―――それは、むかぁし、昔の話です。




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01


 乾いた風が吹きすさぶ、荒野が広がっていました。
 からからに干上がった大地に砂が舞い、それらを太陽がじりじりと焦がします。
 旅人が歩いていました。
 くたびれた旅衣はすっかり砂だらけです。
 旅人は砂で霞む景色の中に、集落らしき影を見つけました。水の残りも乏しくなってきていたので、旅人はそこを目指して歩きました。
 しかし集落は、すでに放棄された様子でした。家々は風に傷み、砂に埋もれかけていました。
 井戸がないだろうか、と旅人は見て回りました。
 しかし集落が放棄されるほどの理由となると、最初にあがるのは水の問題です。井戸が涸れている可能性は、充分でした。
 集落の中央、建物の関係で少しだけ風が弱まる場所に、井戸がありました。
 そして井戸のふちに、少年が腰掛けていました。
 旅人は、人がいることに驚きました。
 少年がふいに顔を上げ、旅人に話しかけました。
「ここに住人はいないよ。宿が欲しいなら、西へ行くといい。すぐに村があるよ」
 なるほど、と旅人は内心でうなずきました。
 この少年は、きっとその村から来たのだろう。何のためかは知れないが。
「・・・ここに水はないのか?」
「水ならこれをどうぞ」
 少年は傍らにおいていた水袋を旅人に差し出しました。
 旅人は礼を言って水を飲みました。冷たくて、おいしい水でした。
「この村は、水がなくなって放棄されたんじゃないのか?」
「水はこのとおりだよ」
 少年が示したのは、彼の傍らでした。
 水袋や樽、小さな器にまで水が満ちています。
「隣村からわざわざ汲みに来るくらいにね」
「なんでまた、ここに住まないんだ?」
「それには深い訳がある」
「きみはなぜここに?」
「僕は水の番人なんだ。だからここに住んでいる」
「なるほど」
 旅人は何度かうなずきました。そして、少年の傍らに――井戸のふちに腰掛けました。
 後ろの井戸をのぞくと、深い闇がありました。けれどもそこから、水の気配はしませんでした。
「では、深いわけとやらを聞かせてもらえないかな」
 旅人が言うと、少年は静かに微笑んでうなずきました。
「いいよ。長い話になるけれどね」
 少年は傍らからぼろぼろになった絵本を取り出して、開きました。

「それは、むかぁし、昔の話です」

 そうして、少年は息を吸い込み、語り始めます。



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