02----



 誰の物とも知れない古い墓に桜を供え、俺は再び目的地へと歩き出す。
 一族の墓地は新旧入り混じるがどれも立派なものが立ち並ぶ。昔から春家が持っていた墓地を、一族共有としたものだ。
 周囲は林で、墓地全体が影に入っている。風が吹くと少し肌寒い。
 百家の墓石の前に、和装の女性が立っていた。
 その立ち姿にぎょっとする。――あまりにも薫子と似ているから。
 振り返った彼女はふっと笑った。
「薫子と間違えたのかしら?」
「ああ。よく似てるよ、おまえら」
 百家の孜子は薫子の姉になる。俺ほどではないにしろ彼女は薫子の理解者だった。そして彼女らは仲のいい姉妹だった。決して一般に当てはまる良さではなかったが。
 薫子の理解者とは、常に薫子の敵に限りなく近い。
 閑古鳥の雛がまだ卵から孵らないライバルを巣から落とすことを知ったとき、薫子は顔色を変えず「私もきっとそうするわ」と、背筋の寒くなるような声で言ったことがある。
 孜子が薫子の後に生まれていたなら、孜子が野心のある人間であったならきっと、巣から落とされていただろう。薫子がそう思う程度には、孜子は使える人間だ。
「桜は、持ってこなかったのね」
 孜子がぽつりと言う。
 ほらやっぱり。――俺は心の奥で嘆息した。
 孜子が薫子と仲が良かったのは、彼女が野心を持たないからだ。征服欲だとか支配欲と呼ばれるものを知らない。人を押しのけてまで手に入れようという気が無い。だから薫子の野心を、気の合う姉として支えていた。俺のように、対立することなく。
「忘れてたよ、そんなことすっかり」
「そう。残念だわ。持ってきてくれたなら、渡せたのに。薫子が遺言を残してたから」
「形見か?」
 違うとわかっていながら問いかける。孜子はそれを悟ってか、軽く笑みを漏らした。
「ただの遺言よ。――私は、出来るだけ遺言どおりにしてあげたかったの」
「悪いな、片方が死んだってのに、俺たちのゲームにつき合わせて」
「ほんとにね。――結局あなたたちって、仲良かったの?悪かったの?」
 俺は込み上げてくる笑いをこらえ切れずに、口の端に浮かべた。
「さあ?――お互いに最高の理解者だったってことは確かだよ」
 勝利の笑みだった。


「あなたが桜を持ってきたら引導を渡してって言われてた」
 孜子は懐かしむようにふっと息を吐いた。
「――桜を持ってくるなら、私に未練を持ってるの。だから私のところに送って頂戴。だってそれほど私に執着しているなら、私が貰っていいに決まってる。――って言ってたわ。死ぬまで自分勝手だったわね、あの子って」
 苦笑が混じる。
 俺も苦笑する。どちらかといえば、遺言を実行する従順な孜子に対しての苦笑だった。
「それで、あんたは百家の間者を連れて待ち伏せか」
「だって、あなたを一人で相手する自信はないもの」
「もういいだろう。帰せよ」
 孜子がうなずいて、後ろを振り返り、手を挙げた。すると、林の中にあった複数の気配が消える。
 俺は薫子の眠る墓を見下ろした。先祖代々の墓と彫られたそこには、百家の名を持った多くの人々が眠っている。
 俺は薫子だけに、語りかける。
「俺の勝ちだ」
 孜子が俺に背を向け去っていく。
 林を通り抜けた肌寒い風が墓地へと吹き込んでくる。
 俺は微笑んで、ポケットの中身をつかみ出す。
 そして、墓前へと置いた。
「次は地獄で会おう」


 墓前の一掴みの桜の花びらは、次に吹いてきた風で宙に舞った。


----了----





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