幕間



「毒が欲しいの。苦しまないやつのほうがいいわ」

 死を恐れなければならない。
 わたしたちはそう教えられて育つ。

「止めたいなら好きにすればいい。どうやって止めるかは、――任せるわ」

 わたしたちは生きて帰ることを義務付けられている。
 もし死ぬことがあるとすれば、それは自分たちの縄張りの内側で、と。


--*--



02



 広い会議の間から廊下に出れば、風雅な日本庭園を見渡すことができる。ちょうどこの季節、木々が色づきながら鯉の泳ぐ池にあざやかな影を落としていた。
 弓弦(ゆづる)は酷く疲れた心地で、しばらくそれを見つめていた。
 背後の部屋で会議はまだ続いているようだった。いつもなら聞き耳のひとつも立てるのだが、そんな気にもなれない。何もかもが面倒だった。
 突然、見るともなしに見ていた庭の植木が揺れた。弓弦は何者か見極めようと、目を細める。
 なんの気負いもなく登場したのは、十家(じっけ)のフジだった。肩ほどまである髪を、ひとつに束ねた今、中性的で美しい顔がはっきりと現れている。すらりと伸びた四肢に合った、傍目にも動きやすい格好をしていた。弓弦の姿を見つけると、彼は苦く笑った。
「なんだ、追い出されてんのか?」
 おそらく、塀を飛び越えて入ってきたのだろう。普通なら罠を恐れてできないことだが、フジは頭領のお気に入りで、この屋敷への出入りも、他の間者より格段に多かった。罠の位置などとっくに承知なのだろう。
「冗談言わないでほしいね。自分から出てきたんだよ」
「なんで?」
「会議に出ても無意味だから」
 フジは肩をすくめた。
「その無意味な議題とその流れは?」
「キミと薫子(かおるこ)の素行が悪いから、なんらかの罰を」
「確かに無意味だな。そう言い始めて何年になる?気にするのも馬鹿らしい」
「それにしたっていい加減にしなよ。滋家(じけ)が勝手するかもしれない」
「真家(しんけ)は勝手しなくていいのか?――大事な薫子が、議会に裁かれることになるかもしれないけど?」
 フジがにやりと笑う。楽しそうな色よりも、緊張が濃く浮かぶ。
 彼は自分がやっていることの重大さを知っている。だが、その後に来る責任の重さを、量りかねている。
 あまりに幼く、あまりに愚かだ。――弓弦は本気で止めてやろうとは思わない。止めても聞きはしないのだ。薫子もそうだった。
 だが、人より少し賢かったばかりにそんな道をたどろうとする彼に、憐憫を抱かないでもなかった。
「当主議会も、そろそろ潰れるな」
「まさか。いくら薫でもそんなに早くは無理だ」
「薫が一つ一つの家を潰していくなら時間はかかるが、もともとどの家だって仲良しこよしってわけじゃないだろ。付け入る隙はいくらでもある。――そろそろどこかが、あわてだすぞ。連日の会議も、これで終わりだ。よかったな」
 笑いかけてくるフジに、弓弦はため息で答える。
「盗み聞きに来たんじゃないの?」
「おまえの話が聞けたから、それで充分」
「ぼくが嘘ついてるとは思わないのかい?」
 フジはそれを聞いて、哀れそうにこちらを見て笑った。
「弓弦、おまえは余裕がなさすぎんじゃねーの?」
 腹立たしかったが、何か言い返す気には離れなかった。自覚はないが、彼の言うことは正しいだろう。
「キミはそれでいいの?当主議会が潰れたら、キミは困るんじゃない?」
「潰させないさ。ただほかの家の力が落ちるのは好都合。――これで、おれも議会入りできる」
「春日利一(かすがとしかず)の後見として、って?」
「ああ」
 弓弦は立ち上がって、フジに背を向けた。
「どこ行くんだ?」
「帰るよ。どうせ今日は母が会議に出てる。ぼくがいる必要はないんだよ」
「ふうん。――じゃあおれは玄関に回るかな」
 フジは植え込みの奥へ消え、幾度か木々を揺らした。塀を飛び越える姿が一瞬目に入った。





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