No.002_03


 白き毒が大地を覆い尽くした。――そのときから、大地はヒトのものではなくなった。ヒトの居場所は、白き毒の届かない南北の極地か海中の都市になる。
 そんな過酷な環境下で、木々は数百年かけて巨大に成長した。
 幹の周囲約十五メートル、高さは約三十メートル。それが現在、ヒトが暮らせる都市の基盤樹として生きているものたちの平均値だ。
 セルシャはまだ若いほうに分類される都市だ。ヴィーナス種と呼ばれる、若いうちから大気の浄化に優れ、白い肌と薄いオレンジ色の花が美しい樹だ。大きさは、平均値より少し小さい。現在は衛星都市の植樹計画が進んでいる。
 そんな都市の端に、運送屋達の集う場所がある。


 ゆっくりと流れていく雲が、なんとも言えず優雅だった。空の色に白さが映える。
 だが。
 アキハルはそっとため息をついて、優美な景色から現実へと意識を戻した。
「やっぱ賭けとこうかな」
 となりで少女がつぶやき、何のためらいもなく賭けを楽しむ男たちの輪に入っていく。場馴れした少女を、彼らは面白がって迎え入れる。
 運送屋という職業は九割を男性が占める、男社会だ。もちろんこの場に女性も見受けられたが、そのノリは男たちとなんら変わりない。喧嘩をはやす、ただの野次馬だ。
「開拓団の人間だろう?見ておけ。運送屋がどんなものか、知って損はない」
 半眼になっているアキハルの傍らで長身の男がそう言った。
「腕っ節だけで生きているから、それを誇示したがる。喧嘩はそのための手段。俺たちには必要な、日々のイベントだ」
 一重まぶたに切れ長の目、その奥からアンバーの目がのぞき、鋭い眼光を放っている。薄茶色の髪は背にかかるほどで、無造作に低い位置で束ねられていた。肩幅も筋肉もしっかりあるようだが、巨漢という印象はない。年は三十前後といったところか。腰には運送屋であることを示す木刀を下げていた。
「いや。別に誇示したいとかはいいんですけど、ねぇ・・・。この騒ぎようには引きますよ。たかが喧嘩で、なんでこんな、」
「きみはどこの出身だ?」
「・・・エウノミアです」
「高学歴だろう?大学か?少なくとも、農学部じゃない。経済とか、政治とかだな」
「・・・なんで、わかるんですか?」
「勘かな。畑耕してる人間はもっと土臭いものだ」
「なんですかそれ」
「お上品だと言ったんだ。言い方を変えるなら、箱入りの坊ちゃんか。舐められるだろう?」
「ほっといてください」
 憮然として口を尖らす。すると男は肩を震わせて笑った。
「要は慣れろと言ってるんだ。面白みのない人間は、排斥の対称になるからな。違うか?」
 排斥。
 その響きが妙に耳に引っかかる。
「あなたは、・・・失礼かもしれませんが、言うことが運送屋らしくないですね」
「そうかもな」
 怒る様子もなく、男はあっさりと肯定した。
 らしくないのは、言うことだけではない。運送屋はもっと気性が荒いものだ。アキハルのことを「お上品」といったが、この男も「お上品」の部類に見える。
 そこへ少女――マナが戻ってきた。複雑な模様が掘り込まれた木片を何枚か手にしている。
「なにそれ」
「賭けするときのチップ。勝ったらお金と交換してもらえるの。ほら、いちいち誰がいくらってメモするの面倒でしょ?喧嘩ってしょっちゅうあるし。――アキハルも買ってきたら?」
「いや、べつにいいです」
 ギャンブルに興味は湧かなかった。
 運送屋の事務所は、各都市最低一つはある。都市外郭にあり、運送屋の仕事の斡旋から簡易の宿泊施設、飲食店、そして訓練場を併設、提供する。
 訓練場と言ってもただ広く土地がとってあるだけ。そこに朝っぱらから三十人弱が集まって喧嘩の観戦をしているのだから、非常識な世界という感想を持つのも仕方ないことだと思いたい。
 アキハルは半眼でフィールドを見遣る。
 フィールドに立つのは二人。片方は見るからにいい体格の男。木剣を構える姿に隙はなく、いかにも強そうだった。
