O9 「夏嵐」(中)






 徳美の足は速かった。どうやっても軋む廊下を、恐ろしく静かに行く。
 由布姫の――紘生佐登美の――部屋にたどり着いて足を止めた徳美に、追いついたとき、利一はとっさに事態が飲み込めなかった。
「姫、ご無事で?!」
「無事さ、奥へ逃がした」
 フジが低く緊張をはらんだ声で言うのが聞こえる。
 部屋の中で、利一が見たのはフジと――彼と対峙する三船透の姿だった。
「透?!」
 透は利一と徳美を一瞥すると、ため息を吐いた。
「話が違うわよ、フジ。あなたは中立だって言ったじゃない」
「容認するなんて、いつ言った。やるならおれにも気づかれないようにやれ」
 奥の部屋へと続くふすまを背中に庇ったフジが冷淡に返す。
「フジ!透!どういうことだよ!」
「あーもうっ!フジの馬鹿!人が来ちゃ暗殺も何も出来ないじゃない!」
「透!ちょっとおまえ、何言って・・・」
「邪魔しないでください、若頭。ばれた以上は強行突破しかないので、やらせていただきます」
 透が冷たい視線と声を利一に投げつけた瞬間――同時に、「何か」を感じて利一は体を捻った。すぐ後に、利一の背後で、ぱんぱんっと何かがはじけるような音がする。見れば、柱に深く穴が開いていた。
「鉛・・・?おいおいおいおい、待てよ、んなの使うか、普通」
 小さいながら尖らせてあり、重心を調節した武器である。
「萩子は若頭のこと鈍いって言ってましたけど、なかなかの反応じゃないですか。お気をつけて。毒が塗ってあります。たぶん死にません」
「ちょっと待て透!たぶんってなんだよ!」
 再び体を捻る。背後ではじける音がする。
 徳美がその瞬間飛び出した。
「透どの、覚悟!」
 こんな時まで彼女は時代錯誤だ。
 刀の柄に手をかけ、切っ先は抜きざまに透を切りつける軌道を描く。
 透は腰から脇差を抜いて、徳美のそれを受け止めた。得物の重量と、居合いの重さに負けて、透が押される。
「あなたに益があるとは思えません。いえ・・・第一、あなたがなぜ姫を襲うのですか?」
「徳美はそうやって何も知らずに平和に生きてられるのよね。羨ましい限りだわ」
「どういうことですか・・・!?」
「わたしはあんたが大っ嫌いってことよ」
 透は刀を大きく振りおろす。受け止める徳美は、苦しげに呻く。
 本気で戦いに望む透と、理由がわからずと惑う徳美では、圧倒的に徳美が不利だ。
「徳美さん!・・・っ、透!」
「トシ、おれが行く。手を出すな」
 フジが低く怒鳴り、利一を制する。一瞬反応が遅れた利一に代わって、フジが二人の間に割って入った。
 透の腕を掴んで捻りあげ、投げとばす。すると徳美の動きは必然的に止まる。
「フジ、ありがとうございます」
「あんまり礼を言われる立場じゃないんだ」
 息を切らしながら言う徳美に、フジは険しい顔のまま答えた。
「透、徳美に手を出さない決まりだろうが」
「じゃあわたしに死ねって言うの?春日の当主たちはおかしいんじゃない?フジは敵に回るし、徳美のことは殺すなって言うし、その上何にも知らない若頭を送ってくるなんて。一番おかしいのは弓弦よ。一族の意向をあっさりと無視してかかってるわ」
「弓弦を抑えてやってたのに、何も出来なかったのはおまえの落ち度だ」
「そのぶん、若頭が来た」
「馬鹿言え。実戦経験のない利一出し抜くなんて、朝飯前で出来るだろうが。仮にも三家なんだから」
「フジに三家の何がわかるっていうの!」
「知ってるさ。かつては暗殺を専門にした、春日の裏の顔だ」
「かつて?」
 透が嘲るように言葉を繰り返した。
「今も、よ。今もその業を背負ってる!」
「透どの・・・・・・」
「同情するな、徳美。選んだのは透だ」
「しかしフジ・・・!」
「何も知らない徳美に、今更同情されたくなんかないわよ。私は確かに自分で選んだ。姫が死ねば、あんたが少しは苦しんでくれると思って・・・!」
