18


 今日一日で面会が降りるとは思っていない。紘家現当主の処遇が決まるまで、まだ二週間。時間はある。通っていれば、頭領に会えば変わるかもしれないし、運よく徳美に会える可能性だってある。
 秋を終え、常緑の木々のみが色を添える庭園にゆっくり目をやる暇もなく、門までたどり着く。
 蓮が用心深く門の戸を開けたときだった。
「――、人気者だね弓弦くん」
 皮肉っぽく、蓮が言う。そして弓弦を庇うように後ろへ下がった。
「頭領は留守だよ、賢治くん」
「賢治!」
 弓弦は蓮の前に出ようとした。しかし蓮はそれを許さず、なぜか弓弦を庇う姿勢を崩さなかった。表情にも声にも余裕があったが。
 一方の賢治は厳しい表情だった。
「頭領にお会いしたい」
 固い口調で、一言だけ。
 もちろん蓮は首を横に振る。
「さっき言ったとおりだ。出直しておいで」
「待たせてもらう。それとも家を気にするんですか。――滋家は関係ない。おれはおれの考えで行動してます」
「それでもだめ」
「あなたに止める権利はないはずだ、十家当主」
「悔しいけど正解だなぁ」
 余裕の様子だったのに、あっさり口で負けた蓮である。
 賢治は厳しい表情のまま、門をくぐり、玄関へと歩いていった。
 その後姿を見ながら、蓮が一言。
「暴れられたら、私じゃ負けちゃうな」
 思わず呆れたまなざしを十家当主に送った。当主はそんな弓弦に笑いかける。
「すまん、弓弦くん。勝手に帰って。たぶん君なら、生かしてもらえるから安心しなさい」
「前々から思っていたんですが、うちの母と似てますよね。そういうむかつく発言」
「若いころ、いざよさんに散々鍛えられたから」
 元凶は、自分の母親か。
 弓弦が納得している間に、蓮は小走りで玄関に消えた賢治の後を追っていった。その後姿が、楽しそうに見える。
 自分の身の危険も、蓮にペースを乱された後ではどうでもよくなってきた。
 ため息をつきながら門を出る。
 張り巡らされた塀に沿って歩いていく。――道場にいるという頭領を直接訪ねようか。しかしそれは、礼を欠く。春日では重視される事柄である。
 思案に沈む弓弦が、ふと気配に気づき視線を上げたとき、目の前には知った顔の男がいた。
 弓弦は眉をひそめた。
 ――瀧家の瑞貴。
 年は徳美と同じ。「春日の書記官」の名を持つ瀧家の人間で、現役大学生。真面目だが口数少なく、一族内で影が薄い。弓弦とは仲良くも悪くもない。そんな相手だ。
 弓弦が眉をひそめたのは、その瑞貴が鬼気迫った形相でいたからだった。
「瑞貴?」
「これくらいの塀、弓弦でも越えられるだろう」
 一瞬何を言われているのかわからなかった。問い返す間もなく、瑞貴は塀に飛びつき、軽々と登る。
「付いて来い。徳美のところまで案内してやる」
「――!」
 弓弦は一瞬体を硬直させたが、すぐにわれに返った。
 塀の向こうに姿を消した瑞貴を追って、あわてて塀を登る。普段の怠慢が現れて手間取った。
 塀を越えるとそこは広い庭の一角で、植木の向こうに西の棟の縁側が見えた。
「瑞貴、どういうことだ」
「歩きながらだ。ぎりぎりに見積もって、二分しかないんだ。十家の奥方が見回っている、手ごわいぞ」
「わかった」
 走らず、早歩き。屋敷の中から見たとき死角になる場所を選んで進んでいく。門から見て奥まった部屋に向かっているようだったが、弓弦はこの屋敷をそれほど詳しく把握していない。
「私と透は徳美の護衛に、ここに入ってる。徳美同様、外部との接触が限られてるが、徳美ほどにマークされてるわけじゃない。そこに、賢治が気づいた」
「賢治が、」
「私と透は賢治の話に乗ったんだ。――徳美は当主の器じゃない。春日から逃げられるときに、逃げておくべきだ」
「ぼくらが動いた結果で、どんな争いが起こるとか、考えたの?」
「薫たちの喧嘩より面倒なものがあるなんて、思っていない」
「――それは同感」
「護衛役は、徳美と口をきいてはならないと決められている。さらに、十家の奥方に盗聴されている」
「奥方が駆けつけるまでにすべてを話せって?無茶言うね」
「盗聴器には工作する。だけど長時間は誤魔化せないし、二度と同じ手は通じない」
「わかった」
 外に面した廊下の端から屋敷に上がり、そこから更に奥へ進んだ場所に、透が不安そうな顔をして待っていた。弓弦と瑞貴に気づくと、一瞬安堵の表情を見せ、すぐに引き締めた。
「盗聴器はさっきはずしておいたわ。今は別のを稼動させてる」
 無声音とも言えない、ほとんど口の動きだけで二人は言葉を交わす。
