幕間



 優秀で従順なものほど、愚かなものはない。少なくともわたしは、そう思っている。
 舞台を与えられたなら、存分に使えばいい。
 それと同じこと。――優秀ならばその力を存分に使えばいい。

 使い方の善悪を人の判断に頼るべきではない。
 そう、――わたしの正義はわたしが決める。



--*--



14


 紘生徳美は議会の決定が出るまで、春家がその身柄を預かることとなった。
 弓弦はこれを、自室のベッドで意識を取り戻してすぐに聞かされた。
 徳美との面会は全面禁止。彼女の護衛として、三家、瀧家のそれぞれから一人ずつ、若い間者が選ばれたという話を聞いた。三家はほぼ確実に、透だろう。瀧家の方に若い間者は何人かいたが、あの家は通称「春日の書記官」。会計や法律を主な仕事にする、根っからの文人ばかりだ。誰が来たって、頼りになる護衛とはいえない。
 しかし、これ以外の家の間者を採用できない理由を、弓弦も知っていた。
 徳美はフジとの付き合いが深い。つまり徳美が当主となったときに、彼女がフジの味方をして、頭領の跡継ぎに、フジの推薦する少年に一票投じる可能性が非常に高いのだ。春日利一の春日入りに否定的な家の間者に護衛を任せるわけにはいかなかった。
 この状況で頼りにできるものがあるとすれば、徳美自身だろう。
 紘家は代々宮野家の人間の護衛をしてきたことから、一族内でも特に厳しい訓練を積む。たとえ武器がなくとも戦える。逆に透や瀧家の間者が庇われる事態になりそうだ。
「やれやれ、あの子はどれだけ自分が危ないか知ってるのかな」
 あの夜から二日、痛みは大分緩和され、熱も引いたとき、滋家の賢治が訪ねてきていた。
 ベッドから離れるのが億劫だったので、自室である。
「誰かが教えてやんないからじゃねーのー?」
「仕方ないじゃないか、こーゆー状態なんだから」
 ほら、と両手で示す。――ベッドに半身を起こした状態で、傍らの賢治と話している。病院ではなく自宅なのは、一族内のごたごたは表に出せないから。
「はっ、医者がベッドに縛り付けられてるって?馬鹿言うなよそんな傷。なんであんなので気ぃ失えんだよ、おまえ。それ一種才能」
 賢治に言われても、自分に非があるなんて思えない。彼は現役の間者で、かなりの経験を積み、しかも衰えがまだ見えない年齢だ。その上、春日一族でも一、二を争う武闘派の家。この平和な日本のどこで何をしているのか、生傷が絶えない。
「言っとくけど滋家がおかしいんだよ。この件だけに関して言うと、ぼくは日本人の平均値にいるんだから」
 憮然として反論すると、賢治は突然真面目な顔になった。そして何をするかと思えば、上着を脱ぎ始める。
「何してるのさ」
「じゃじゃーん」
 効果音を口で言いながら、賢治は左の袖をめいっぱいめくって見せた。そこには下手に包帯が巻かれており、少量とはいえない血が滲んでいる。
 弓弦はしばらく何も言えなかった。
 先ほどまで真剣な顔をしていた賢治は、なぜか得意げになっている。
「気づかなかったろ?」
「――、普通に、腕動かしてたよね」
「こんくらい平気なんさー。おまえの傷より深いかも」
「ねぇ、それまともに治療してないんじゃない?ちょっと包帯をほどいてみなよ」
「え、やだ!縫合なんてぜってぇしねーから!」
 あわてて上着を着る賢治の反応に、弓弦はますます信じられなくなる。
「はあぁ?そんな酷い傷をほっといてるって?ちょっと待って、うちの当主を呼ぶから」
「やーめーてーっ!」
「とにかく傷の状態だけでも見せて。血が止まってなかったらどうする気?――それ、刀傷?」
「いや、刀じゃなかったけど。ケーキナイフっぽやつで、――いや!血はほら!おれの白血球元気だから!」
「出血を止めるのは血小板だよ」
「血小板もげんきぃぃぃ!」
 散々騒いだ結果、縫合はしないという約束で消毒と包帯の交換をさせた。
 賢治の傷は、左胸から左肩にかけての広い切り傷だった。胸の辺りは血がうっすら滲んでいるだけだが、肩の方は深い。さすが怪我に慣れた賢治で、うまく止血している。
「誰にやられたの?」
「へへっ、機密事項」
「現代日本のどこでなにをしてるのかな、滋家は」
 日本の安全神話はここから崩壊したのかもしれない。
 綺麗に巻かれた包帯の上を軽く指で弾いて治療終了を告げる。
「切られたとき、右に体を捻ったの?」
「そ。ちょうど左足を軸にしてたから、右に下がるしかなかったんだけどさ。でも避けたと思ったんだよー、意外に懐に深く踏み込まれてたんだよー」
「はいはい。さっさと服着て。そんでもって、後でうちの当主に見せてよ。ぼくじゃ不十分だからね」
「や、おまえさすが医者だ。優秀だね、さすが真家の跡継ぎだね。いざよさんの出る幕ないって、うん」