 徳美へとぶつけられる感情は、憎しみと言うよりも、妬みだった。
「嘘だろ、透・・・!」
 縋るように叫ぶ利一に、透が一瞬だけ視線を寄越した。
「嘘じゃない・・・!」
 震える声が、利一の希望を否定する。
「嘘じゃない・・・、わたしは、・・・わたし・・・?」
 くっ、と言葉の合間に、息が詰まるような間があった。それに疑問を感じたのは利一ではなく、透自身。
「あ・・・え・・・?」
「透?透、どうした・・・」
 透が青ざめた顔で、畳に爪を立てる。だが、そのまま力尽きるようにうつぶせに倒れこんだ。 「透!」
 利一は慌てて駆け寄る。抱き起こすと、目を見開いたまま、体の末端が痙攣している。意識はあるらしいが、うまく舌が回らないようだった。
 フジがため息をついた。
「弓弦、いるんだろう」
 呼びかけに答えて、あっさりと弓弦が姿を現した。下座のふすまから入ってくるところを見ると、――隣の部屋に居て、ずっと事の成り行きを聞いていたらしい。
「いやだねー、フジくん。ぼくそんなに凶悪な毒仕込んだりしないよ。神経を冒す毒だけど、自然に抜けるから」
「透の方もだけど、こっちが問題だ。鉛球の毒はおまえのところのだろう。トシに当たるかもしれないものに、毒を仕込むな」
「そっちも平気」
「あ、それ胡月がしてますのー」
 弓弦の背後から、胡月が挙手しながら言う。
「たいした毒ではないので、ご安心ですのん」
「たぶんね。まだあんまり実験してないから、正確なデータないんだけどさ」
 雰囲気ぶち壊しの――壊れていい雰囲気だったが、壊し方に問題がある――弓弦と胡月に、利一は呆れよりもうっすら寒いものを感じた。
 フジが怒った様子で口を開く。
「トシはおれたちと違って毒に耐性がないんだ。弓弦、真家の特権で好き勝手すんのも、いい加減にしろよ」
「ま、ま。そんなに怒らないの」
 あくまでも自分のペースを乱さない弓弦である。
 その弓弦を睨みつけるかのように、倒れていた透が、かっと目を見開いた。
「ゆづる・・・っ」
 搾り出すように、憎々しげな声が彼女の口から漏れる。
「なんだい、透」
 弓弦は彼女の傍らにしゃがみ込んで答えた。
「いつ毒を・・・、」
「キミの刀、鍔に毒針仕込んであるんだよ、気づかなかった?」 「なん、で・・・!」  ぱたり、と透は気を失った。同時に震えも治まっている。弓弦はそんなのにかまわず続けた。
「なぜ、と聞くんだね?――別にキミが業を背負うことはないから、と答えようか。ぼくみたいに平気な人間もいれば、キミみたいに平気じゃない人間もいる。だから春日は間者に選ぶ権利を与えてるだろう。嫌だったなら、他人に任せていればよかったんだ。それなのに、キミはどうして嫌だと言いながらこちら側を選んだんだろうね?」
 優しさの感じられる声音ではなかった。けれどその内容に、利一はふと思い至る。
「・・・弓弦さん、もしかして透のこと守って・・・くれたんですか」
 その雰囲気からは疑わしかったが。
 弓弦はにこっと笑い、否定した。
「いいえ。別に透のためなんて考えちゃいないですよ。ぼくはぼくのためにしか動かない」
「でも、なんで・・・」
「間者は己の信ずるままに行え、って、よく出来た掟ですよね。命令されない限り、自分の正義に従って自由に動ける。――例えば、春日一族が嫌いだから片っ端から邪魔してみる、とか」
 傍で聞いていて、肌があわ立つほどに暗い影を宿す言葉を、弓弦は紡ぎだす。
「ニイやん、皆さん引いてますで」
 いつもとなんら変わらぬ口調で胡月が口を出す。あまりのあっさりした彼女の態度に、なんだか胡月の度胸が底知れなくて怖くなってくる。
「別に近づいてもらおうなんて思ってないよ」
 そう言った彼の口調からは、先ほどの暗さなど一片も感じ取れなかった。
