No.001_04


 太いのから細いのまで、様々な大きさの根が張り出したその空間が、地下水路と呼ばれる。
 なんのことはない、地中深くの水脈だ。そこに根が到達し、発達させ、出来上がるのがこの空間だった。巨大な都市になると、ここを人の手で整備する。根の管理をするためだ。
 ネールラは入植から五十年の若い都市で街全体が貧しく、そんなところにまで予算がまわらない。
 湿っぽい洞窟、といった感じだろうか。
 洞窟というものを記録映像でしか知らないから、はっきりとたとえることは出来ない。
「・・・予想はしていたが、なるほどな。これの責を人にばかり問うわけにはいかないようだ」
 男がそんな呟きを漏らし、カンテラで行く手を照らした。
 水音が絶えず聞こえる。空気は湿っていて、下手に周囲に触れると土がぼろぼろと落ちてくる。
 ここを流れる水は、清浄とはいえない。もっと深いところの水脈は何百年という単位で浄化されたものだが、このくらいの深さでは白き毒に汚染されている。都市樹はこれを汲み上げて浄化し、人に提供するのだ。
 男はその辺で待っていろと言って、太い根を調べ始めた。
 女の方はといえば呼吸こそ落ち着いたようだが、ぐったりしている。太い根と根の間に体を預け、目を閉じていた。
「・・・・・・大丈夫、ですか?」
「ああ、ただの発作だよ。でも、早く樹からの浄化を受けられなければ死ぬかもね」
 嫌なことを、冗談抜きで言う人だ。
「・・・・・・ネールラに、そんな余力は、ありませんよ」
「面白い人だな、目の前で死に掛けている人間に、たぶん死ぬだろうと言うなんて」
「すみません、・・・でも、」
「いいんだよ。白き大地を渡って生きていくことを決めた瞬間に、覚悟しなければならないことなんだから。身辺整理も出立前の遺書の書き換えも、運送屋なら当たり前。――年寄りに言ったら怒られるんだけどね、いつ死んだって悔いはないんだ」
 彼女は弱々しくまぶたを持ち上げたが、その奥にあった瞳には力強い光が宿っていた。
 肺を病んだ運送屋は珍しくない。白き大地を渡り、樹からの浄化が間に合わず、悪化して死んだなんて話、それこそそこらじゅうに転がっていた。
 そのとき、屈みこんで根を調べていた男が、大きな体躯を持ち上げた。
「ミヤ、刀を貸してくれ」
 刀?
 と、首をかしげていると、女は体を浮かせて腰から鞘に収まった短い剣らしきものを抜き取った。
 反りが入る片刃の剣は極東系の民が使うもので、刀と呼ばれる。
 樹が金属の武器を嫌うことから、運送屋たちは木剣や木刀を主に使う。しかし白き大地は危険に満ちているから、銃や本物の刃が入った剣も持っているのが普通だ。都市に入国するときには、税関にそれを預ける決まりになっている。
「・・・あんまり乱暴な扱いしてくれるなよ」
「非常事態だ。そうも言っていられない」
「研ぎ師のおっちゃんに、この前も怒られたんだよ・・・勘弁して」
 何を始めるのかと思えば、男は刀を抜いて根に刃を当てた。
 私は驚いて、言葉が出てこなくて叫ぶ。
「なっ!」
 言葉より先に、体が動いた。――縋るように、私は男の腕をつかんでいた。
 立派な体格の運送屋相手に、よくもそんなことをできたものだと後から思った。
「な、・・・何をするんですか!」
「どいてください。斬れますよ」
「斬れる?!ネールラに何をするんですか!」
「毒に汚染されている。これを取り除くんです」
「汚染?!それは薬品で取り除くものでしょう?!なんだってそんな物騒な・・・!」
「薬で間に合うレベルじゃない。そもそもその薬品とやらはどこですか?下がってください、どうせ一か八かなんですから」
「一か八かですって?!」
 もう、悲鳴になっていた。
 それを止めたのは、女の弱った声だ。
「黙ってろ、アス〈エルネルラ〉。そいつは樹医の教育も受けてるから、そんなに心配は要らないさ」
