05



 滋家の少年は腹部に小さな刃物を埋め込まれていた。小指ほどの幅と長さで、柄はない。暗器と言うほどの物ではなく、ただの磨いた金属片だ。
 仮にも医者の家系に育った弓弦なので、手早く応急処置をした。しかし薬もないここで出来ることは限られている。渋る賢治を急かして、真家が管理する病院へ少年を運んだ。
 深い傷ではないが、毒が塗られていたらしい。少年は蒼白になりながら脂汗を流し、歯を食いしばっていた。
 毒が何かわからないと、解毒はできない。しかし、春日の間者は毒に耐性ある体を作っているので、ひとまずは傷の手当と炎症を抑えることに専念した。
 真家の当主であり、この病院の管理者でもある弓弦の母、真砂いざよに事情を話し、春家(しゅんけ)に連絡を入れてもらう。その後、細やかな治療はいざよに任せた。
 それらが着いてから、弓弦は賢治を院長室に招きいれた。
 賢治は厳しい表情を崩さず、出したコーヒーに手をつけようともしない。
「あれが、春家にも隠してる間者の一人ってことか?」
「ああ」
 不機嫌を隠そうとせず、賢治は荒い調子で頷いた。
 しばらくの間、沈黙があった。
 珍しく悩ましげな賢治に、弓弦から声をかけることが出来ない。
 やがて、賢治が重々しく口を開いた。
「竜輝を、真家で預かれるか?」
「どういうこと?」
「滋家の間者は、その場に自分がいた証拠を残すことを、許されてない」
「――真家の病院に運んだのはまずかったってこと?」
「そんなのは、もうどうでもいい。――フジに知られたことが問題なんだ」
 賢治はそこでまたしばらく口をつぐんだ。
「・・・・・・竜輝は、滋家が議会に隠れて動くための駒だ。だがそれをよりにもよって十家に見つかった。なのに間者は無事だ」
「滋家が議会に背いた証拠を、フジが握ってる。でも、あの間者はもともと議会には知られていない存在だから、彼の口を封じれば滋家は追及を逃れられる、ってこと?」
 賢治は小さく頷いた。その眉間にはずっと皺が寄ったままだ。視線をあちこちにさまよわせ、落ち着かない。
「彼の身の安全を考えるなら春家のほうがいい。じゃなければ、白家(はっけ)だ」
「ああ、――」
 ため息ともうなり声ともつかない、低い声を吐き出す。
 滋家は今までも議会に隠れて活動してきている。それが表沙汰になる――少なくとも議会に露見する――危機が、今までなかったわけではないだろう。賢治はおそらく、こんな時滋家がどういう手段に出るかを傍で見ている。だからこれほどまでに苛立っているのだ。
「ねぇ、賢治」
「なんだよ」
「あの間者は、何をしようとしてた?滋家は、薫子を狙うんじゃなかったのか?フジがわざわざ高校に侵入したのは、――春日利一を守るためか」
「たぶんな」
 賢治はカップを持ったが、口をつけようとせず、そのまま思案に沈んだ。
 弓弦も考えをめぐらせる。
 滋家が、フジの推薦した少年――春日利一を狙った理由はなんだろうか。
 間者を学生の姿で送り込んだと言うことは、おそらくはしばらくの観察して隙を見てなにか事を起こすつもりだったと考えられる。――例えば、事故に見せかけた暗殺。でなければ、春日利一が頭領候補と認められないほどの失態を犯すように仕向けること。
 頭領候補は今五人ほどいる。名前が挙がっているという意味では、フジもその一人だ。この中で、当主の支持を一番多く得ているのが春日利一である。本人は春日の存在さえよくわかっていないだろうが。
 もし春日利一が議会に認められることになれば、彼の推薦人であるフジは後見となり、議会で大きく力を増すこととなる。
 滋家は誰も推していなかった。もともと表立って争いに加担するほうではない。だが、――フジが権力を持つことが、気に入らないということか。
(春日を潰そうとたくらむ薫子を放っておけないのはわかる。でも、フジも邪魔だって言うのか?他の家の当主が権力を持つより、ずっとたちがいいと思うんだけどな)
「弓弦」
「なに?」
「他の家にも、春日利一を――フジを権力の場から遠ざけようとするやつらが、いたかもしれねーぞ」
「――なぜ?」
「頭領候補を直接狙うだけの力は、滋家にない。例え失敗して議会の審議にかけられても、取り潰しや格下げにならねーだけの数の協力者が、いるはずだ」
「まさか、そんなに?」
「滋家は身内に有効な武器だ。百家や三家(さんけ)みたいに、対一般人用の暗殺術じゃないから、隠蔽が下手なんだ。――失敗や露見の確率が高いってことは、その後の対策が充分ってこと。じゃないと、滋家は絶対に動かねーよ」
「じゃあ少なくとも百家と三家は、お仲間じゃないわけだ」
「春家と十家もだ」
 弓弦属する真家は、はじめから権力の外にあるので除外される。ほぼ同じ理由で、瀧家(たきけ)もだ。
 フジはそれだけ多くのものを敵に回しているわけだ。
 しかし。
「馬鹿が揃いやがって。――今フジを排除したら、薫に自分たちがつぶされるとわからないってか?」
「弓弦にしては悪い言葉遣いだことで」
「薫子が動けば動くほど、頭領は薫子を見逃せなくなる。頭領が決定を下せば、もう議会の審議も関係ない。――それとも十家の当主が、フジを見捨てるつもりで滋家を唆したかな?」
「十家が唆したってことはないだろうけど。――おれたちがガキにいいように使われたのは確かだろうな」
 賢治が自嘲する。弓弦も同じ気持ちで、苦く笑った。
「確かにね」
 監視担当が賢治だった今日に事を起こしたのも、彼の異常視力でわざわざ自分の姿を確認させるため。――そうすれば、監視担当はフジの動向を気にして裏門へ回る。
 傷を負った滋家の間者が、逃走ルートに人の少ない裏門を選ぶことは容易に想像がつく。裏門には、監視担当が待機中だから、間者を見つける。
 賢治は滋家の人間だが、滋家ではあまり馴染めていないし、今日は弓弦も一緒だから間者をその場で口封じすることはありえない。証拠の捕獲は二人がしてくれると踏んでいたわけだ。
 十歳近く年下の少年に利用されたと思うと、腹立たしい。しかもその直前まで彼のことを少しでも心配していたのだから、いい面の皮だ。
 図らずも、賢治と同時にため息をついた。互いにそれを、軽く笑いあう。その声に、力はまったくなかった。
 いざよが頭領の到着を知らせに来たのはそのすぐ後だった。







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