つは都市を作っているって事だよね?」
「うん。そのノウハウを知っている人を、次の都市作りに回す。だから効率がすごくいい」
「へぇ。じゃあここにも、都市造りのベテランがいるの?」
「いるよ」
「話が聞きたいな。時間、作ってもらえるかな」
「頼んでおくよ。きっと平気」
開拓団は都市を造らなければならない。けれど、それは全員知識だけ詰め込まれた素人だ。白き大地を渡り、植樹し、悪環境で都市を造る。これに耐えられるのは若く体力のあるものだけ。だから開拓団の参加には十八歳から二十五歳までという年齢制限があるし、健康診断や体力テストにも合格しなくてはいけない。ヴィルジニが残ったのは、奇跡的である。
「――ヴィルは、大丈夫かな」
ぽつりとつぶやいた。
「なんとも言えないね。呼吸器が弱いのは致命的だ」
「最初からわかってる。だけど、ヴィルは、マーマーを名乗るくらいだから、責任感じてるんだと思う。それで、無理してる」
「責任?」
マナはたいそう驚いた様子だった。
アキハルたちの年齢では、故郷マーマーを去ったとき十歳前後。そんなこどもに、都市滅亡の責任があろうはずがない。そう思ったのだろう。
「ヴィルジニは・・・ヴィルジニ・マーマー?そっか、マーマー成立時の、開拓団の子孫なのか。シェローもそうだよね?びっくりした、そんな理由で、参加してるんだ」
「うん、シェローもそうだけど・・・ヴィルの家は、崩壊当時も政治に深く関わってたんだ。――それにしても、ヴィルに責任はない。あんなにがんばることはないんだ。なんで、開拓団なんかに・・・・・・」
アキハルは真剣に言ったのに、マナは小首をかしげ、梢が風に鳴るように笑った。
一瞬、彼女が無神経に笑ったのかと思って睨む勢いで隣に座る彼女を見る。
「なるほど、なかなかの朴念仁だ。苦労してそうだね。第三者から無責任な意見を言わせてもらえば、あなたは怒っていいと思うよ、ヴィルジニ」
マナは立ち上がって、招くように手を差し伸べた。
廊下の影から、おずおずとヴィルジニが姿を現す。顔には、困ったような微笑。
「・・・どこから、聞いてたの?」
聞かれて悪いことは言っていないが、驚いてたずねる。
ヴィルジニははっきりと答えなかった。
「ありがとう、アキハル。私は大丈夫。怒ったりもしないわ」
「・・・・・・マナの言う、怒られる理由がわかんないんだけど」
「いいの。そういうところが好きだから」
マナは肩をすくめて笑っている。
「ま、名誉挽回ってやつだよ。これでアスカとフィフィーに口をきいてもらえるかな?」
「私からも言っておくわ。ありがとう」
女二人の会話に、アキハルは疑問符を浮かべるばかりだ。
小鳥のように二人が笑いあっている。ヴィルジニが笑っているなら、それでいいかなぁと思えてしまい、アキハルは自分に少し呆れた。
そのとき、廊下の端から声がかかった。
「マナ」
張り上げていないけれど、よく通る低い声だった。見れば、ササキが立っている。
「ちょうどよかった。アキハル、君も。話がある」
こちらへ歩いて来ながら、ササキが言う。
マナがすっと表情を引き締めた。――というよりも、顔をしかめた。
「いい話じゃなさそうな雰囲気だね」
「・・・・・・いい知らせじゃないのは確かだが、先回りして不機嫌になることはないだろう。せめて聞いた後にしろ」
ササキはとくに表情を変えないが、呆れているようだった。
そんなササキに、ヴィルジニは会釈する。ササキは、「ああ」とうなずいた。
「――診察は終わったのか。どうだった?」
「終わりました。特に問題はないと」
「よかった。でも、今後も気をつけたほうがいい。肺の病は後に引く。――あと、アキハルを借りるが問題ないか?」
「ないですよ。開拓団のほうは私が」
「よろしく頼む。くれぐれも無理をしないでくれ。――じゃあ、マナ、アキハル。行くぞ」
さっさときびすを返し、ササキは歩き出した。二人がついてくるかどうかの確認などすることもない。
マナは不満そうに一息ついて、小走りでササキの背中を追った。
「あ、じゃあヴィル。気をつけて。あとでまた、話を・・・」
「ええ。行ってらっしゃい」
ヴィルジニが微笑んだのを見て、アキハルは安堵した。