「でも・・・!」
「わからないのか。一番痛いのは、ネールラだ。けれどその痛みを避けるために滅びを肯定するのは間違ってる。――その痛み、あなたがまず受け入れろ。そしてネールラに滅びるなと言ってやれ」
 それだけ言って、女はまた目を閉じた。呼吸の質が変わる――、眠ったらしい。不安定な場所で眠るその器用さは、過酷な大地を渡る運送屋たち共通のようだ。
 私は男のほうへ目をやった。
 カンテラで照らして、根の変色した部分を確かめ、躊躇いなく刃を振り下ろす。時に、木の繊維が断ち切れず、かなり乱暴に引きちぎったりする。
「浅いな・・・。となると、元凶はもっと太い根か。いやそれとも・・・」
 彼はそんなことをつぶやきながら、根が入り組んだ奥へと進んでいく。
 ふいに気がついたように振り返り、私に言った。
「ちょっと、ついてきてもらえますか?」
「どこへ行くつもりですか?」
「西側へ。私の予想でしかありませんけど。――でも予想通りなら、あなたは見ておくべきでしょう」
「・・・いいですけれど、彼女は・・・・?」
「放っておいて平気です」
 随分と、冷たく聞こえた。
 運送屋たちはこういう傾向がある。求められない限り、手を貸そうとしない。それが白き大地で生きるということなのだと、昔知り合いの運送屋から聞いたことがある。
 それでも、若い女性がぐったりとして寝ているのを放って行くには抵抗があった。
 そんな私のためらいには目もくれず、男は先に進んでいく。私は仕方なくついて行くことにした。
 根に守られた空間だが、時折足元に水がたまっている。土の中でのみ生きる生き物が顔を覗かせたりする。
「・・・地下だと、まだ生き物がいるんですね。地上は、羽虫すら滅多と見られなくなったのに」
 そんな呟きを洩らすと、男はうなった。
「いえ、普通この規模の都市の地下にはまだ住めるはずが・・・ヴェニス種でなければ、完全には浄化し切れていないはずです」
 ネールラが属するのはヴィーナス種と呼ばれ、白い肌をした美しい樹である。水の浄化に優れたヴェニス種とは反対に、若木のうちから大気の浄化に優れる。その他の能力もバランスが取れている、発芽率が高いことなどから、独立型の都市としては一番数が多い種だ。
「え?でも・・・」
「白き毒に耐性をつけた生き物が、少しずつ現れてるんですよ・・・・・・」
 なぜ深刻そうにそんなことを言うのか、私には理解できなかった。
 生き物が苛酷な環境に少しずつ適応していくのは、長い歴史を振り返れば当たり前のことのように聞こえるのに。
「アス〈エルネルラ〉。一つ、質問していいでしょうか」
「なんですか?」
「運送屋の出入りは、多いほうでしたか?ここに籍を置く運送屋や、政府直属の運送屋の数は?」
 私は正確な数字を答えることができた。
 それは、市長であったからだろう。その役職においては、覚えるべき数字だった。
「出入りは、あまりありませんでしたね。辺境ですから、籍のない運送屋はほとんど来ません。近隣との貿易にかかわる数名以外も、籍こそあるけれどなかなか帰ってきませんでしたし。籍を置いていたのは十人。一人を除いて、全員ネールラ市出身です。政府直属は、そのうちの二人です」
「なるほど、よくわかりました」
 言葉とは裏腹に、男は左右に首を振った。やるせない表情で。
「政府直属の二人の運送屋とやらは即刻解雇すべきです。木刀もとりあげるべきでしょう」
「は・・・?」
 私は呆けて聞き返した。
 言われたことの意味をうまくつかめなかったのもあったのだが、解雇も何も、すでに政府がない。
「心して聞いてください、アス〈エルネルラ〉。――この地下に住まう生き物のほとんどが、都市樹の根を食らいます」
 そういって、男は手元にいた白い虫をつぶした。白い液体が飛び散る。
 私はといえば、口を半分開けて固まっていた。
 ――ネールラが、食われていた?
