No.002_04
通された先は、セルシャ市役所の一室――〈心室〉と呼ばれる場所だった。
市役所は、どんな都市でも街の中心にある。植樹時に、若木の隣に建てられるそれは、やがて育っていく基盤樹に飲み込まれる。役所の増築も重なり、いつしか樹と人工物が融合した空間が出来上がっていくのだ。
中でも〈心室〉と呼ばれるのは、最初に基盤中の傍らに建てられたものを言う。セルシャほどの都市となれば心室は樹の奥深くにあり、政府の主要な人物しか立ち入ることの出来ない領域となっていた。
「そういえば、名前を聞いていなかった。俺は、ササキ・フリモアテ=ノア」
ササキ、と呼ばれていた男がいまさらのように言い出した。
すると、いっせいに六つの目がアキハルに向いた。――マナと、ササキと、そしてミヤモトの。どうにも誤魔化しきれない居心地の悪さに拍車がかかる。
「・・・・・・里見明晴です」
「へぇ、極東系か、めずらしい」
そう言ったのはミヤモト――きつい顔立ちの美人である。美女といってしまうと、何かが違う。すらりと長い四肢を優雅に組んで、なぜかアキハルに緊張を感じさせる笑みを向けてくる。
「私はミヤモト。本名じゃないんだけどね、今はそれで通してる」
「本名では、ない・・・?」
「込み入った事情があって。生まれたときにもらった名前はミヤ。ミヤ・マルテナ」
「え、本名・・・」
「マルテナの名前を外で呼ばないでほしいだけなんだ。自分の護衛役の本名は、知っておかないと、いざって時に困るだろ?」
マルテナの名に聞き覚えはなかった。しかしそれよりも重要なのは、その後に彼女が言った言葉。――「自分の護衛役」?
「護衛を引き受けてもらえるんですか?!」
まだ詳しいことはほとんど話していないというのに。
その疑問に対して、ミヤモトは肩をすくめた。
「ここに着いたその日のうちに、セルシャ政府で噂を聞いたよ。この結果は予想のうちだ」
「でも、すぐに決めてしまって平気なんですか?」
「落ち着いて聞いてほしいんだが、護衛ができるのはエナ=クロスアウダまでだ。どうせ帰り道からね」
「エナ=クロスアウダ・・・」
頭の中に世界地図を広げる。
クロスアウダ市は連結都市と呼ばれる、東西に伸びる大規模な都市郡だ。エナの名は聞いたことがなかった。情報伝達をもっぱら人の足に頼るために、知らない都市があったとしてもおかしくない。それを察したのだろう、ミヤモトが重ねて言う。
「エナはまだ正式登録されていないから、知らないだろうね。ここから二日ってところだな」
「二日・・・」
たった二日。
その数字に、先ほどの喜びが萎れていく。
「アキハル」
「すみません、進めるだけでも、ありがたいんですけれど・・・」
「アキハル。後任はクロスアウダ政府を通じて探してやる。セルシャで探すよりも、よっぽど早いはずだ。もともと、私たちがマナと一緒に来た理由でもあるんだ」
ミヤモトの言い分に、戸惑い首をかしげる。その説明を受け継いだのは、ササキだった。
「君は、マナが君たちの開拓団についていくことを承諾したんだろう?」
「はぁ・・・俺自身は、来てくれてかまわないと思っています。ほかの団員に話を通さないことには・・・」
「マナがついていく場合、君たちの護衛役があまりに頼りにならない人間だったら、エナに立ち寄って別の運送屋を手配するようにと指示を受けている。ふたを開けてみると、随分愉快なことになっていたが」
一ミリも愉快さを感じられない口調で彼は言った。
「愉快ではないですが」
「怒るな。――以上の理由から、クロスアウダが人員を用意していると思う。すぐには無理でも、一週間もあればいいだろう」
「・・・・・・」
ササキの言うことが本当であれば、確かに提示された案は、今の状況において最良だろう。
もちろん開拓団のほかの面々に話を通さなければ、決められない。リーダーたるアキハルに最終決定権はあるが、独断していいわけではないのだ。
「・・・・・・開拓団のみんなに、会っていただけますか?」
アキハルの言葉に、ミヤモトが微笑み、ササキがうなずいた。
「最初からそのつもりだ。さっさと話をつけよう」