03




 喫茶店の二階から、高校の校門が見下ろせる。顔や背格好をよく知った相手であれば判断するのも難しくない距離なので、ここは監視に最適だった。
 時刻は四時過ぎ。部活のない生徒の帰宅姿がぽつぽつと見え始めていた。
 駅からも近い便利な立地で、周辺高校と比べて設備の整った進学校は、生徒数約千二百人。全校生徒数百人の高校がほとんどであるこの地域とすれば、なかなかの規模だ。
「あ、あの女の子かわいーなー」
 向かいで滋家の賢治(けんじ)が、テーブルに肘をついて、窓の外をじっと見つめている。
「最近の女の子って、みんなすっげースカート短いなー。いーなー、共学。もう一度高校生やれるなら、おれ共学がいい!」
 茶髪と計五つのピアスは、封建の世を引きずる春日において非常に嫌われているが、本人は構わない。
 若気の至りで片付けたい風体だが、実のところ二十七歳。充分な大人だった。
「賢治、ちゃんと見てるの?」
「見てる見てる」
「女子高生を?」
「うん。――あ、いやいや、わかってるわかってる。頭領候補の監視だろ。――あ、スカートっ」
「スカートっ、て、意味わかんないよ。――候補くんはこれから部活だから、下校は二時間先だよ」
「わーってるってー。いいなー、ミニスカ」
「今、目測でスカート丈が膝から何センチ上か見てるんだろ」
「うん、あれ十センチ以上じゃん」
 呆れて次の言葉が出てこない。
 能力の無駄遣い、という言葉も頭に浮かぶが、彼にとっては無駄ではないのだろう。
 賢治の視力は異常に良い。普通ならこの喫茶店から校門を観察しても、夕刻には人の顔の判断がつかなくなる。だが賢治は日が沈んでも、ここから人の瞬きが確認できるほどに優れた視力を持っている。
 弓弦も目はいいほうだが、彼のように一般的な視力検査では到底測りきれない視力というわけではない。
「最近薫どーしてる?」
 視線を校門からはずさないまま、賢治が言う。
 弓弦も弓弦で、持参したノートパソコンから目を離さずに答える。
「どうもこうも。精力的に動いてるみたい。――ほんとにこのままだと、議会がやられるかもしれない」
「はじめから知れたことだろ。紘家(こうけ)は議会を放棄するし、良家(りょうけ)もあんまりいい感じじゃねーし。揚げ足取りの分家連中やニノ春日(にのかすが)をとっとと排除して仲良く手をつながねーと、薫にしてやられる」
「十家が動けば、事態は変わるのにな」
「あの当主はまだ動かねーだろー。ありゃ絶対に分家連中を薫に潰させる気だぜ」
「それじゃ、薫が捨て駒だ」
「そのつもりじゃない方が驚きさぁ。十家の連中は基本冷徹なもんだって」
 ため息混じりに、そうだな、と頷く。
 のらりくらりとした印象の十家当主は、そんな印象からは意外なほど冷徹な決断をいとも簡単に下す人だ。
「それにしても賢治ってさ、馬鹿っぽいけど意外とものをよく見てるよね」
「なんだそれ。喧嘩売ってんのかてめー」
 賢治が恨めしい目をこちらに向けた。弓弦はあえて目を合わせず、コーヒーに口をつける。
「すごくほめたつもりだけど」
「聞こえねーよ」
「で、賢治は春日が潰れると思う?」
「十家のがきんちょが動いてんだったら、それはねーだろ」
「先に薫子がフジを潰したら?」
「そしたら、おれは失業かな。勢いとしては薫のほうに分があると、言わざるを得ねぇから、それもありえないことじゃない」
 すでに賢治の視線は窓の外にある。会話の合間にも、スカートの丈とか胸の大きさとか、どうでもいいことも言っていたが、弓弦は耳に入れなかった。女子高生相手に、そこまでの興味はわかない。
「なぁ弓弦」
「なにさ」
「おまえまで議会に喧嘩売る真似はやめろよ」
「なんでそんなこと言うのさ」
「薫は勝てる可能性があるけど、おまえにはねーだろ。無駄死にするこたぁねーって」
「ひどい言われようだな」
「おまえ間者としちゃ最低だからな。――だから教える。近々滋家が動くぞ」
 低い声は、周囲の客の控えめな話し声にまぎれて消えていく。
 聞き取れたのは、弓弦だけ。――例え盗み聞きをする者がいてもきっと聞こえなかっただろう。
「おれは嫌われ者だから、いつどう動くのかは聞かされてない。だけど、今滋家が動けば薫は圧倒的不利になる」
「何が言いたいの?」
「薫を助けたいなら、早く止めろ。――頭領も蓮さまも人を駒扱いして心を痛めないお人じゃねーよ。おまえが止めるのを、期待してると思う」
 止められるものなら。