「どういうことですか!」
「これらの生き物は、今のところ、自然発生が確認されていません」
「ど、どういうことですか!」
 質問を繰り返したが、頭はその回答を処理できるか怪しい状態だ。
 それを察したのか、男は少し間を置いた。
「・・・この虫は、白き毒すら生命活動のためのエネルギーに変える事ができます。毒を体内に取り込み、消費し、やがては無害な屍骸となる。――つまりは、浄化なんです」
「浄化?・・・樹と、同じように?」
「ええ。ここには虫しか見られませんが、他の土地では脊椎動物も見つかっています」
「しかし、毒を浄化できるが、なぜ都市樹を枯らすような真似を」
「根のほうが、彼らにとって効率の良い食べ物だからですよ。毒も樹も食べることができるが、樹のほうが、効率がいい。なら、効率の良いものを選んで当然です」
 酷くつまらなさそうな表情で、男は言う。
 こちらとしては、つまらないどころの話ではない。ネールラの滅びの原因を目の前にしているのだ。
「さっきあなたは、これが自然発生ではないと、言いましたよね?――一体どういう意味か、話してもらえるんですか」
「まだ自然発生が確認されていないだけです。けれど、おそらくこれも人の手で持ち込まれたんでしょう。サンプルをとってカウラ市の研究所に送れば、詳しいことがわかります」
「では、」
 結論にたどり着く。
 回転が鈍い頭にさえ、答えが簡単すぎるのだ。
 しかしながら衝撃で口が思うように動かなかった。私のそれを代弁するかのように、男が言う。
「運送屋が持ち込んだのでしょうね。地下に入れる人は限られていますから。直属の運送屋と樹医も加担しているはずです。それに、この生き物たちの情報が政府に伝わっていないとすれば、運送屋たちの職務怠慢です。――クロスアウダ経由で、全都市に通達してその運送屋たちの籍を取り消します。ああ、あなたが面倒な手続きをする必要はありませんし、口を出す権利もありません。私たち運送屋には、運送屋の法がありますから。ただ、ネールラ市の名誉のために、先に解雇しておくべきですね」
 つまらなさそうな口調と表情が、実は怒りであることに、ようやく私は気づいた。
 彼は憤っている。――もう一人の運送屋と同じだ。彼らは、激しい怒りを持ってここへ来たのだ。
 私は何も言えなくなった。
 驚きや怒りで口が動かないのではなく、言葉すら出てこなかった。
(人が、滅ぼした)
 ネールラを。
 都市樹を。
 それは、人が依存する存在なのに。
 いいや、人が滅ぼしたのはわかっていた。だがその罪は、思っていた以上に重かった。

(この世界をまるごと、あいしてる)

 なぜだ。
 なぜネールラはそれでもそんなことを言えるんだろうか。
 男は話すべきことを話しきったつもりなのか、あたりの土を軽く掘り、虫を探して潰す作業を始めた。気が遠くなるほど、地道な作業に見える。
 途中、荷物の中から手のひらくらいの大きさの、半透明の入れ物を取り出し、虫を数匹入れた。研究所に送るというサンプルだろう。
「あの、・・・・・・ササキ、さん」
 私のためらいがちな声に、彼は作業の手を止めずに答えた。
「なんですか」
 聞くことに、勇気が必要だった。
 いや、それを必要とするのは、おそらく聞くことではないのだろう。本当は、今まで無知だった自分の恥をさらけ出す勇気だ。
「ネールラは、・・・助かりますか」
 男は振り返り、表情を出さないまま、少しだけ首をかしげた。
 質問の意味がわからない、といった様子で。
「可能性がなければやりませんよ」
「なら、私もやります」
 男は軽く瞠目した。それがどんな感情を表したものなのか、私には見当がつかなかった。
 彼はやがてうなずき、荷物の中から一組の皮手袋を取り出した。
「直接触るのは危険です。それと、頭を潰してください。力は要りません。要るのは、根気です。私は傷んだ根の処理にうつります」





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