No.002_09 [Songs for MANA]




 特殊構造のテントは、外界と空気を交わらせることをしない。ゆえに、浄化装置を取り付けなければ数十分でテント内の酸素を使い果たすことになる。
 白き毒に犯されない特殊加工の浄化装置が、低い唸りを上げて回転している。――四人用のテントは、ミヤモトとササキが基地としているクロスアウダ市を発つときに、クロスアウダ政府から支給されたものだ。浄化装置も同様。どちらも科学都市の異名を持つカウラ市から輸入したものだから、性能は確かだ。
「頭が痛い話だよ。何の因果で、エウノミアからあんな辺境にまで」
 ミヤモトが眉間にしわを寄せたまま、首を左右に振った。――すらりと伸びた四肢を持つ、運送屋の女性である。首筋を覆うほどに伸ばされた赤みの強い髪が揺れる。落ちてきた前髪を片手で掻き揚げたときに現れる顔は、美しいが少々きつい。
 嵐の直前に、開拓団用テントから呼ばれてやってきた、開拓団リーダー・アキハルは黙ったまま視線を伏せた。
「みんなには、伝えたほうがいいでしょうか」
 アキハル――無表情だと不機嫌にさえ見える、真面目さがあらわになった顔立ちの青年は、見た目の通り真面目に悩んでいる。こんな気質だから、エウノミア政府に言いくるめられて、こんなろくでもない開拓団のリーダーになったのだろう。だからマナは、内心彼が嫌いだった。
 この事態を聞いたとき、ササキは本気で嘆いていた。「エウノミアは滅びの道を歩むつもりか」と。実際は、すぐにミヤモトの不機嫌をなだめるのに気を取られることになって、まともに嘆く暇もなかったのだが。
「いいかアキハル。おまえたちが行くのは、平均の三倍の道のりだ。平均値の倍を行くというのは聞かないわけじゃない。アトラス種は巨大に成長するから親木からかなり遠くに根付かなければならないからね」
 はい、と暗い声でアキハルがうなずく。
「しかし白都はヴェニス種だ。この種がそれほど遠くに送り出されるなんて話、聞いたことがないし、平均の三倍なんてまともに考えてありえない。――これは団員には言ったほうがいい。他の都市で、変な形で自分たちの立場を聞かされるよりも、冷静なときにおまえの口から聞かされるほうが、マシだ」
「わかってます。・・・だけど、なんと言えばいいのか、わからない」
 頭を抱える年下の青年に、ミヤモトはやれやれと首を振った。
「とりあえず私たちに出来るのは、エナ市までの護衛だ。後任はちゃんとクロスアウダ政府を通じて探してやるから心配するな。根付く地も、うまくすれば近場に変更できるかもしれない。――だから事前に、団員に現実を話しておけと言っているんだ。希望を失くすためじゃない」
 アキハルは、ため息と共にうなずいた。
 それを最後に、テントの中から声が途絶えた。――聞こえるのは、浄化装置の駆動音と、風がテントに当たる音。ひらひらと、ぱたぱたと。それほど強い風ではない。けれど白き毒は軽くて、すぐに風に巻き上げられる。あっという間にあたりは毒に染め上げられるのだ。そしてそれが収まるまで、最低半日かかる。
「・・・暇」
 ぽつりとマナが呟くと、ササキがほんの少しだけ笑った。――ササキもミヤモトと同じ、運送屋の一人だ。運送屋に適した体躯を、狭いテントの中では窮屈そうに曲げている。
「寝ていればいい。――アキハル、君も」
「今寝たら、起きたとき夜だよ。どうせ夜は歩けないんだから、また暇なんだ」
「マナ、不機嫌になるな」
「なるなって言ったってなるよ。私が白都と約束してなかったら、アキハルたちはどうなってた?私がミヤとササキと一緒にいなかったらどうなってた?――これだから嫌になる。人間ってほんと、信じられない生き物だ」
「マナ」
 声を荒げることなく、ササキが強い口調でたしなめる。
「おまえも人間のうちの一人だ。俺も、ミヤも。アキハルたち開拓団の人々だってそうだ」
「・・・・・・ごめんなさい」
 わかっている。そんなことはわかっている。――けれど、それで苛立ちが収まるわけではなかった。
 アキハルが不機嫌なマナを窺っては視線を逸らす。そのアキハルの行動にさらに苛立って、目が合った瞬間ににらみつけた。アキハルは、あわてて視線を逸らした。
「そんなに暇なら――」
 マナとアキハルのやりとりを見ていたらしい、ミヤモトが苦笑を漏らした。
「――話でもしようか」
「話、ですか?」
 アキハルが首をかしげる。
「そう。たいして楽しい話でもないが・・・ないよりマシじゃないか?」
「どんな話を?」
「世界崩壊と創世の話。――受け売りだけれどね」
「旧世界の神話か何かですか?」
「違うよ。聞いてみればわかる。――なぁ、ササ」
 にやっと笑って、ミヤモトはササキに視線をやる。
 ササキは顔をしかめた。
「俺が、話すのか」
「おまえ、良き語り部だからね」
「・・・まあいい、暇なのは確かだ。時にはそんなのもいいさ――」
 浄化装置の静かな駆動音。テントの外からかすかに聞こえる、静寂のアリア。
 そこに、低く眠気を誘うササキの語りが加わる。
「――白の黎明と呼ばれる時代は、決して明るい時代ではない。白き毒の侵食によって人類は極地か海上へと追われ、そのほかの多くの生物は死に絶え、植物は枯れた」
 マナは膝を抱えて目を閉じた。
 耳に心地よいササキの語りを聴きながら、世界崩壊の物語へ、思いをはせる。






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