 昔からよく怪我をした賢治は、いざよに治療してもらうためにここに出入りしていた。そんな思い出から、賢治の一番苦手とするものはいざよである。楽しそうに人の傷を縫合するのがいざよだから、苦手だというのも理解できるが。
 そこでしばらく会話は途切れ、その間に賢治は上着を着直した。
「・・・賢治も、紘家の問題に、巻き込まれたみたいだね」
「否定はしねーが、肯定もしねーぞー」
「仮に巻き込まれたものとして、喋ってよ」
「ま、いいけど」
「フジの台頭も、薫子の反乱も気に食わない滋家が今やることといったら、――徳美をどうにかすることだと思うんだよね」
「その意見には賛成だけど、親父殿のやりてーこと、おれ知らねーぞ」
 賢治は腕を組んで唸る。
「でもなぁ・・・、滋家は徳美に手を出すのかな」
「うちの親父殿は、フジが大嫌いなんだから、やつが議会に口出してくる可能性はなるたけ避けようとするんじゃね?」
「でも仮に徳美を暗殺してごらんよ。フジがどう出るか、考えただけでも怖い。あの子は策を練る人種のわりに情が深い。若君のことも、姫のことも、徳美のことも、それに春日利一のことも。――守りたいものを守るには、手段を選ばない」
 笑い飛ばしたいが、そうしきれない、複雑な表情で賢治を見遣る。
 賢治は不真面目な雰囲気を消して、小さくうなずいた。
「――そうだな」
「滋家の当主だって、それくらいわかってるはずだよ。ただ、フジをなめてる可能性が高いってだけ」
「だけど実際、十家のガキ一人くらい簡単に消せる技術、滋家は持ってっぞ」
「一族順位二位の十家の跡継ぎさまを?他に跡継ぎになるような人材も居ないのにくだらない理由で暗殺なんてしたら、逆に滋家が潰されるよ。それとも、フジを失脚させる技術があるの?薫を同時に相手しながら?」
「・・・そりゃ、無理じゃないだろうが・・・」
 賢治は前のめりになった姿勢を正し、一息ついた。
「あのさ」
「なに?」
「おれ、滋家をおかしいと思ったことないし、はっきり言えば好きなんだよ」
「だろうね」
 父親と仲が悪いというが、賢治は滋家の跡を継ぐこと自体は拒んでいないし、彼の父も賢治以外を考える様子がない。不仲な親子を繋いでいるのは、「春日一族の滋家」という場所のように見える。
「おれ、薫とはでっきるだけ敵対したくなかったわけだよ」
「そうだね」
「だけど薫は春日を潰そうとしてる。春日がなくなれば滋家だけでやってくのは厳しい。――利害は見事に相反してる」
「――、そうだね」
「十家のガキは、個人的に気に入らねーよ。好きなものに対しての情は厚いのかも知れねーが、その他の人間ならあっさり利用する。それってかなりの身勝手だ。あんなのが後見になって、春日を動かし始めたらどうなる?春日はあいつにのっとられたも同じだろう?」
「―――、」
 すぐに言葉が出てこない。
 賢治が言うのは、まさに当主議会が懸念していることだ。
 春日転覆をもくろむ薫子の行動は、春日という狭い世界で生きてきた人々にとって、脅威だ。
 一方のフジは革新的で独裁的な一面を持ち合わせる。権力を握れば、春日を変えにかかるだろう。排除される可能性を感じ取ってフジの邪魔をする者はもちろんいるし、若造に主導権が移ることを忌々しく思う者も多い。
「賢治、――ほんと意外すぎるくらいまじめに物事見て考えてるよね」
 呆れ顔して賢治の顔をしげしげと見つめる。
 こんなにも当主たちの意向を汲む若い間者は、たぶん賢治だけだ。当主たちからすれば、よりにもよって賢治が。
「喧嘩?それ売ってる?売ってる?」
「ただの展示品だよ」
「高く買うから譲ってくんね?」
「無理」
 軽く受け流しながら、弓弦は考える。
 話は大きく逸れたが、結局賢治が言いたいのはこうだ。
 薫子には敵対行動をやめてほしい。なおかつ、今の時点でフジに権力を持たせたくない。
 今現在、一番早く打てる有効な手は?
「ぼくと賢治の利害が一致してるってことだよね?」
「なんだ、違うのか?」
「いいや、一致してるだろうね。――でも、ぼくはあんまり行動したくないんだよ」
 腹に穴開けられて、しかもそれが塞がっていない状況で動くなんて、恐ろしくて考えたくもない。
 これ以上動くとなると、弓弦にとっては危険だ。
 渋る弓弦に、賢治は手を合わせて頭を下げてくる。
「おれ徳美に信用ないから、信用って部分を貸してくれ!」
「いや、そんなぼくもないんだけどっていうか、ろくに話したことないし」
「おれよりあるじゃん!」
「賢治さぁ、いろいろと馬鹿だけど、今考えてることって結構真面目なんだよ。下ネタさえ封印して喋れば、誠意は通じると思う」
「喋る場まで持っていけねーくらい信用ないんだってば!」
「――、昔、一体何やったの?」
 弓弦の質問に、賢治は一瞬真顔になり、次の瞬間には誤魔化しの笑みを浮かべた。
「え、ほら。あー・・・・・・うん。――確かにおれすごい悪かった!」
 意味がわからない。






BACK   TOP   NEXT