11 終章






「おれびっくりだよー、春日が入院なんてさぁ!」
 声の押さえ方を知らないのか、病院と言う場所が理解できないのか、島崎は大声で話す。
 呆れも少しばかりあったが、久しぶりに会う友人が今までと変わりない態度をとってくることへの安堵のほうが大きかった。
「おれもびっくりだ」
「結局何の病気?」
「肺。病気と言うより、怪我なんだって。息すんのも痛くて、それでしばらく運動禁止だってよ」
「へー。じゃ剣道部の全国大会出れないんだ?うっわー、惜しいよなぁ。――ところでいつまで入院?補習出ないとヤバいじゃん、卒業。いや、ヤバいどころの話じゃないだろ、おれら停学だったし」
「明日退院」
「え、早っ!おもしろくねぇ!」
「おめでとうとか言えよ。人の体なんだと思ってんのおまえ」
「はははっ!何でもいいじゃん」
「何でもはよくねーだろ」
「補習出て来いよ」
 島崎がふっと真面目に言った。
「卒業しよ。どうにか頑張ってさ」
「・・・・・・そうだな」
 卒業。それにどれだけの意味があるのかは知れないけれど、中途半端に投げ出すのは嫌だ。
「じゃ、おれ帰るな。学校来いよ。今なら漏れなく、補習のあとにさらに補習がついてくる」
「逆効果のオマケってあっていいもんなのかな」
「おれたち成績が振るわない生徒を卒業させるための特別プログラム」
「あー・・・そりゃあ、いいオマケだぁ」
「だろっ。じゃあな」
 島崎が笑いながら、自分の荷物をまとめて、こちらに背を向けた。
「島崎」
 ドアノブを掴もうとした島崎を呼び止めた。島崎が振り返る。
「何?」
「その・・・ごめんな。高校やめるとか、あんな事言って」
「ああ、いいよ。やめないんだろ?」
「うん。・・・ちょっと、行きにくかったんだ。ただそれだけ。家にも居辛くて、そんで・・・、逃げてただけなんだと思う」
 島崎は反応に困ったらしく、照れたように頭をかいたり、下を向いたりしていたが、最後にはいつもどおりに明るく笑う。
「また、学校でな」
「ああ」
 そのまま笑顔でバイバイだったら絵になったのだが。
 がちゃん、と外からドアが開いて島崎の額と衝突した。
「いってぇー!!」
「あら、何、ごめんなさい」
 女性にしては低い、しかし妖艶な声が聞こえてくる。
「あら、トシちゃんにお客さまだったの」
「うぉっ!美人!」
 島崎が率直な感想を、素直に口に出す。美人なのは確かだと利一も思うが、問題は島崎がフジを男と認識していないらしいところだ。
「こんにちは。利一のために、こんなところまでありがとうね」
「いえっ!とんでもございません!――えっと、利一くんの、ご家族ですか?」
「利一とは親戚よ」
「そうでしたかー。いやぁ、それにしても美人ですねぇ!」
 それ女じゃないんだけど、とかツッコミを入れる前に、ドアからさらに人が入ってきた。
「入り口でいつまで喋ってるんだ、さっさと入れ」
 横暴に言うが迫力に欠ける、――宮野至輝だった。
「あら、ごめんなさい」
 至輝に向かって謝るフジだが、どうも謝罪の心が足りていない気がする。その傍らで、島崎が、
「ちっ彼氏がいたのか」
 とか呟くものだから、至輝が形相を変える。
「誰が誰の彼氏だと?貴様、もう一度言ってみろ、おまえの将来つぶしてやるからな」
「ちょっと、物騒な事言わないでください。――ごめんなさいねー、この人金持ちのお坊ちゃまだからちょっと変なのよー」
「貴様、じじいに言いつけて謹慎処分にさせてやろうか」
「何言ってますのー?あたし全然わかんなーい。――それより、帰るところだったんじゃないの?ごめんなさい、無駄な時間とらせちゃって」
「そんなことないっす!じゃ、もうおれ帰りますんで、失礼しますっ」
 島崎はハイテンションのまま帰っていった。哀れになってくる。
 至輝がドアを閉め、憮然と言う。
「なんだあのバカそうなの。フジ相手に顔赤くして」
「おれの友人です」
「一週間あたしの姿見ながら気づかなかった至輝さまの台詞とは思えませんわねぇ」
「おまえの発言いちいちむかつくから、しばらく黙ってろ」
