03
五つくらいの歳の差でも、春日一族では同年代としてひとくくりにされるから、年上に対する遠慮と言うものが、基本的にない。年下に対する容赦と言うものも、あまりない。
それでもって、女傑が多いもんだから、女への差別意識が薄ければ容赦もない。
俺の母親は良家の当主をやっている。紘家も真家も百家も、女が当主だ。しかも俺たちの年代は、あの薫子を間近に見ている。性別不明のフジもいる。
「女だから弱い」という意識は、あんまりない。
だからちょっとわからない。
「・・・えと、萩子、さん平気かなって思って。女の子相手なのに俺手加減とかぜんぜんできなかったし・・・・・・」
突然見舞いに行ったのに、春日の跡継ぎ候補――春日利一は俺の姿を認めてへらっと笑った。ちょっと神経を疑いたくなる。無論、薫子とは違った意味で。
そのまま「さっきまで、至輝様とフジが来てたんですよ」とかにこやかに話しながら、二人で病院内にある喫茶室に移動した。
正面に座った彼を見ながら思う。
ああ、こいつ馬鹿なのか。筋金入りの馬鹿なのか。
フジが常々この少年を遠慮なく「馬鹿」と評するが、意味がわかった気がする。
「・・・若頭。たぶんシュウは、若頭より強いっすよ」
「え、そうなんですか?」
「ああ、でも間者の中では強いうちには入りませんよ」
それでも、素人相手に遅れをとったのはあいつが冷静さを欠いていたからだ。春日の間者が、一般人の少年に後れをとるなんてのは醜聞でしかない。
「変なこと気にするんすね。殺されかけたくせに」
俺にも。
揶揄するように言うと、あのときのことを思い出したのか、ちょっとだけ青ざめた。
「ええと・・・そういやそうですね」
馬鹿だ。
キレたらあの迫力を出せる少年だとはどうしても思えない。こいつの怒りのバロメーターはどうなっているんだろうか。キレる十代ってやつか?もう死語だろそんなの。
けれども。
「おれは・・・生きるけど、・・・・・・武器は・・・いりません」
あの時こいつは、シュウと対峙したときと同じ目をしながら、刀を手放した。
後ろに由布姫を――佐登美をかばいながら。
どうするつもりだったんだろう、と考える。刀を捨てて、自分は殺されて、その後がどうなるか考えなかった・・・のかもしれないな。この馬鹿は。
「なんで若頭、刀抜かなかったんすか?」
「え、抜いたじゃないですか」
「・・・・・・抜いただけでしょ」
とんち話で済む状況じゃなかっただろうがあの時は。
「あの、でも・・・例え刀で切りかかったって、現一さんのほうが圧倒的に強いじゃないですか」
「まぁ、そうっすね」
素人のガキに負けるもんか。
「・・・その、俺が停学になったの知ってますよね?あのとき、あー俺またやっちゃうのかなーって思ってて。萩子さんのこともあったばっかだったし。親が知るわけないんだけど、親にまた怒られるとか泣かれるとか、そんなことも考えて」
ああ、孝行息子?いや、やっぱ馬鹿だって。
「でも、俺が刀抜いたとき、現一さんが・・・笑った、でしょう?」
「・・・そうっすか?」
「微笑む?っていうか、ほっとするっていうか・・・気のせいなのかな。でも、今まで圧倒的に強い感じがしてたのに、急に隙だらけになって、勝ちを譲る、じゃないけどそんな感じだったから」
ああ、そうか。
「あー、俺は別にここでキレる必要ないんだなーって。あ、いや、実際あの状況でややこしいことは考えてなかったんですけど、なんとなく」
えへへ、と締りのない笑みを見せる。
フジがこいつを推薦した理由の一端を、垣間見た気がした。
仮定なんて、情けないことばかりしてるってこともわかってる。
だけど。
尊、おまえももう少し生きていればよかったのに、って。今は思ったんだ。
「シュウ」
呼びかけたときに返ってくる視線は、あまりにまっすぐで鋭い。薫子は激情の人間だったけれど、妹であるこの萩子も同じだ。どちらも感情が激しいぶん、取る手段は過激だった。
ただし、計算高かった薫子に比べて、萩子はあまりに不器用だ。まっすぐに感情をぶつけることしか知らない。尊と、そんなところは似ていると思う。
「ねぇ・・・ほんと、なんで邪魔したの」
声音には、少し落ち着きが戻っていた。まぁ、憎い相手を雨の庭に突き落とせば、少しはすっきりするだろう。
薄暗い台所には、雨の音が響いている。
シュウは冷蔵庫を開けると、麦茶を取り出して、グラスに注いだ。――仕事を忘れたわけじゃないらしい。
「なんで、あれを目の敵にするのか。そっちのほうが俺は疑問だよ」
「私が知らないと思ってる?」
「・・・なにを」
「薫子が死んだ理由」
「・・・・・・忘れろ」
「三船尊が死んだ理由も」
「薫子とは別物だ、忘れろ」
からん、とグラスの中の氷が音をたてた。
シュウはふっと息を吐いて、遠くを見つめている。
「現一って、ぜんぜん年上って感じがしないわ」
「なんだそりゃ・・・。どういたしましてとでも言えばいいのか?」
「さあ?――」
シュウは不意に笑みを漏らした。
「私って、死ぬ覚悟がない?」
「・・・・・・」
「春日利一を殺したところでとうにもならないことくらい、わかってるわよ」
「なら、なんで」
「どこか破りでもしないと、八方塞がりでしょう。死ぬつもりはないけれど、生きたまま腐りたくもないの」
「・・・意外に冷静だな」
「ただの死にたがりにはわからないかもね。――忘れてちょうだい。あなたに言うことじゃなかったわ」
シュウはこちらの返答を求めずに、三つのグラスを置いたお盆を、こちらにつきだした。
「若君に、お持ちして。誰かの前に出る気にはなれないわ」
「その顔だしな」
「・・・・・・ねぇ。時々、止まれなくなるの。酸欠のときと似てるわね。視界の端が白くて、理性がどっかとんでる。――そういう自覚くらいあるわ。でも何かを殴りつけでもしてないと、正気でやってられない。私、三船尊になるつもりはないの」
シュウはそのまま台所から姿を消した。
――「ただの死にたがりにはわからないかもね」
ほんの少しだけ、笑みを見せて、そう言った。
不思議に思えた。
尊はあんなこと言わなかった。一人で追い詰められて、勝手に死んでいった。
死に顔はそれはもう穏やかで、穏やかで、見送る側は言葉が出ないほどに穏やかで。
(馬鹿みてぇじゃねーか、尊)
ふいに、そんな感情が湧きあがってきた。
馬鹿みたいだ。
とてつもなく。
(馬鹿が)
そのとき、墓前で怒鳴りつけたい衝動に駆られていた。