05−友
夢を見た。
――私は普段、ほとんど夢を見ない。けれど、病院に出入りするようになってから時折見てしまう。とびっきり、嫌な夢だ。
薬のせいだろう。思考能力、判断力、そして自分の体を制御する支配力、そういうものは全部影響を受けている。
中学の時の夢だった。私は学校が大嫌いで、だけど表面上を繕う能力だけは長けていたから、自称「友人」たちがたくさんいた。生ぬるい果実にたかる、夏の小蝿のようだと思っていた。
だらだらといつまでも続くおしゃべりには、本気で頭痛がしてくる。なんでこんなに頭の悪い会話しかできないんだろう。本音は隠せばいいのに。オブラートに少しは包めといわれる私ですら、ある程度本音は隠しているというのに。
「あたし、あの子のこと嫌いなのよね。なんていうか、性格悪いじゃん。この前、くっだらないこと先生にチクるし。おかげでこっちは一時間お説教。やってらんない。事故って死ねばいいのに」
逆恨みだ。
集まっている子のうち半数は、少し気まずそうにしている。一応後が面倒だからという配慮からか、形ばかりの同意はしているけれど。
「ねえ、薫ちゃんさ、誰にでも優しくするのやめなよ。あんな子にまで優しくしてたら、薫ちゃんの評判が落ちるよ」
「そうそう。それに、あっちが調子に乗って、あたし薫ちゃんの友達とか言い出したらどうするの?やばいじゃん」
そっくりそのまま言葉を返してもいいんだけれど。
こいつの理論のみ正しいとすれば、すでにやばいじゃん、私。
――今になってみれば、この年頃の煩雑で未熟な人間関係は、必要だと思う。反面教師だらけだし、他人との距離のとり方を学ぶための練習代がたくさんいるし。なによりも、互いが未熟だから、成長する余地が生まれるのだ。
私は存分に成長させてもらう。だから、今は付き合う。
「あら、誰にでも優しいわけないじゃないの」
「えーっ。そりゃいじめろとは言わないけどさ。無視しとけばいいじゃん?」
翻訳すれば、みんなで無視して除け者にしていじめよう、ってところか。言い回しが下手すぎて、笑いをこらえるのが大変だ。ああ、でも、一応直接「いじめたい」だなんて言わないのね。――こういうところが、未熟なのだ。
そろそろこの喜劇にも飽きてきた私は、その輪を抜けることにする。
「私、今日習い事なの。先に帰るわね」
「今日は何?」
「剣道よ」
「やめればいいのに。なんか、薫ちゃんに似合わない」
「私もそう思うけど、習慣になってるし。あと、お稽古の後のお茶とお菓子、おいしいし」
他人の習い事に口を出す人間の気が知れない。金を出しているわけでも、その習い事によってどこかに迷惑が生じているわけでもないのに。礼節というものがまだ未習熟なのだと思う。剣道で、多少の礼節は学べるから、彼女にこそお薦めしたい。
放課後の教室を出て、階段を駆け下りる。玄関前で、私は目的の人物を捕まえた。
「徳美!」
呼びかけに振り返るのは、真っ黒でまっすぐな髪を、生真面目に一つに縛っている幼馴染の一人。
「どうしたの、さっき教室に居なかった?」
「今日は道場に行く日だもの。長居はできないわ。そうでしょ?」
「ふうん」
彼女は少し困ったような笑みを見せた。――彼女は、私があの「友人」たちを本当は好いていないことを知っているのだ。
「私といると、評判を落とすんじゃないの?」
この幼馴染は、堅物で、そして強い。状況を面白がっている雰囲気さえある。
「やっぱり聞こえてたのね」
「あの子、昨日は薫の悪口を言っていたわ」
「でしょうね。ま、一人くらい底なしの愚か者がいたっていいのよ。多くの人に、わが身を振り返る機会が訪れるでしょう」
私は、この幼馴染とは友人でありたいと思っている。このときも、そして大人になった今も。向こうがどう思っているかわからない。
もしかしたら私が含みある意味での「友人」たちを内心で軽蔑し拒絶するように、彼女も私のことを軽蔑しているかもしれない。そんなことはなくたって、友人とは思っていないかもしれない。
「疲れないの?薫は確かに、学校では誰にでも優しい。親戚連中には優しくないのに」
「疲れすぎて頭痛いわよ。でも私が少しでも『あの子嫌い』みたいな態度とったら、みんなでいじめ始めるでしょ」
「それは薫の今までの態度がそうさせてるんだと思うけれど?こういうのを、精神的指導者っていうの?」
「やめてよ、怪しい新興宗教の教祖みたいじゃないの」
「歴史の授業で覚えた言葉よ?」
「そもそも、なんで私の行動にみんな『前に習え!』なのよ。意味わかんないわ」
「集団を上手にあしらうとそうなるのね。勉強になったわ。真似は出来ないと思うけれど、人生のどこかで参考にする場面もあるかも」
「嫌味?!私は悪目立ちしたくなかっただけ!」
「頭隠して尻隠さず?ちょっと違う?でも、薫にも失敗があると思ったら、すごく楽に生きていけるわ。ありがとう」
「なにがありがとうよっ、私は面倒だらけだって言うのに!高校はやっぱり付属か隣の私立に行くわ。今の人間関係全部清算したいもの。ああああっ、でもあと一年も耐えられるかしら!」
「はげないように気をつけて」
「縁起でもないこと言わないでよ!」
こんな風に話せる相手は、後にも先にも彼女だけだった。
我の強すぎる私と敵対することもなく、かといって他の自称「友人」たちのようにべったりと寄りかかってくるわけでもない。私を無視するわけでもない。私を恐れることもない。
なんの含みもなく、笑い合える相手。今思えば、そんなのは彼女だけだった。