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答えは簡単だ。
賢治は滋家という今回の争いにも深く関わる家の人間。だから彼と一緒では、徳美への面会許可は下りない。
だが、中立を貫く真家の弓弦一人なら、上手くすれば面会許可は下りる。ただしそこにこぎつけるまでの道のりが、危険で満ちている。
初めからこう覚悟が決まっていれば、賢治が訪ねてきたり、あんな喧嘩まがいのことをすることもなかった。結局賢治がやりたかったのは、弓弦を動かすこと。自分が徳美を説得しようなんて、思っていなかっただろう。
タクシーを家の前まで呼んで、春家の屋敷まで直行。門前に止めてもらい、すぐに屋敷の敷地に入る。
この道中を一番心配していたのに、それらしい片鱗すらなく、無事に春家の玄関をくぐることとなった。
春家の奥方ちか江は、弓弦の姿を見ただけで、何事か悟ったようだった。
「頭領は今、道場の方にいますから。中に入ってお待ちなさい」
緊張感漂う口調で、客間へ案内してくれた。
頭領を待つまでもなく、十家の当主・蓮が弓弦の前に姿を現した。
「よく無事にたどり着いたねぇ」
相変わらずの飄々とものを言う蓮である。
「だけど徳美ちゃんへの面会許可は下りないからね」
「――、しかし」
「そんなことより弓弦くん、先に謝らせてくれ。――うちの愚息が迷惑かけた」
弓弦は顔がこわばるのを感じた。
蓮は起こったことすべてを知っている。事の流れがこうなったのは、――蓮の思惑もあったらしい。
「なんの、ことですか」
「現一くんは今、行方をくらましてるよ。弓弦くんもどうせわかってたでしょ。現一くんの行動は、うちの息子の指示だよ。たぶん」
「そんなこと、どうでもいいんです。謝るくらいなら、なんでフジを止めないんですか?」
「止める権利なんて誰も持ってない。――間者は己の信ずるままに行えというのは、この春日において一番重要な掟なんだから。自由の線引きは、難しいけどねぇ」
蓮は笑みを浮かべる。腹の底はどうなのかわからないが。
「安全と引き換えに失うのは自由、自由と引き換えに失うのは安全。それを知った上で、己の信じるままに何かするというなら、掟で縛れやしない。止めたいなら、武力か策略で相手に勝って、諦めさせるしかない」
「ぼくは、フジと薫に争いをやめてほしいから、ここに来たんです」
「だけどそれは、私の目指すものとも利害が相反してるらしい」
弓弦は眉間にしわを刻みながらも、蓮に先を促した。
「弓弦くんは、徳美ちゃんが廃嫡になればいいと思ってる、――と考えていいかな」
「お好きに推理してください」
「彼女を廃嫡にしたら、紘家の分家が騒ぎ出す。だからといって彼女を当主に据えるには、危ない。――となったら、傀儡が一番だろう。徳美ちゃんのための地位を確保すべきだ。彼女は、融通がきかないのは父親譲りで困ったところだけれど、議会にあまり口を出してこない紘家当主になるだろうから。こっちにとっては、実に都合がいい」
「紘家に、口を出してほしくないと?今の状況は願ったりかなったりじゃないんですか?」
「武徳は紘生佐登美の影役の任を解かない限り、紘家の任務を放棄すると言って、今の状態になったんだよ。徳美ちゃんが尻拭いしてるけれども。――これで議会に口を出してないと言える?」
「――ですが、」
「一時的に傀儡を立てるのが現実的だ。頭領の跡継ぎ問題はもうしばらく膠着させたいのは、私も弓弦くんも同じ考えのはずだ。折れてくれ」
蓮はこの状況でにこりと笑いかけてくる。――相手に気持ちを悟らせない。彼が腹の底で何を考えているのか、わからない。
弓弦は何も言えなかった。
「門まで送ろう。いつ狙われるかわからないしね?」
危ないから身を引け、と。
弓弦は反論できないうちに、客間から追い立てられるように外へ出された。