No.001_02


 避難する民に託した種や苗がどうしているだろうかとネールラと話していた午後だった。
 ふいに、ネールラが顔を上げた。
「誰か、来たわ」
 ネールラたち都市樹は、大きいもので半径三キロ四方に根をのばし、その範囲のほとんどに意識を持っていくことが出来る。三キロ四方は認知する――人間で言う、知覚できる状態にあるのだ。ネールラは若く規模も小さい都市だから、その感覚は五百メートル四方といったところだ。
 しかし守る民が居ない今、防御壁と呼ばれる浄化システムも、その認知の範囲も狭めている。
 だから、思わぬ訪問客が来たことに、寸前まで気づかなかった。
 セントラルホールと呼ばれた、ネールラの最奥部にいた私たちの前に、小柄な人影が姿を現わした。

「はじめまして、飛鴎都市〈ネールラ〉」

 十代も半ばの少女に見えた。
 亜麻色の波打った髪を背中に流し、運送屋たちが使うコートとブーツ。けれど彼らの証である木剣や木刀を持っていない。
 ネールラは目を見開いた。そして、次の瞬間、微笑む。

「はじめまして、一族のマナ。会えてうれしいわ」

 その言葉の意味を問いかけようとしたとき、さらに二つの人影が現れる。
 彼らは明らかに運送屋だった。どちらも木刀を腰に下げている。片方は女で、片方は男。女はその手にあまりそうなほど大きな銃も下げていた。
「失礼、ネールラ。門番もいないので、武器をもって内部へ入ってきてしまった。これに関しては、謝ります」
 女が言い、二人そろって頭を下げる。
 ネールラは首を緩やかに振った。
「いいえ。よいのです、一族のマナの守り手」
 二人の運送屋は、ネールラの言葉に表情を緩めた。
 どうやら事態が理解できていないのは私だけのようだった。
 ネールラが「一族のマナ」と呼んだ少女が私たちに歩み寄ってくる。正確には、ネールラに、だ。
「ネールラ。聖なる森の老より、あなたへの言葉を預かってきた」
 ネールラはまっすぐ少女の目を見てうなずき、そして深く頭を下げた。
「受けましょう」
 聖なる森と表されたものが、都市樹にとっていったいどんな存在なのか、私ははっきりとは理解していない。
 ただ、知識として知っている。白き時代が到来したとき、唯一滅びなかった巨大な森である。そして、都市樹の祖が生まれた場所。ネールラは祖の一つである希望都市〈アティナ〉から四代を数える、若い都市だ。
 少女はネールラの答えにうなずいて、すっと息を吸い込んだ。
 そして。
「飛鴎都市〈ネールラ〉。――世界を愛するならば、世界を救う大樹の一族であることを誇るのであれば、ここで滅びるな」
 まるで、演劇の一部を見ているかのようだった。
 少女の声は力強く、しかし都市樹たちの声にも似た、弦をはじくような耳に心地よく響くものだった。
「あなたの歌は、失われていない。ここからもう一度、やり直すことができるはずなんだ、ネールラ」
 少女の言葉に、ネールラは申し訳なさそうに目を伏せた。
「無理です、一族のマナ」
「無理じゃない。ネールラ市だけでは無理だったことも、他の都市の助けを借りればできる。老のお言葉は、そのためにあるんだ。すでにクロスアウダ政府に話が通っている。すぐにでも、あなたの治療にうつれます」
「・・・・・・しかし、」
 ネールラが何かを言いよどんだときだった。
 ふいに、少女が振り返る。私や、運送屋の二人には見向きもせず、どこか遠くを見るように。
 ネールラも同じような反応だった。
 その意味は、すぐにネールラの口から知れる。
「白き嵐が来ます」
 少女が遠くに目をやったまま、ネールラにたずねる。
「ブロックしきれるの?」
「いえ。私の力は、ほとんど残っていません。内部にまで、白き毒が入ってきてしまいます」
「・・・ササとミヤはいいとして、そっちの人が危ないね」
「ええ。――地下へ避難するのがよいでしょう。守り手のお二人も、そちらへ」
 二人の運送屋が、無言でうなずいた。
 そして少女に言う。
「おまえはどうする、マナ」
「地下は雑音が混じるんだよ。私はここでいい、――よね、ネールラ」
「構いません」
 少女を残して、大人ばかり安全圏へ避難しろというのか。それを、「守り手」と呼ばれた二人だけか、ネールラまで容認する。
 私は驚いたが、口を挟める状況ではなかった。
「エルネルラ、守り手のお二人を、地下へ案内してください」
 ネールラにそう頼まれてしまえば、否とは言えなかった。





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