 彼は透の傍らにしゃがむと、脈を取ったり呼吸を確かめて、笑顔で頷いた。
「うん、呼吸も正常。――そのうち起きるよ。フジくん、どっかに運んで寝かせてあげて」
「てめぇでやれ、暇人がっ。わざわざ胡月までつれて高みの見物しやがって」
 フジは不機嫌全開だった。――けれど、利一のようにめまぐるしい展開に翻弄されたせいではない。この状況を、読んでいた気配さえ感じられた。
 一方の弓弦は、いつもの底が読めない表情を浮かべている。
「ばれてた?」
「透が出てきた時点で察しがつくさ。おまえが片っ端から邪魔してるってのは知ってたからな。――おまえが、透をけしかけたんだろう?」
「いいじゃん。当主議会が未だにぼくを放っているってことは、結果的に、都合がいいんだろう?」
「よくねぇ。透に毒仕込むなら即効性にしろっ。無駄な体力使っただろうがっ」
「毒の量と効き目の計算は難しいんだよ。透はあんまり病気しないもんだから実験データとれてないし・・・・・・」
 その一瞬。――弓弦の視線が外へと映った。
「胡月、離れろ!」
 弓弦より少し離れた部屋の奥に居た胡月が、めずらしい弓弦の怒号に首をかしげる。――が、次の瞬間足を押さえて倒れこんだ。
「――ったたたた・・・なんなんですのん?」
 弓弦はすぐさま、負傷した胡月の具合を確かめた。
「わー・・・やられた。ぼくとした事が」
 その表情にはやはり緊張感が欠けていたが、――それは入り口に現れた人物が、しっかり補ってくれた。
「お取り込み中、失礼しますよ」
 弓弦は振り返って加害者の姿を確かめる。
 そこには、片手で鉛球をもてあそぶ現一の姿があった。
「現一どの・・・?!」
 徳美が刀の柄に手をかけた。――だが、抜かない。フジがそれを制したからだ。
 弓弦は立ち上がって、現一と対峙した。暗器を持ち、腰に刀を差した現一と、何も持たない弓弦である。しかしその雰囲気は、弓弦が圧されているようには見えなかった。――真家はすべての家と対等、というのは、こんな時にも発揮されるらしい。
「現一。なんで胡月を狙った?」
 彼にしては恐ろしく真面目な口調だった。その表情も。
 現一がふっと笑う。
「聞くまでもねーだろ。おまえが邪魔だからだ。――ほら、さっさと嬢ちゃん、どうにかしてやれよ。おまえのとこの毒を仕込んだ鉛だ」
「言われずとも。だからぼくの邪魔せずにフジと遊んでて」
 弓弦はあっさりと彼に背中を向けた。そして本当に、しゃがみ込んで胡月の傷口を診始めた。
 面倒ごとを押し付けられたフジは、当然の事ながら怒る。
「弓弦テメェ!・・・覚えてろ。あとから締める」
「ごちゃごちゃうるせー。構えろ、フジ」
 現一の台詞を受けて、フジが低い姿勢から彼を上目遣いに睨む。その手には、鞘に納まった刀が握られていた。
 抜刀の構えをとるフジに、現一は腰の刀に手をかけながら、間合いを詰めていく。
 間合いを越えるまで、時間はかからなかった。
 現一が上から振り下ろす攻撃を、フジが抜きざまに受止める。
 鈍く、しかし、不自然な音が響いた。
 利一にもその原因はわかっていた。――現一の刀は、鞘から抜かれていないのだ。
「おい・・・刀は鞘から抜くもんだぞ。んなことも忘れるくらい、頭錆びついてんのか?」
 挑発的なフジ。しかしその声に余裕は感じられない。
 実際何度かフジが切り込むが、ことごとく現一の刀に受止められていた。
「おまえの相手するには、錆びついたくらいがちょうどいい」
 おもしろくもなさそうに、現一が言う。
 そして、ずっと受身だった彼は、唐突に攻撃に転じた。鞘に収まったままでは重たいはずなのに、それを感じさせない素早さだった。
 あっという間にフジを圧倒し、隙の出来た胴に重い一撃を見舞った。
「フジ!!」
 フジの体が、沈む。手から離れた刀が、畳に落ちて重い音を立てる。