 反射的に言い返しそうになって、ぐっと我慢する。視線を液晶から外さずに、平静を保つ。だが、今までリズミカルにキーボードをたたいていた手は、ぱたりと止まった。
 賢治はそれ以上なにも言わなかった。
 しばらくの間、二人の間は無言に支配された。
 滋家は、春日一族の中でも毛色が変わっている。――滋家の抱える間者の数は、春家でさえ正確には把握できていないと聞く。そのほとんどが「変幻自在」と謳われる特殊武術の使い手であり、また賢治の異常視力ように飛びぬけた身体能力を持つ者が多い。
 滋家は、その発生と流れもわかっていない。たとえば真家は戦国の世で、薬草を主とした特殊な知識と技を武器にして、戦国大名に取り入った一族だ。太平の世の中では普通の医者となるものが多かったようだが、それでも特殊な技と知識は今でも伝えられている。
 他の家もそうだった。多くが戦国まで祖を辿ることができる、特殊な技能を持つ集団。それが封建時代の終焉とともに滅びるところを、集まって肩を寄せ合い、宮野という協力者を見つけたことで生き延びた。
だが、滋家は春日成立の折に唐突に姿を現した小集団だった。
 他の家へ徹底的な秘密主義を貫き、他の家の間者と交わろうとしない。賢治のような社交的な間者は非常に珍しいタイプだ。
 そんな滋家が、動こうとしている。
 かの家の当主は、薫子の行動が目に余ると判断したというわけか。
 そうだとしたら薫子は不利だ。
 滋家は時に、議会の承認なしに勝手に行動する。そんな権利はないが、滋家の間者は証拠を残さないので議会では裁けない。「そんなもの知らない」と当主がつっぱねて終わりだ。
「なぁ」
 ずっと視線を窓の外へ向けていた賢治がその姿勢のまま弓弦を呼ぶ。
「なに?」
「あれ、十家のがきんちょじゃねぇの?」
「え?フジ?」
 視線を窓の外に移す。
 門周辺に生徒の数は少ない。遠目にもはっきりと、十家の跡継ぎの姿を捉えることができた。
「ねぇ、フジが着てるのってあの高校の制服じゃないの?」
「きれいそっくり同じ。小道具手に入れるのは十家の特技だろ。不思議じゃねーな」
「それにしても目立つよね。浮くよ、あれじゃ」
「でも一応あれも高三だろ?」
「高校生っぽくないって意味じゃない。――持っている雰囲気も容姿も、人目を惹くんだよ」
「目立たせてるのはわざとだろ?地味もできるじゃん、あいつ」
「ま、フジの演技はすごいからね。何するつもりかな」
「さあ?」
 彼が着ているのは男子制服。体型を隠しにくい制服では、女装は難しいのだろう。
「あーあ、せっかくだから女子の制服にすりゃいいのに。ホント美人だよなー。女だったらぜってー惚れてた」
「まーねー。女装であれだけ色っぽいんだから、女だったらって考えちゃうよねぇ」
「薫なんてただの貧乳だよなー」
「フジに比べて圧倒的に色気が足りないのは確かだねぇ」
 成人男子二人はセクハラ発言しながら、フジの動向をじっと観察する。
 フジが振り返った。――その視線はまっすぐ、弓弦たちいる場所を見ている。
 そして。
「あ、にやりって笑った。気づかれてる気づかれてる」
「ここが観察場所だって知らないはずないしね」
「今日はおれが観察当番だってことも、知らねーはずねーもんなー」
 近視の気配があるフジだから、二人の姿を明確に捕らえてはいないだろうが。
 フジの姿は、校舎の中へと消えていった。
「どうする?行くか?」
「ぼくたちが学校の内側に入ったら不審者だと思うけど」
「主におれが」
「あ、自覚あるんだ」
「現役高校時代から、品行方正な進学校に入れたことがないもんでね。他校の文化祭行ったら門前払いさ」
「せめてピアスが計二つだったらよかったんだけど」
「開けちまったんだからしかたねーじゃん」
 ちなみに三つ開けた時点で、春日最高記録だと議会で嘆かれた。そして、嘆く議会も暇なもんだと軽蔑した弓弦である。
「どーするよ、待つか?」
「入れないしね。とにかく降りてみる?賢治の目なら何か見えるかも。それに、フジには一応盗聴器仕掛けてるんじゃなかった?」
「だな。――よし、会計よろしく」
「ぼくこれでも奨学金って借金にまみれてんだよ」
「あはははは、ジョーダンだって。経費で落ちるんだから」
 弓弦はノートパソコンを閉じて、賢治は伝票を持って、立ち上がった。









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