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No.002_00
花と水の都と呼ばれた、街中を水路がめぐる美しい都市を去ることになった時、アキハルは十歳だった。
人々は皆俯き、暗い顔をしていた。白き大地で都市樹を失った人々が生きていける方法などないからだ。それならなぜこの都市を去るのかと問えば、間もなく滅びを迎えるからだと教えられた。
「白き毒に追われ極地へと去る祖先はこのような気持ちであったか」、と誰かが歌劇の一説を諳んじた。それを聞いた周囲の人々は、声を押し殺して涙を流した。
泣くほどに故郷を愛するなら、なぜ滅びを見届けてやらない。
その問いかけに、返答はなかった。
そうして美しき花と水の都〈マーマー〉の市民は難民となり、面倒な手続きを経て新たな都市へと迎えられた。
その時に見た、花の降り注ぐ風景が忘れられない。花びらが日の光をやわらかく受け止め、はらはらと落下し、積もる。
美しさに唖然とした。
鮮烈という言葉の意味を知った。そして新たな故郷となる都市が、歓迎してくれているのだと思った。
後にそれを言うと、両親に笑われた。
いくら年中花をつける都市樹とはいえ、降るほどの花をつけるのは初夏に限られている。移住したのは冬だから、花は一番少ない季節だと。
ならば、今でも鮮明に思い出せる景色はいったい何なのだろう。
疑問を抱えながら生活するアキハルの耳に〈マーマー〉の崩壊が伝えられたのは十五の歳のことだった。
そして疑問を抱え続けて、更に四年という年月が流れる。