02


「それは・・・けったいな任務ですね」
 口をついて出た言葉にあわてたが、出てしまったから仕方ない。それに、結果としてじじさまはその答えを気に入ってくれたようだった。
「けったい、とな。相変わらず、そなたはおもしろいなぁ」
 春日一族の頭領と言う立場にありながら、じじさまは普段、奇妙なほど常識的な人だった。
 常識的。いや、少し違うか。
 一般的。これも違う。
 喋っていて、普通の感じがする。――これ以外に思いつかない。
「現一、なぜけったいだと思う?」
「なぜと問われても・・・。――とにかく、俺に、若君の護衛役が回ってくるのって、おかしくないですか」
 宮野の人間の警護は、紘家と決まっている。手が足りなければ百家。背に腹は変えられないときだって瀧家か十家。それ以外が護衛役を引き受けるとしたら、そいつがかつて主の影役だった、とか。
 人を育てることは自分を育てることだとか言われて、中学三年にして若君の剣道指南役をおおせつかったことはあるが、それ以外にあの若君との接点はない。
 当時俺は、若君のあの我侭気質で短気なところを子供らしくてかわいい(隣にフジがいたせいで本当にとてもかわいらしく見えた)と思った一方、気に入らない思いもあって、かなり厳しいことをやっているから、当然だが若君に嫌われている。
「徳美はどうしました?いくら紘家の当主となったからといって、旦那様の護衛に回すには、彼女はまだ早いでしょう。若君の警護から、なぜ彼女を外すんです?」
 紘家の当主は宮野の主を傍で守る。それが役目だ。
 しかし紘家の先代当主がそれを放棄。徳美が粗方のことを引き継ぎはしたものの、若い彼女に当主の護衛は無理だと判断された。
 今現在、宮野当主にはかつての影役が一人で護衛任務をこなしている。それに問題はないはずだ。
 もともと徳美が当主になるころには宮野の若君も主となっているだろうという予測のもと、徳美は若君の護衛役をずっと務めていた。
 今更その徳美を降ろし、俺と透を護衛役として任命するというのだ。けったいだ、と言わないにしても「おかしいだろうそれは」と言わせて貰いたい。
 しかしじじさまは笑って首を振る。
「徳美にはな、姫の警護を言いつけた」
「・・・・・・」
 俺はしばし沈思した。
 姫――宮野家の長女として扱われているあの少女の正体は、一族の主だった家の当主やその跡継ぎにしか明白にされていない。それどころか、姫が姫ではないと知らない跡継ぎだっている。透もその一人だ。
 ――宮野家の由布姫と呼ばれる存在は、五歳の幼さでこの世を去った。今姫と呼ばれているのは、それの影役。本来の名を、紘生佐登美と言う。
「じじさま。――俺ごときがじじさまのお考えを察するなどもちろん無理な話です。下手な想像をさせないためにも、その理由をお聞かせ願えませんか」
「ぬしは、いい人間になったな」
 にやり、とじじさまが見せた笑み。そこに深い人生が垣間見える。深すぎて、うまく感情を読み取ることができない。
「こうなってみると、悪さばかりしておった頃がなつかしい」
「・・・・・・じじさま」
「すまぬな。年寄りは昔のことばかり言うものとあきらめてくれ。――のう、現一」
「なんでしょうか・・・?」
「世の中は、なるようにしかならぬ。おぬしに、これまでの積み重ねがあるのならば、案ずるまでもない、良いようになるだろうさ」
 これは励ましなのだろうか。意味がよくわからない。
「簡単に言うておこう。――佐登美のことが明るみになるのは、時間の問題のようだ」
「・・・・・・戸籍上でも、あれは宮野由布であるはずです。実は佐登美だとばれたところで、証拠は何もない」
「面倒なことになるのは、確かだ。その厄介ごとに比べたら、由布の存在価値は些細なものだと、いう輩がおる」
「紘生佐登美を、暗殺から守るためならば、徳美では弱いでしょう。彼女は生臭い敵には慣れていない」
「そうさな。紘家はそういうものに弱い」
 ふいにじじさまは声のトーンを落とした。さらに顔に濃い影を落として。
「――だからじゃ」
 その様子にぎょっとした。言葉の意味を理解するのは、一拍後。
 俺はなにも言えなくなってしまう。
「姫にろくな守りもつけずに殺されたとあっては、分家連中の非難を避けられぬ。どこを犯人に仕立て上げるにしても、徳美を守りにつけておけば多少はましになる。
 徳美はあれでも当主としてはなかなかよい働きをしておるからな。姫を守れなかったところで、面と向かって非難するものはおるまいよ。まして、そこに慶藤もついていたとなれば、皆が沈黙する」
 思わず舌打ちしそうになって、あわててやめる。だが表情は隠せなかった。
 一方でなるほど、とも思う。慶藤――フジは十四にして良家の分家をひとつ潰したのを初めとして、その後も邪魔な家を次々と春日一族からの追放へと追いやっている。あれを相手に面と向かって牙をむく力のある分家なんて、ニノ春日くらいだ。
「慶藤はすべて承知じゃ。逆に、透には詳しいことを話しておらぬ。そなたがよいと思う部分まで、あの子が納得するように話してやれ」
「――透に、やらせよとおっしゃる?」
「あれは三家の者だからな」
 じじさまは透をかわいがっているはずだ。それでもあっさりとそんなことを命じる。理由がわからない。この人は、――なにを。
「分家に口出しはさせぬ状況ができた。議会の面々は、紘家を除いて皆納得しておる。よい仕事をしてまいれ」
 返事をするべきだった。「はい」と一言言うだけだ。
 けれどそれすらできず、ただ頭を下げた。

