No.002_07




 開拓団はパートナー制だ。将来的もしくは今現在夫婦である男女、二人一組が最小単位になる。だから開拓団のメンバーは必ず男女比一対一、人数は偶数だ。
 アキハルのパートナーであるヴィルジニは、呼吸器に問題を抱えていた。
 根付く地へと向かう途中に体調を崩し、そのまま置いて行かれてしまう開拓団員の話は、決して珍しくない。故郷を出てたった八日で入院に至ったヴィルジニの存在は、メンバー全員の不安をあおっていた。
 アキハルには、彼女をおいていくつもりは毛頭ない。しかし世間的には置いて行ったとしても非難されないところまできている。
「置いていくパートナーの代わりを、途中の都市で調達、って話も聞かなくはないよねぇ」
 ミヤモトはお茶をすすりながら言う。
 場所は変わらず宿舎の食堂である。ただし、そこにいるのはアキハルとミヤモトだけだ。三十人ほどがいっせいに食事を取れるだけのテーブルと椅子が並べてあるが、今はがらんとしている。お茶は、設備を勝手に使って淹れたものだ。
「ええと、すみません。あんなに反対されると思わなくて、・・・ヴィルジニのことは、・・・みんな、置いて行きたくはないって思ってます。でもこれだけ長引くと、そうしなきゃならないかもしれないから、不安で」
「いやぁ、・・・ま、お茶飲みなよ」
 出されたお茶は、黒っぽい色をしている。独特の香りで、アキハルはそれを良い匂いだとは思えなかった。
「これ・・・」
「あら、飲んだことなかった?毒矯めだよ」
「毒・・・矯め?」
「フローレンス種っていう樹の葉を、揉んで蒸して乾かしてある。発酵もさせてたっけな。白き毒にやられた内臓を修復してくれるそうだよ」
「はあ・・・おいしくない、ですね」
「でも、苦くはないだろ?良薬なんだけどね。体の不調の大半の原因は、毒のせいだと言われているこの時代にとっては万能薬さ」
 フローレンス種は、別名医樹種とも言う。有用で有名な種なのだが、脆弱で、独立した都市を形成したことはない。大きな都市の、衛星都市のひとつとして植樹される。
「確か、エウノミアでもフローレンス種の植樹計画が出ていました」
「ああ、こじれてたんだろう?」
「詳しくは、知りませんけど・・・」
 ずいぶん前からその計画だけはあって、なかなか実行されない、というのがアキハルたち一般市民からの印象だ。
「エウノミア政府はここんところ孤立してるんだ。フローレンス種の苗木を譲ろうと当初言っていたのはクロスアウダなんだけどね。――ま、今話すことじゃないか」
 政府が、孤立。
 ピンとこなかった。
 アキハルにとって、と言うよりも都市から出ることなく一生を終える人々にとって、暮らしている都市がすべてであり、世界そのものなのだ。外交という言葉はあるが、貿易もままならない現代において、それほど重視されていない。
「あ、煙草いい?」
「構いませんけど」
 ミヤモトは懐から木目の箱を取り出した。刻み煙草を煙草管の先に詰め、そして同じ箱に入っていたマッチで火をつける。
 白の黎明以前には一般的な嗜好品だったというが、今では高級品過ぎて出回らない。――そう、高級品である。それを持っているこの美人は、一体どれだけの収入があるのだろうか。
「――で、だよ。アキハル」
「はい」
「あんたは意外と、甲斐性がないね」
「・・・・・・」
 アキハルは沈黙した。返す言葉がなかったというよりも、唐突にそんなことを言われて驚いたせいだ。
 驚かせた方はといえば、煙草管を口から離し、「フィルターの替え時かねぇ」とつぶやいている。
「あの、俺・・・」
「女は怖いよ。開拓団の護衛を三度やったけど、女は怖い」
「アスカたちのことですか?」
「うん。最初にふざけたマナも悪いんだけど、それにしちゃ過剰な反応だと思ってね。――ねえ、あんたとヴィルジニさんって、うまくいってる?」
 ミヤモトは躊躇いなくそんなことを言う。
「・・・うまくいってない、とは思えないです。もともと口数多いヒトではないから、会話は少ないけど」
「そっか。で、あんたはこんなこと聞かれる理由、よくわかってないだろ?」
「・・・・・・はい」
 ミヤモトは煙を吐き出して、ははっと乾いた笑い声を上げた。
「女の子たちはみんな、仲がいいんだな」
「はい」
 仲が悪い人間同士で開拓団はやっていられない。
「んじゃ、ヴィルジニは、アスカとフィフィーに、お前との仲がうまくいってないと相談していると思うよ」
「・・・え?」
「そこにお前はマナを連れてきた。浮気相手と言われて当然だ。――言っとくけど、あの子はあんたのパートナーにはなり得ないからね。血迷うなよ」
「俺は浮気なんて・・・」
 マナとは今日知り合ったばかりだ。そうだと説明した今でさえ浮気を疑われるのは心外だった。しかしミヤモトは「浮気相手と言われて当然」などと言う。アキハルは反論する気にすらなれない。
「・・・・・・女心がわかりません」
「私もあんまりわかんない。けどね、女たちのごたごたっていうのは、男の行動ひとつで変わる。私が言えるのはこれくらいだね。――詳しいことはササに相談してごらん。あいつは意外と経験豊富だよぉ」
 意外だ。
 思わず口にしてしまうと、ミヤモトは遠慮なく声を上げて笑う。
「だよねぇ、朴念仁っぽいよねえ?」
 そのとき、前触れなく食堂の入り口のドアが開けられた。
 開けた人は、あきれた視線を笑っているミヤモトに注ぐ。――ササキである。
 彼の反応から聞かれていたらしいことをアキハルは悟る。そしてミヤモトは、聞かれていると知っていながらもあんな発言をしていたであろうことも。
 ササキは先ほどまでの会話に言及しなかった。
「セルシャの入国管理官が呼んでいる。滞在許可の延長がまだだろう。二人とも来てくれ」
「はいよ」
 ミヤモトが腰を上げながら煙草をしまっていく。
 アキハルも立ち上がる。そしてすでに背中を向けたササキの後を追った。







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