「ありがとう。――徳美は中?」
「うん」
 透の肯定を受けて、瑞貴はふすまの前で一つ手を叩く。――入室の許可を尋ねる代わりの行為だ。
 中からはすぐに徳美の声がした。
「どうぞ、お入りください」
 瑞貴は緊張の面持ちで、ふすまを開けた。
 瑞貴、透、そして弓弦がいることに、徳美は瞠目した。すぐに言葉は出ない様子だった。
 徳美は簡単な袴姿で、古いふみ机に向かって書き物をしていたらしかった。あわてて立ち上がり、驚きながらも三人を室内に招き入れる。
 徳美は弓弦の正面にすわり、持っていた刀を自分の右側に置いた。――聞く姿勢は整ったということだ。
「単刀直入に言うよ、徳美ちゃん」
「弓弦どの――、頭領の許可は、」
「ない。しかも時間もない。だから先に言っておく。危険を冒したのはぼくやこの二人だけじゃないよ。――それほどに、君に言いたい事がある」
 徳美は神妙にうなずいた。――頭が堅いといわれる彼女だが、こういう対応を出来るというなら充分柔軟だ。話が早くて助かる。
「して、その内容は」
「紘家当主の告発、取り下げてほしい」
「そのわけを、お話していただける時間はありますか」
 薄く眉間にしわを刻みながら、徳美は先を促した。
 弓弦はうなずく。
「今現在、春日当主議会は頭領の跡継ぎ問題でもめてる。二年ほど前から膠着状態だ。その原因の一つに、紘家当主が議会を放棄していたという理由がある」
「ええ、」
「紘家当主はおそらく罷免される。このままにする理由がないから。そして当主が罷免され、君が当主になった場合、この跡継ぎ問題に動きがあるかもしれないと考えた人間がほとんどだ。他の人間が当主になっても、分家連中が騒ぎ出すことに間違いない。――どちらをとっても、頭領の跡継ぎ問題に悪影響を与えることになる」
 徳美のまなざしが厳しさを増した。
「わたしは、最悪のタイミングで父を告発したということですね。――悪影響とは、何か教えていただけますか」
「フジと薫子が、跡継ぎ問題を挟んで争ってるんだ」
「フジと薫?」
「――瑞貴、透。二人も知らないだろうから、よく聞いて。今後自分の身を護る材料になるから。――薫子は春日当主議会を、潰そうとしてる。逆にフジは、春日利一という頭領候補を議会に承認させ、自分は後見になろうとしてる。薫子の最大の敵は、当主議会なんかじゃなく、フジだ。だから薫子はフジを遠ざけるために、春日利一の春日入りを徹底的に邪魔してる」
 瑞貴と透の様子をうかがうと、真剣だがいまいち着いていけないという様子。反対に徳美は、深刻な顔をして視線を伏せている。
「フジはまだ権力を持つべきじゃない。彼を潰すために、家々が結託して武力行使に出る可能性が出てくるから。フジにはそれを未然に防ぐ情報網と立場が出来上がってない。逆にフジが倒れた場合、今度は当主議会が薫子に潰される。薫子は、少なくとも議会に匹敵する情報網を持ってるからね。――どちらをも防ぐには、跡継ぎ問題を膠着させることが一番なんだ。きっとまだ間に合うから、考え直してほしい」
 しばらくの間誰も喋らなかったが、心臓が痛いほどに跳ね、耳の奥で脈が耳障りに響き続けていて、耐え難い沈黙だった。
 それを破ったのは、なんと、ふすまが静かに開く音だった。
 ぎょっとして四人がそちらを見れば、気配を潜めた賢治の姿があった。
「賢治!」
「話は終わったか?」
「大方。――賢治がいるってどういうこと?」
「玄関から丁重に帰されて、今度は塀を乗り越えてきたってだけの話」
「君が来たら、余計に危ないじゃないか」
「悪いな、どうしても気になって」
 賢治はそう言うと、徳美に目をやる。
 徳美が、重苦しく口を開いた。二、三度浅い呼吸を繰り返して。
「検討する時間をいただいても、よろしいですか」
「いいよ」
「欠けている情報を補いたいことと、別の方からからもお話を伺いたいということがあります。弓弦どののことを信用していないわけではありません、より正しい判断をするためだとご理解ください」
「君のその姿勢は、すばらしいものだよ」
「ありがとうございます」
 徳美が頭を下げた。だがゆったりとした礼ではない。顔を上げるなり、すぐさま厳しい表情になっていた。
「皆さま、捨て身ですか」
「結果的にそうだろうね」
「わたくしが、協力いたします。――今から、」
 徳美が立ち上がったときだった。






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