26
問いかけの次の瞬間には、少年の手からナイフが離れていた。
金属音が響き、ナイフが床に落ちる。
弓弦ははっとして背後を見やる。
ほぼ同時に、少年が舌打ちした。
「散々先延ばしにしたのは、時間稼ぎというわけですか」
弓弦と少年の視界の先に、――ドアを開け放ったときの格好で、青白い顔の現一が立っていた。
「夕方に起こせっつっただろうが」
「フジが起こすなって言ったから」
回答を求められたようではなかったが、律儀に言う。
現一はすでに聞いていない。すばやく少年に向かって投じたのは、鉛球だ。よく三家が使う武器だが、現一もまた自在にそれを使いこなす。――先ほどのナイフを落としたのも、この鉛球による攻撃だろう。
少年はそれをかわし、現一へと向かってゆく。手には新たなナイフが握られている。
現一はそれを素手であしらった。
体をかわし、少年の懐へ入り込み、間合いを封じて少年の手をひねり上げる。同時に少年のみぞおちへと、こぶしを叩き込む。
決して大柄ではない少年の体は、床に激しく打ち付けられた。
頭領に天才とまで言わせる現一に、滋家の間者とは言え未熟者がかなうはずがない。
「――どういう状況だ、これ」
少年が気を失っていることを確かめながら、現一が不機嫌に問う。
「ぼくにもよくわからない。けど、助かったよ。ありがとう」
「そのクソガキの言うこともよくわからねぇな。――弓弦になんで毒を飲ませる必要があるんだ」
「あれ、そこから聞いてたの?」
「おまえが喋らせようとしてたから。そこは黙っておかないと、台無しだろう」
「大変よい判断だけどさぁ、――キミには薬が効いてないのかな」
「効いてる。今すげぇ眠い」
言いながら、現一は少年が身に着けていた武器をすべて探して遠ざけた。そしてつかみ起こすと、弓弦が場所を譲ったソファに乱暴に投げ出す。
「で、これ誰だ」
「滋家の隠された間者」
「げっ・・・なんでおまえそんな厄介なもんに・・・」
現一が属する良家も、春日の役割は裏方になる。同じ裏を知る家として、滋家がどのような存在か、何をやらかしているのか、かなりな部分を悟っているようだ。
「任務をフジに邪魔されて失敗したせいで、実家から暗殺されかけたところを春家に保護されている。はずだったんだけどねぇ」
「はぁ?意味わかんねぇ」
「ちなみに賢治の弟らしいよ」
「・・・・・・もう言うな」
厄介ごとはごめんだ、ということか。
現一はややこしいことを極力避ける傾向がある。ある意味弓弦とよく似た考え方をもっている。違うことがあるとすれば、彼は何も知らないまま動けるということだ。自分が動いたことで誰かが多大な影響を受けるだとか、誰かに不利になるとか、多くを考えずに、目の前の目的を果たすためだけに動く。――いや、あえて考えていない。
知らぬまま行動できるのは、一種の強さだ。自分の守れる範囲だけを守り、それ以外を見捨てる。見捨てることは、この青年にとって簡単に整理がつくことではないだろうに。
そのとき、気を失っていた少年が呻いて目を開けた。
「頑丈にできてんなぁ」
やれやれ、といった調子で現一がつぶやく。
少年は警戒心たっぷりに身を起こし、反射的に武器を探る。――が、現一がすでに取り上げている。
「――良家の、嫡男か」
「自己紹介はいらねぇらしいな」
「なぜおまえが真家と?」
「偉そうに口をきけたもんだな」
現一が鼻で笑い飛ばす。
言うまでもなく、現一が圧倒的有利に立っている。
さてどう料理してくれようかと不機嫌を一切隠さず威圧する現一から少年を救ったのは、呼び鈴の音だった。