 尊、と心の中で呼びかける。
 おまえに聞いても詮無いことかもしれないけれど、言いたいんだ。
 おまえはどうして、―――



 由布姫は「病弱」でほとんど表に出てこない。俺は若君との接点はあったけれど、この由布姫には挨拶したことが二度ほどあるだけだった。
 生活拠点を宮野家に移して二ヶ月たっても、やはり由布姫との接点はない。
 しかし徳美が真面目な顔で彼女を「姫」と呼び仕える姿は、見ていて痛ましかった。本来彼女らは、主従ではなく姉妹であるはずだ。
「ナルちゃん、平気なわけ?」
 一度だけ、たまたま道中が一緒になったときに聞いた。
 軽い口調でなければ聞けなかった。
「・・・私は、臆病な人間です。己の考えを行動に移せるほどの勇気はないのです。しかし幸いなことに、じじさまという私に道を示してくださる方がいらっしゃいます。――妄信しているわけではありませんよ。けれども、じじさまのお言葉を、あの方を、信じたいのです」
 よほど、喋ってしまおうかと思った。
 おそらく俺が、あんたの妹を殺すことになる。あんたの寄せている信頼を叩き切ることになる、と。
 議会は将来のことも考えて透に経験を積ませたいようだったが、そんなの端から無視するつもりだった。尊が死ぬまで、春日の存在をろくに知らずに育った透に、できるはずがない。
 だから、俺が殺す。
 そうなったとき、徳美はどうするだろう?
 俺を殺すだろうか。春日に絶望するだろうか。じじさまを憎むだろうか。
「現一殿。私は・・・尊殿がお亡くなりになったときに、春日が恐ろしくてたまらなくなりました。人を食らう怪物のように思えて」
「・・・・・・」
「同時に姫が心配でたまらなくなりました。けれど姫をここから連れ出すなんてできません。どうすることが一番いいのか、考えました。そして結果、意見を違えた父を廃してまで当主となり、失われた紘家の権力を取り戻してきました。私が己で考え行動したのは、これが初めてかもしれません。姫を守るために、です。――これまでは、そんな間接的な守り方しかできなかった。しかし今は、春日の命令という後ろ盾をもって守れる」
 徳美はぎこちなく微笑んだ。
「じじさまが、そんな私の思いを汲んでくださったと。そう考えていますよ」
 信じきれないでいる顔だった。不確定な要素が多いことは、歳若いとはいえ当主の彼女のほうが、良く知っているだろう。
 それでも、俺などよりずっと肝が据わっている。
 思えば、父親から奪い取るも同然で当主の地位についた人間だ。弱いはずがなかった。
 その後、一度だけ由布姫と喋る機会があった。
 由布姫は、人の顔を一瞥するとこう言い放った。
「あなた、ふじに似ているのね」
「・・・あれは私の従弟です」
「薫子にも似ています」
 眉間にしわがよりそうになるのを何とかこらえた。
 よりにもよって、ろくでもない人間代表の薫子と似ていると言われるとは。
「・・・確かに、百家と良家は何代か前に交わりがありますよ。しかし似ているとは思えませんが・・・」
「あら、血縁とは知りませんでした」
「はぁ、」
「ただ、死に臨む顔だと思いました。あなたも、最後に会った時の薫子も」
 傍に控えていた徳美や由布姫の乳母は怪訝な顔をした。
 俺は少し悩んで、そして由布姫をまっすぐ見据えて笑いかけた。
 由布姫は一瞬驚いて、次の瞬間ふわりと微笑みを返した。浮世離れした、ぞくっとする笑みだった。


 理解できた気がしたのだ。じじさまがこんな不幸な少女の暗殺を許した理由が。
 だから由布姫に静かに告げた。
「大丈夫。あなたには近いうちに、救われるはずです」






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