「えーそんなぁー」
 楽しそうに至輝をからかうフジ。いつまでたっても話が進みそうにないので、利一はすかさず口を挟む。 「至輝さままでいらっしゃるなんて、どうしたんですか?」
「ああ。見舞い」
「おれのためにわざわざ?」
「若君、暇だから」
「だまれ、フジ。――紘生佐登美は、紘家に戻った。それを伝えてやろうと思って」
「・・・そうですか。よかったです」
「良かったとは言い切れない。長年、由布でいたせいで、佐登美自身、己が何者か理解しきれずに混乱しているそうだ。真家の当主が付っきりで治療に当たる予定だ」
「そんな・・・・・・」
「徳美も一度に帰らせる。現一は当主議会から謹慎くらって、春日の屋敷で軟禁状態だ。透は問題ない、また見舞いに来るだろ」
「・・・・・・そうですか」
「落ち込むな。おれはおまえが決めたことが、間違いだと思わない」
「間違ったつもりは・・・ありません」
「それでいい」
 至輝は一呼吸置いて、改まった様子で利一を見た。
「利一。――由布を守ってくれたこと、礼を言う」
「そのことなんですけど。あたくしが至輝さまにばらしたこと、じじさまに知られちゃったじゃないですか。絶対言わないでくださいって念押して教えたのに」
「おれの罪まですべて引き受けろ。それがおまえの役目だろうが」
「ヤですよ。影武者だったのはとうの昔なんですから」
 利一は始めて聞く事実に目を丸くして質問をはさんだ。
「フジが至輝さまの影武者?」
 ああ、と至輝がうなずく。
「そうさ。くだらない、宮野の風習だ。同じ歳の子供を影武者にして、宮野の子供と分け隔てなく育てると、宮野の子供に降りかかる災いを、すべて影武者が受けるって話だ。形式だけだったはずなんだがな」
 皮肉に顔をゆがめて、至輝は言う。
 彼は、どんなふうに現実を受止めているのだろうと利一は思う。
 実の妹はとうの昔に死んでいる。だからといって、妹の代わりを求めているわけではない。それなのに身代わりの少女を「由布」と呼ぶことを躊躇わない。
 ただ確かなのは、名前が何であろうと、彼女を守ろうとした意志だけだ。
 そんな真面目な雰囲気に水を差すかのように、携帯電話のバイブレーションと共に着信メロディーにしては奇妙な音が流れ出した。
 携帯電話の持ち主は、フジだった。
「はい、もしもし」
 フジが男の声で答えるので、ぎょっとする。姿とのギャップは、異様と言っていい。
「なにその着メロ」
「病院は携帯電話禁止だろうが」
「はい、はい。いまかわります」
 至輝の注意も無視して、フジは相手としゃべり、そして電話機を利一に差し出した。
「へ?」
「リクから」
「は?なんでフジが陸海と電話してんの?」
 しかも男として。
「いーから、いーから」
 言われるままに、電話を受け取り、耳に当てる。
「も、・・・もしもし陸海?」
『「お姉さま」でしょうが!あんた入院してるってホントなの?昨日春日の方のおじいさんから電話あったんだけど、肺が、なんとか?意味わかんないけど、どこの病院?おじいさん、教えてくれないんだけど。母さんが取り乱しちゃってどーしようもないから、場所教えなさい』
 言葉を返す暇もない、一方的に喋る陸海の勢いのよさに、おもわず耳から受話器を遠ざける。
「じゃ、外で待ってるから、電話終わったらメロン食べましょ」
「おれが持ってきた見舞いの品だろうが。なんでおまえが仕切るんだ」
 ごちゃごちゃ言いながら、至輝とフジが病室を出て行く。
 陸海の小言はまだ続いていた。
「あのさぁ、陸海」
『は?なによ』
 せっかく陸海が口を閉ざした瞬間、――これを逃すと、次のチャンスはいつ巡ってくるかわからない。
 逡巡する暇もなく、利一は咳き込むように言う。
「おれ、・・・高校ちゃんと行くよ。卒業する。それと、父さんともうちょっと話してみようと思うんだ。どっちもどうなるかわかんないけど、・・・どうにかなるんじゃないかな?」









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