No.001_03
「お名前は、なんておっしゃるんですか?」
地下へと続く階段を下りる最中、沈黙が耐えがたくなって後ろから着いてくる運送屋たちに尋ねた。
先に答えるのは女のほう。
「私はミヤモトで通している。ミヤと呼ばれることが多いかな」
「通している?」
「本名じゃないんだよ。いろいろ事情があってね」
肩をすくめて笑うその顔は、少々きつい印象こそあるが美人だ。にじみ出る野生的な雰囲気によって効果は薄められているが、濃く影を落とすまつげは妖艶でさえある。普通運送屋と言ったら、女性でもたくましい人が多い。――なにやら珍しいものを見たような気分になる。
「あなたは?」
男のほうに視線をやると、「ああ、」とうなずいた。――思えば、ここで初めて彼の声を聞いた。
「ササキ。――佐々木・フリモアテ=ノア」
「ささき、・・・極東系のお名前ですね。〈イーダ〉の系列に多いと聞きますが」
「出身は〈カウラ〉ですよ」
「・・・そうですか」
やたら「出身は」に力が入ったように聞こえた。出身がカウラで、では運送屋の籍はどこに置いているのだろうか。ここでこれ以上深く聞くのは、礼を欠くような気がしてやめた。
「私は・・・エルネルラ・キアといいます。ネールラが都市として機能していた頃は、市長という立場に、ありました」
「ほう?」
ミヤモトと名乗った女が、眉を上げた。――はっきり言って、いい意味を思わせる表情ではない。体格は平均値からそれほど外れているわけでもない女性なのに、運送屋という職業のせいなのか、威圧感があって怖い。
「若いのに、市長と。キアという名前に聞き覚えはないけれど、開拓団の血ではないってことかな」
「ええ。移民団の子孫になります」
「ふうん?子孫でその年齢といったら、生まれも育ちもネールラの一世ってことかな」
「はい」
私が生まれたのは、ネールラ市に入植が始まって以来初めてこどもが誕生した年だ。
ササキと名乗った男が、無表情をちょっと緩めた。
「それで、エル=ネールラという名前なんですね」
「・・・ええ、そうです」
〈エル〉は都市樹同士で喋るときに使う音を、人間の言葉に近くしたものだ。樹たちの発する音は、人間の発声器官では細部まで真似ることができない。
意味は、繁栄や祝福、そして喜び。
こどもの誕生は、ネールラ繁栄への第一歩だったのだ。
歓喜のネールラ。――エルネルラ。
この名は、ネールラ市においてはありふれていた。特に、私くらいの年の、移民団系の子孫なら男女問わず。
「繁栄の象徴が、最期のネールラ市長か。なかなかできた喜劇だな」
皮肉な響きで、女が笑う。
私は何も言わず、地下への扉を開けた。
地下室は、都市樹が大地へ根を張ったときにできた空洞を利用したものだ。比較的地面から浅いところに地下水がたまっていたりすると、これが出来やすい。
都市樹は巨大に成長する。だが巨大さゆえに、人の手を借りなければ平均して百年から三百年ほどしか生命としての機能を維持できないのだという。人が手入れし続ければ、種によっては千年の単位で生きるそうだ。――現在の最高樹齢が千五百年と言われている。地下室は、この都市樹の手入れのために使われることが多い。
「・・・あの、マナとか言う女の子、置いてきて大丈夫なんですか?」
「ああ。あんたが心配するようなことじゃないよ、アス・イア・ネールラ」
女の言葉にぎくりとする。――「イア」は市長を意味する言葉と知られている。美しい顔で、きついことばかり言う人だ。
都市としては機能を失ったここに、市長などいないのに。
「・・・しかし、嵐は」
「自分の身を心配すべきじゃないのか?ブロック機能の弱まった都市樹では、地下といえ危ないんだぞ、アス〈エルネルラ〉」
女がにやりと笑う。その整った顔だと、凄みがあった。
「どうしたことかな、アス〈エルネルラ〉。ネールラ市民はすべて近隣の都市へ移住が完了したと聞いていたんだけど、そうじゃなかったらしいね。都市と心中のつもり?」
「・・・違います。私はただ、最後の市長として、ネールラに何かしたかったんです」
「馬鹿なことを考えるね。迷惑だからやめてくれ」
ざっくりと、言葉でもって彼女は私を斬りつけた。
口調こそ淡々としていたが、口調には現れない様々なものが、私の心臓を跳ね上がらせた。
「私は、――」
「都市樹に、滅びを肯定してやるな」
木刀は彼女の腰に納まったままだった。銃もホルダーに収まっている。
けれど刃を首に突きつけられるような気分に襲われた。
「聞こえているか、アス〈エルネルラ〉。――最後まで足掻け。静かに終わりを迎えようとするな。若い都市樹にとって、政府の人間の言葉はおまえが想像する以上に重いんだ。おまえたちがあきらめた時、都市樹は滅びを受け入れる」
「あきらめる・・・?!」
「これでもわからないのか・・・?――おまえたちが都市樹を滅ぼそうとしているんだ!」
怒鳴り声は、地下の壁に幾重にも反響した。
おそろしい形相で呼吸を荒げる女の肩に、男が落ち着くようにと手を置いた。
「・・・無理するな。また入院させられるぞ」
「うるさい」
女が、前かがみで左胸を抑えて、肩での呼吸を繰り返す。見かねたように、男がその体を支えた。
肺を病んでいるらしい。
珍しい話ではなかった。白き毒は体に堆積し、それが様々な形で被害をもたらす。とくに、肺への影響は大きい。
白き大地を渡る運送屋たちは、都市の中で一生を送る人々よりも、はるかにそのリスクが高い。平均寿命も、かなり若くなる。
「おまえらみたいな馬鹿がいるから、・・・」
呼吸の合間に咳が混じり、とうとう彼女は床に崩れた。
私は立ち尽くすばかりで何もできなかった。
(私たちが、都市を滅ぼす?)
そんなことわかっている。ネールラの滅びの危機は私たち市民がもたらしたものだ。ネールラから恩恵を受け、それでは足りないと求め続け、ネールラは与え続けた。その結果がこれだ。
もう都市を維持できないと判断したのはネールラ自身だった。
滅びを肯定する?
私たちは、一度だってそんなこと、――
「アス〈エルネルラ〉。地下通路は整備されていますか?」
唐突に、男がそんなことを言った。静かで硬質な響きの彼の声は、こんな時でさえ落ち着いている。
「いえ、ネールラは若いのであまり・・・。ここから、行くことはできますが・・・」
「若いので、と。なるほど、いろいろ問題があるのは、やはり人間のほうだな」
げほげほと咳き込む女の頭上で、彼のそれはやけに呑気に聞こえた。
わけがわからなくて呆然としていると、男は視線をこちらに向ける。思いがけず、鋭かった。
「案内してください。――ネールラに、滅びを肯定したくないのなら」