 それはスローモーションで見ているかのようだった。
「利一さま、お下がりください!」
 呆然とする利一を庇うように、徳美が刀を抜きながら前へ飛び出した。
 しかし、三度刀を打ち合わす前に、徳美の体に鞘に収まった刀身が叩き付けられる。
 刀身が彼女に触れる瞬間、鈍い音を聞いた気がした。
 徳美が無抵抗にたたみに伏す。
 利一はその意味を悟って、慌てた。――次は、どう考えたって自分だ。
 いつの間にか取り落としていた、徳美に押し付けられた脇差を、無意識のうちに手が探している。
 柄に指先が触れる。
 湧き上がるのは、――抑えきれなくなる自分への恐怖。
 その逡巡は、どうやら間違いだったと気づくのは、一つ瞬く後の事。
「――うわあっ、ちょっと待って!」
 叫ぶも虚しく、いっそ美しいくらい型にはまった胴への一撃だった。
「失礼、若頭」
 無様に転がり、痛みに呻く利一の頭上から、現一の声が降って来る。
 意識が薄れ掛け、それを放すまいと必死に歯を食いしばる。たたみに爪を立てる。だが――立ち上がれない。
 頭上からは、現一の声が降ってきていた。
「ふぅ、――手応えねぇな。――弓弦、おまえはやらねーの?」
「胡月のことで手一杯だから無理。さっさと行けば?」
 あっさりと弓弦は言う。あっさりと言うよりも、無関心に。
「今まで散々邪魔してきたやつの台詞とは思えねー」
「ぼくは全部、事前に仕掛けとかなきゃ何にも出来ないの。ネタが尽きた時に相手がまだ立ってたら、それはぼくの負け。これでも結構潔い人間なんだよ」
「その口でよく言う。――まあいい、怪我人の治療してろ」
 現一は上座のふすまを開け放つと、そのまま奥へと早足で去っていった。そしてそれは、利一がようやく意識をしっかりと引き戻せた時だった。
「いてててて・・・・・・っ、」
 打たれたところを庇いながら立ち上がる。
 どうにかマシな具合に刀身を受けたらしく、長くくすぶる打撃ではないようだ。
 一方で、フジと徳美が起きる気配はない。
「無理しないほうがいいですよ」
 こちらをちらりと見て、弓弦が言う。
「でも、姫のところに、・・・助けに行かないと・・・っ!」
 奥の部屋へと足を速める利一の背中に、再び弓弦が声をかける。
「利一くん。頭は打たれていなかったはずですよ」
 それは厭味なほどに、真面目な口調だった。
 むっとして振り返る。
「どういう、意味ですか・・・?」
「あなたでは、現一に勝てない。死体の数は少ないほうがいい」
 ――厭味ではない。彼は事実を述べている。
 そんなのわかっている。
 けれど、見て見ぬフリをしろと言うのか。
 それが、春日だと言うのか。
 様々な感情や思考が渦を巻いていた。だが、それを一つずつ処理するのは面倒だった。
 利一は、奥へと一歩踏み出す。
「お待ちなさい。この脇差、利一くんのでしょう?」
「違います」
 利一は走り出した。



「あーあ。行っちゃった」
 弓弦は溜息代わりに言いながら、ちらりと倒れたフジを見やった。
 その視線に気づいていないらしい胡月が、申し訳なさそうに口を開いた。
「ニイやん、胡月のこと構わず行って下さってよいですのん」
「ん?ぼく現一に勝てないし・・・」
 その時、徳美の体が動いた。必死で痛みをこらえながら、彼女は半身を起こした。
「・・・っ、弓弦、どの・・・」
「動かないほうがいい。意識失うほどの痛みだったんだろう?たぶん、あばらが折れてるし、内臓にも響いてるんじゃないかな」
 傍から見る限りだが、現一が一番容赦なく打ったのは、徳美に対してだ。体格の良い現一の一撃は、そうとう重い。
「いけません・・・っ、姫が・・・」
 打たれた部分を庇いながら立とうとする彼女の顔は必死だった。――その精神力に、弓弦は今更ながら感服する。現一は、事が終わるまで彼女に気を失っていてもらうつもりで、強く打ったのだろうに。
