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 要約すれば簡単なことに聞こえる。
「徳美自身が、前言撤回すればいい」
 撤回理由は後々考えればいい。
 今避けるべきは、春日一族内の力関係のバランスを崩すことだ。
 もちろん「フジの味方をすると一族内のバランスが崩れる」と徳美に伝えて、事の成り行きをうかがうことも出来る。だが、弁の立つフジにひっくり返される可能性が充分すぎるし、徳美が当主になってしまえばそのときは彼女の身が危険に晒される。
 徳美の言い分は、現紘家当主は当主として不適任であり、直ちに解任すべきというもの。そして紘家の跡継ぎとして据えられているのが徳美。
 当主不適任だという決定を下すのは、同じ当主議会と呼ばれるものの中でも最もたちの悪い、――有力分家や個人が多く入り乱れる大議会となる。
 主要議会の面々である十の家の当主ならば、頭領の跡継ぎ問題や、薫子やフジの問題を知っているし、均衡を崩さないための発言や判断をするだろう。
 だが、分家連中にそんな知識はないし、知ったところでかまわない。彼らが守るべきは春日の均衡ではなく、己の地位だ。
 彼らが徳美を支持し、当主となった徳美に取り入ろうとする姿が目に見えるようだった。
「――、分家が、徳美を唆したのかもしれないね」
 ふと湧き上がった考えを口にすると、賢治が苦笑しながらうなずいた。孜子は否定したが、こうしてみるとわからなくなる。
「紘家には有力分家が多いからな。徳美を当主にして、自分の息子と徳美を結婚させようって腹のやつも、そりゃいるだろ」
「同じ年頃の息子って言ったら、東原の紘家かなぁ。本家とも繋がり付会し、あそこの当主、結構やり手だよね。賢治さ、手っ取り早く暗殺してきなよ」
「馬鹿言うな、そんなあやふやな理由で人殺せるか」
 勝手な行動をよくとるわりに、その辺の道徳はしっかりした滋家である。
「ま、今更殺したって徳美の意見が覆るわけじゃないし、人が死ぬのは後味悪いしねぇ。――やっぱり徳美を説得するしかないんだよなぁ」
 場所は真家のキッチンに移り、賢治は高級和菓子をフォークで食べていた。
「賢治、くろもじならそこにあるからね」
「フォークのほうがいいんだって」
 飲み物もコーヒーを要求してくる、和洋折衷の味覚の持ち主だ。
 弓弦は和洋問わず、甘いものがあまり好きではない。胡月は洋菓子の方が好きだと言うし、父と母は家で菓子をつまむ暇がないということで、余った貰い物の和菓子は、定期的に賢治が消費している。
「現当主を追いやるのを仮に許したとして、どうにか平和的な方法ってないのかなぁ」
「さあ?考えられる策として、紘家の奥方が臨時をつとめるか、――って、無理だろなぁ」
「あの奥方は、無理だろうねぇ」
 紘家の奥方は、戦前か、封建時代かと思うほど、「家を守る」女性だ。一族では夫婦そろって間者というのが普通なのだが、紘家が例外の代表例となっている。そんな人が、夫を差し置いて当主の名を預かるはずがない。
 賢治はすっかり空にした菓子箱を潰しながら、あきれ調子で感想を漏らす。
「おれらがこれから打つ手、全部後手だ。お前が寝てた間にあちらさんは、誰がどう動くなんて予想をつけてるだろ。――徳美以外を紘家の当主にするって案は、悪いとはいわねーけど、後に禍根を残さないって言ったら難しいだろ」
 足を組んで、ひじをついて、やる気なさそうに言う台詞なのに、奇妙な説得力があった。
 賢治はこんな見た目でも、真剣なのだ。
「・・・禍根を残さないなんて、無理だろうな」
「なんだよ、んな」
「フジの邪魔をするのが一番いいんじゃないかな」
「どういうことだ?」
「フジは徳美以外の、当主候補を徹底的に潰すはずだからだよ。ほんの少しの可能性だって、彼は潰すよ」
「――弓弦、それ以上言うなよ」
 賢治が険悪な眼つきでにらんでくる。しかし弓弦は構わず口を開いた。
「誰でもいい、ことが終わった後に消しやすい人間を、一度紘家の当主の座に据えればいい。そのためにはフジを――」
 がんっ、とテーブルが乱暴な音を立てた。
 皿やコップが一瞬浮き上がり、次の瞬間激しくなりながらテーブルから落ちていく。
 その音を認識したときには、すでに賢治に胸倉を掴まれていた。
「何考えてんだよ!」
「傀儡の当主なら、春日利一の春日入りに賛同させないように手を打てる。薫子が急激に不利になることはない。事が済んだら、」
「弓弦!」
「一番現実的な方法だよ。――それに議会はおそらくこの方法をとる」
「人一人の人生潰す気か!」
「フジに潰されるか、議会に潰されるかの差だよ」
「んなことわかってる!」
「じゃあなんで否定するのさ?春日利一の春日入りさえ阻止できれば、薫子が急激に不利になることなんてない。同じ犠牲なら、」
「お前は竜輝を見てたくせに、なんでそんなこと言えんだよ!」
 賢治の声が、いっそう大きく響いた。
 目の前をよぎるのは、おびえた少年の顔。――滋家の隠された間者は、もう二度ともといた場所に戻ることが出来ない。
 弓弦はそれでも続けた。
「同じ犠牲なら、――ぼくは薫を助けられるほうを選ぶ」
 言った瞬間、右のわき腹に衝撃が走った。
 受け身が間に合わない、――無様に背中から床に転がる。わき腹に、熱を持った耐え難い痛みが広がる。傷口の詳しい場所を見たわけでもないのに、賢治は正確に真上を殴ってきた。
「無理やりにでも、徳美に会って前言撤回させる。それでいいだろ」
「――ねぇ、今まで言わなかったけどさ。父親が留任されれば、徳美は廃嫡されるかもしれないんだよ」
「自己責任だ」
「徳美に手を出したら、フジがどういう行動取るか、わかんないわけじゃないだろ」
「その時は、おれが、」
「殺すの?」
 賢治が言葉に詰まる。
 弓弦はその隙に、わき腹を庇いながら半身を起こした。
「フジは気に入らない。それはぼくも同感だよ。だけど、――ねぇ賢治。ぼくらが何を選び取ったって、誰かが、泣くんだよ」
 徳美が紘家当主を告発したあの瞬間から。
 自分たちに出来ることは限られている。
 弓弦は賢治から視線を逸らした。
「徳美に会う方法をなんとか考えよう」
 つぶやくように、弓弦は言う。
「――ああ、」
 感情を押さえ込んだ、低いうなずきが返ってくる。
 きっと何をやったって、やらなくたって、後悔する。そんな予感を抱きながら。






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