幕間



 生まれるときも死ぬときも、人は孤独だという。
 生きている間は、自分と似た誰かと身を寄せ合い、孤独をしのぐ。

「私、あなたのことより自分のことのほうが好きだったんだと思うわ」

 本当は、『誰か』なんて求めていない。
 人は、鏡に映った自分に恋をしている。



--*--



10


 冬の初めに大掃除。
 そう言ったのは、母いざよだった。
 年末になると春日一族のほうでいろいろと行事が増える。そうでなくとも病院を管理し、自らも医者として働くいざよにまとまった暇などない。
「家政婦の一人でも雇おうかしらねぇ」
 どれだけ拭いても黒くなる雑巾に、いざよは溜息をついた。
「どこから春日の秘密が漏れるかわからないといって、頑なに拒んできたのはお母さんの方でしょう」
 幼少時代、両親ともに医者というのは、なかなか寂しいものだった。と思う。今となっては忘却のかなたである。
 そんな弓弦の居場所は、自然と春家の屋敷か両親のいる病院のどちらかに限られていた。
 弓弦が小学校に上がると、父が「家政婦を雇おう」と言い出した。弓弦の世話をする人間が必要だろうと。それを拒んだのはいざよだった。
 いざよはそのときのことを思い出したのか、くすくす笑い出す。
「あれねぇ、一番心配だったのはお父さんの浮気」
「ああ、そーですか」
「お父さんが言い出したって事は、絶対に若くてきれいな女の人連れてくるはずだもの。――実際、見てみなさいよ、新人看護師。お父さん好みのきれいどころが集まってるわ」
「うちの病院の看護師って、趣味と好みで採用してたんですか?」
「嘘よ。採用はみんなで決めるもの。――それに、看護師相手に浮気はもうないわ。一度やったら同じパターンには懲りる人だから」
「あー、そうですか」
 うちで手綱とっているのは母のほうだと改めて実感する。なんせ、婿養子の父である。
「ま、手の空いた一族の若い子をバイトで雇うというのもアリね。それとも引退したご老体に頼もうかしら?」
「もう今更いらないでしょ、胡月が大体の事やってくれますし」
「胡月がかわいそうでしょう。あんたの脱ぎ散らかした洗濯物やら、食べ散らかしたお皿やら、全部きれいに集めて洗うの、胡月じゃない」
「まぁ認めますよ」
「せっかく胡月も医学系を目指してくれる様子なんだから、勉強の邪魔はできるだけ排除しなくっちゃ」
 気合充分な様子で言ういざよ。しかし弓弦としては複雑だ。
「なんでぼくのときにやってくれないんですか。自分で作ったまずいご飯食べて勉強してた学生時代がむなしいですよ」
「あらなに二十も半ばになって、十四離れた妹にやきもち?」
「胡月がかわいいのはわかりますけどね、扱いの差にはむっときます」
「もう一人こんな子供が育つのはぜひとも避けたいですからね」
 満面の笑みで言われる。
「――ちょっと腹立たしいんですけど、すごく納得」
 とてとてと足音をさせながら忙しく働く妹を見ながら、うなずいた。
 いざよは真っ黒になった雑巾を、湯を張ったバケツの中に放り込む。手をはらって、辺りを見回し、一人うなずく。
「こんなもんでいっかな。午後から第二回戦ね。夜からは宮野に伺う予定だから、ぎりぎりまで掃除して、お夕飯は三人でどこか食べに行きましょう!」
「いやだなぁ、まだ掃除。いっそもう業者に頼みません?」
「万が一、あれこれ見つかったら、春日から叱られるからそれは無理ね」
「家政婦だってみつけるかもしれないでしょう」
「料理と洗濯に限定すればいいのよ」
「さようで」
 真家は春日一族の影の部分と深くつながっている。――たとえば、暗殺後の後始末は真家の仕事である。毒殺を病死と偽り、診断書をそのように捏造する。
 証拠になるものは残していないが、それにつながるのもがないとは言い切れない。
 二人の会話をさえぎるように電話が鳴った。いざよが手を拭きながら受話器をとりにいく。
 電話をとると、いざよの口調が変わる。――相手は春日の人間だと知れる。
 会話は長くなく、ほどなくしていざよは受話器を置いた。
 いざよが溜息をついた。別に珍しいことではないが、一応そちらを見れば、疲れた笑みが見えた。
「慣れたつもりだったけど、春日には毎度疲れるわ」
「会議の知らせですか?」
「そう」
「今度は何ですか?また跡継ぎ問題ですか?」
「ある意味。――紘家のね」
「紘家?」
 思わず顔が曇る。
 子供がいなかったり、逆に子供が複数いる家で跡継ぎ問題が起こるのは、決して珍しいことではない。
 だが紘家の当主はまだ引退には早い年齢である。跡継ぎも、今年十九の徳美と定まっており、争いが起こる気配などない。
「なにか、あったんですか?」
「ずっと武徳くんの態度に問題はあったのよね。会議にここ半年顔を出してなかったし。いつ滋家が怒り出すか冷や冷やしたものだけど、もっと嫌な感じになったわ」
 弓弦が無言で先を促す。
「――紘生徳美が紘生武徳を、当主不適任として告発したそうよ」
 いや空気が、その場を支配した。
 これでまた、頭領の跡継ぎ問題が複雑化するのは目に見えていた。









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