 しかし痛みで体が上手く動かせないのは事実のようだった。縋るようにフジを探した徳美は、フジがまだ倒れていることに驚き声を上げる。
「――!フジ!起きてください!フジ!」
 弓弦は呆れよりも軽蔑をこめて、フジを呼んだ。
「大根みたいな芝居やめたらぁ?」
「え・・・?」
 徳美が一瞬おどろきに表情を失くす。
 呼ばれた方は、あっさりと体を起こした。
「ばれてたのか」
 ほらやっぱり、と弓弦は肩をすくめる。――とっさの判断力に優れるフジだ。回避は無理でも軽減はしている。
「うー・・・演技無しにめちゃくちゃ痛いんだけど」
「フジ!芝居とはどういうことですか!姫に何かあったら・・・っ!――姫!」
 由布姫が危機だと思い出したらしく、徳美はダメージの激しい体で走り出そうとした。
 それをフジが止める。
「待て行くな」
「なぜです!通してください!」
「おれはおまえを死なせないために一族から命令されて来たんだよ」
 あまりにも淡々と、当然のようにフジが言ったせいか、徳美は言葉の意味をすぐには理解できなかったようだった。
「フジ・・・?それは、」
 弓弦はごくごく軽いため息をついてフジに向かって言う。
「フジくん、もう少しわかりやすく言えばいいじゃない」
 フジは苦い顔をした。彼は口の中で何度か躊躇い、ようやくはっきり聞こえる言葉にした。
「・・・由布姫の暗殺は一族の意向だ」
「―――!・・・なにを、」
 徳美の声が震える。
「おまえは当主のくせに、まだ春日と宮野の本質をわかっていないらしい。宮野が由布姫を暗殺する理由が、足りないとは思わなかったのか?」
「どういうことですか。宮野の何者かが、由布姫を暗殺しようと命令したわけではないと?」
「それが間違いだ。宮野と春日は対等だ。――宮野が表に、春日が裏に、互いの背中を預けて立っている。春日の意向を確かめず宮野が何か決定を下すことはありえない」
「わたしは・・・そんな、・・・」
 徳美が脱力する。――当主として春日の一柱を任されてきたつもりの彼女には、衝撃だろう。
 フジは言いにくそうに、それでもしっかりとした口調で続けた。
「他の当主たちはおまえに甘いんだよ。今回の暗殺も知らせずに終えようとしたし、薫子の時だっておまえには言わなかった。透には実行させたってのにな。――それだけか、おまえを死なせるなと、わざわざおれに命令してきた」
「薫子は暗殺したのですか・・・?!」
「あいつは分家に由布姫の情報を持ち出そうとしたんだよ。口が裂けても百家の連中には言うなよ」
 フジが多くを略した説明をする。弓弦も、薫子に関しては深く語りたくはなかった。何か聞きたそうにする徳美をさえぎるように、務めて軽い口調で、弓弦は付け加える。
「実行犯は透で、毒はぼくが提供したのさ。大丈夫、医者が病死と言えば病死になるから、誰も罪に問われない」
「そんな・・・」
 徳美が脱力する。――徳美は、春日の裏の顔をほとんど知らない。あまりに真面目で潔癖だから。故に任務に支障をきたすことを面倒がる年長者たちは彼女を議会に呼ばない。
「幻滅したか?」
 はっきりとした口調だったが、フジが徳美の肯定を怯えているのは傍目にわかった。
 フジの様子を知って知らずか。――徳美はかぶりを振った。
「・・・・・・いいえ。――フジ」
「なんだ」
 真っ直ぐに、相手を見据えて。
「どいてください。例えそれが事実でもわたしは、・・・わたしが春日から命じられたのは、彼女を守ることです」
 徳美は意志の強い口調で言い切った。
 フジはやれやれ、とため息をついた。どこか安堵のしたように。
「なら仕方がない。おまえにもう一つ、教えてやる」








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