09
「春日利一から透を遠ざけたのは、――あの子を守るため?」
和装のフジの歩幅に合わせて、ゆっくりと歩く。フジは弓弦の半歩後ろを、しとやかについてくる。
バス停までの距離は、約一キロある。昔からの住宅地が建ち並ぶこの周辺は、時代の移り変わりで市街地から遠ざかってしまった。人口は市街に集中し、バスの便もあまりない。タクシーを呼んでもよかったのだが、弓弦自身もフジと話したかったので、わざとバスを選んだ。
「狙われているのは春日利一だ。事情を話して透を護衛に使う手もあったはずだろう。なんで透に何も知らせない?」
「役に立たないわ。真剣で打ち合ったことのないあの子に、何が出来るって?役立たずだけならまだ許せるけど、殺される可能性が高すぎるわ」
フジはせせら笑った。
「でも、三家の人間だ。相応の訓練は受けてる」
「仕事の成功率はいまだに三割をきるのに?」
「あの子はまだこっちへ来て二年だよ」
「どんなにがんばったって無駄よ。性格の問題でね。三家の人間に共通なのかしら?潔癖で、見てて腹立たしいわ。――ねぇ、あの子に過剰な期待をかけることこそ止めた方が良いわ。尊(みこと)の二の舞にしたいの?」
普段は皆が極力避ける名前に、弓弦は面食らった。フジは、平然と言葉を続ける。
「誤解のないように言っておくけど、透をこの問題から遠ざけたがったのは現一よ」
「――まさか、」
「透が尊の二の舞になることを一番恐れてるのは、現一だわ。ばかもここまで来ると救いようがないわよ。――あいつ、あたしに向かって頭下げたわ」
「嘘、」
「ほんと」
フジが紅を塗った口の端をにぃっと吊り上げた。
弓弦はフジから視線を逸らした。――フジのまだ十七の少年とは思えない、胸焼けしそうなほどの黒さに耐えられなかった。
「何をする気だ」
「わかりきったこと聞かないで欲しいわ。――あたしは、仕えるべき主が欲しいだけ。頭領の護衛は十家の仕事。あたしが守る相手なの、それを選ぶ権利くらいあるでしょう?」
「それが春日利一だと?」
「そうよ」
「そのために、何をしても許されるって?彼を守るために、一体何人犠牲にしてきた?この前の、滋家の間者だってそうだ。キミのせいで、あの子には一生安心して眠れる夜は訪れない」
「今更何?そう思うなら、あんたは議会か薫子、どちらかにつけばいいのよ」
事も無げに、フジは言い放った。
弓弦は思わず足を止めて、半歩後ろのフジを振り返る。
「ぼくに、何をさせたい?」
「勘違いするのはやめて。さすがにあんたを駒にはできないわ。それこそ、現一みたいに自らあたしの駒になってくれない限りね。――あたしは、事実を言ったまでよ。あたしのやり方が気に食わないというなら、薫子の側について、一緒になってあたしを排除すればいい。議会が気に食わないなら、議会をつぶせばいい」
「フジ、」
「できないでしょう?反発するくせに、薫子みたいに堂々と反抗しない。反抗さえしなければ、殺されないって?それは真家だけ。薫子もあたしも、そんなに甘いんじゃやってけないのよ」
フジがこちらを睨みつけていた。美しい顔に、苛立ちを浮かべて。
湧き上がる愛おしさにも似た感情に、ああそうか、と弓弦は思う。
フジと薫子は、似ている。だから敵対し、しかし相手の心境をまるで自分のことのように語るのだ。
「弓弦、薫子はあんたには会わないと言ったのよ」
「そう、」
「あんたって、ばかなことはやめろと説得するだけだものね。あたしでも会わないって言うわ」
「ぼくは、抵抗しない手もあるといってるだけだ」
「そんなこと話してないわよ、馬鹿な男ね。言葉の意味がわかんないって?――薫子に見限られたって事よ」
「――、」
嘲る声。
一拍遅れて、言葉の意味を理解する。
見つめ返した先に、心底嫌悪する表情を見つける。
「――フジ、」
口をついて出ただけの呼びかけだったが、フジは律儀に返事した。
「なによ」
「キミって、ホントに男?」
無意識に出たのは、実に馬鹿らしい質問だった。確かに心の奥底で疑問に思っていたことだったが。
「男よ。――だけど、女心くらい、わかってるフリ出来ないとね」
フジはくすり、と笑いを漏らして再び歩き始めた。未だに立ち尽くす弓弦を抜かして。
「フジ」
「なによ」
「薫に、伝言してもらえる?」
フジは怪訝な顔で振り返った。
「会いに行くよって」