この世界をまるごと、あいしてる。
 ――ねえ、これをエゴだと思う?




--*--



No.001_01


 北緯三十度。大陸の東岸に位置するその都市――飛鴎(ひおう)都市〈ネールラ〉は、滅びの危機を迎えていた。
 白き毒に大地を支配された白の時代を迎えて約千五百年。都市樹を基盤に人が都市を形成するようになってから、約五百年。
 この時代、都市の滅びは決して珍しいことではなかった。
 都市樹は、巨大なものでは直径六キロメートルにわたって影響を及ぼす大樹だが、白き毒の力は強大で、その大樹すら飲み込まれることがある。健康な大樹ですら、そうなのだ。力を弱めたネールラは、常にその危険にさらされることとなった。
 簡単に滅びると言っても、内容は簡単ではない。
 都市には人が住む。家があり、家畜がいて、畑がある。
 まず、人を他の都市へと移住させなければならなかった。




「動じちゃダメだよ、ネールラ。あなたはこの都市の主なのだから。滅びるその瞬間まで、民を守る義務がある」
 結局は、「幼かった」の一言に尽きるだろう。都市樹は人と異なる感覚を持っているというが、それにしても幼かったと言える。
 相手を思うだけでは救えない。――これを悟れないほどに、ネールラは幼かった。
 滅びへ続く道へ引きずりこまれていく最中に、私たちが止められたのならよかった。けれど私たちにはできなかったのだ。ネールラ同様、私たちも幼く未熟だったということだろう。
 ネールラはこうなってさえ理解していなかった。どうして自分が滅び行くのかと悲しむばかりで、原因も怨む相手も見つけられなかった。
 元来、都市樹と呼ばれる種は人よりも極端に喜怒哀楽が薄い。そして、怨みをいう感情を知らない。
 ネールラが酷く悲しむ姿を見ないで済んだのは、私にとっての幸いだ。一方で、怨むことすらできないネールラが憐れだった。
 ――わかっている。
 ネールラには、憐れみをうける理由なんてない。彼ら種の誇りを傷つけることになる。
 けれど。

「・・・ねえ。私はこの世界をまるごと愛してる。生まれたときから、今も、この先も。愛しているものが幸せになってほしかった。それだけなのに、何を間違えたのかしら」

 ネールラ。
 あなたは、間違えてないんだ。けれども道は、そちらに続いている。それは、人が選んでしまった道なんだ。
 あなたがいて、人は幸せだった。けれど、幸せが過ぎて、あなたが見えなくなってしまったんだ。人は小さな生き物だから、大きなあなたを、ちゃんと認識できなかった。
 間違えたのは、私たちのほうなんだ。

 すでに、ネールラのもつ浄化能力は限界値をこえていた。  白い大気の波が、おそってくる。――それをブロックする余力は、ネールラにはもうない。
 そしてゆるゆると、ネールラの命が消えていく。


 すでに人はいなかった。市民はすべて、近隣の都市へ避難させてある。都市に留まろうとする者は、百人弱いたものの、強制的に避難させることを、ネールラが決め、実行された。
 私だけが逃げていない。私の逃げ場は、ここだったから。今更他に見つけられない。
 ネールラは逃げてくれと懇願したけれど、私が動かないことを知ると観念して、ぽつりともらした。

「ただひとり、滅びていくのはさみしいの」

 そして、こう続ける。

「愛する民が、一人でも失われるのは、もっとさみしい」

 ネールラと、私だけの時間が始まった。
 終わりへ向かうこの時間は寂しくて、悲しくて、それでも私は幸福だった。
 それを破られるのは、半月ほどたったころのことだった。





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