 対峙するのは木刀を無造作に構えた女だ。肩幅も身長もあるが、一般的な女の域を出ない。男と向かい合えば充分か弱く見えた。赤みの強い茶の髪が、白い肌に映える。何よりも印象的なのはその顔で、好戦的にゆがんだそれは衝撃的なほどに美しかった。思わず目を見開く。
「超美人・・・」
「だよねー」
 アキハルのつぶやきにマナが賛同した。
 マナは地べたに座り、すっかり観戦者となっている。周りを見渡せば、そんな人間も多い。
 アキハルもマナのとなりに腰を下ろした。
「あのさ、日常なの?これって」
「日常だよ。あ、でも仕事中の人はやらないよ。かすり傷一つが、白き大地では命取りだって言って。なんだかんだで、みんなケジメはきっちりしてる」
「ふうん・・・」
 少なくとも護衛中に騒ぎを起こしはしない、ということらしい。運送屋と言ったら、血の気が多くて、後先考えない人間が多そうなイメージを持っていたが。
「マナ、ところでそれは誰だ」
 頭上から疑問を挟んだのは、あの長身の男だった。自分のことを問われたのだと察して、反射的に顔を上げた。――これがマナの言った「一緒に来た人たち」のうちの一人だろう。紹介さえされていないが。
「ああ、んーっとねぇ」
 マナが答えようとしたとき、フィールドで動きがあった。
 歓声、怒号、そしてどよめき。
 膝をついたのは、男の方。
 女は隙なく木刀を構え、――勝利の微笑を浮かべている。
「やりぃ!」
 隣でマナが跳ねるように立ち上がって、ガッツポーズ。どうやら賭けに勝ったようだ。その周囲でも歓声と拍手が沸き起こっている。スタンディングオーベーションだ。
 アキハルはやれやれと腰を上げた。何をしに来たのか、この少女はすっかり忘れてるんじゃなかろうかと危惧しないわけにはいかなかった。
 フィールドでは、両者が武器を戻したところだった。
 女が口を開く。――大勢の歓声の中でも良く通る、美しい響きのアルト。
「相手の実力見破れなきゃ、早死にするよ。次回からは自慢げに名乗る前に、相手の名前を聞いとけよ」
 その美しい容姿と声に似合わず、喋り方は粗暴だ。
「――言っただろ、弱い男は嫌いだ」
 ざっくりと言葉の刃で相手を切りつける。
「私の名前聞いたって無意味さ。ころころ変わるんだから。――ああ、変わんないのもなくはないよ。十五のときから変わってない。それ聞いたら満足か、負け犬」
 女の言いように、観客からはげらげらと笑いが起こる。
 口の端に浮かべた笑みを消し、その瞳に鋭い光を宿し、――彼女はその名を告げる。
「破壊の女神」
 一瞬その場の温度が下がったのは、朝の空気を含んだ風のせい、ではないだろう。
 ほとんどの人間が、驚きを見せたのだ。
 運送屋と縁遠く育ったアキハルにはさっぱり聞き覚えのない名前だった。なんの捻りもないネーミングだなぁという感想だ。
 そのとき、マナがひょいとフィールドへ飛び出した。
「ミヤ!」
 そう呼びかけて、先ほど勝利した女へと飛びつく。
「おかえり!――見てたのか?」
「ちょうど始まる頃に帰ってきたのー。えへへ、賭けといたよ」
「あ、そういえば。――おいこら、そこの。三割は横せっつっただろ。持って来い」
 女は抱きついていたマナを引きはがして、賭けの元締めのもとへ行ってしまう。
 マナはぞんざいにあしらわれたことに腹を立てた様子もなく戻ってきた。
「あの人がミヤモトっていうの。この人はササキ」
 アキハルはあさっての方向を向いて、ため息を吐いた。
(なんて最悪な第一印象!しかもなんて紹介の仕方!)
「あのね、ササ。開拓団の護衛やって欲しいんだけど、だめかな?」
 紹介すらしてもらえないまま、話が本題へと移る。
「ええ、と。マナ・・・」
 所在無く視線をさまよわせる。そんなアキハルの肩に、ぽんと手が置かれた。――手の持ち主は、マナにササキと呼ばれていた男。
「なんとなく事情は読めた。話を聞こうか」
 互いに名乗りあってすらいない初対面の相手だが、救世主のように見えたから不思議だった。






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